第一章 さっそく追放されたんだが

 この世界に降り立ってから一年と少しが経った。


 すっかり心を入れ替えた俺の新たな人生は、自分で言うのもなんだが、かなり順風満帆だった。

 心から信頼できる仲間を作り、己を鍛え、皆と手を取り合っていくつもの冒険を乗り越えてきた。

 そして、いつしか俺たちは勇者パーティと呼ばれるまでになり、ついにはこの世界に混迷をもたらす魔王の領地、魔王領『ステーロード』に足を踏み入れようというところまで辿り着いたのだ。


 ——そんな矢先のことだった。


「悪いけど、ここから先に君を連れては行けない」


 目の前に座る男は、困ったように笑いながらそう言った。

 金髪碧眼の、いかにも美丈夫といった風情の男である。

 名をアリオスという。

 俺が所属するこのパーティのリーダーにして聖剣プライムフィットに認められた若き【剣聖】であり、現在、最も魔王討伐に近いとされている男だった。


 そんなアリオスの言葉は、大陸最北端にある魔王領『ステ―ロード』を見据える人類最後の砦、城塞都市ノースワーパウスの冒険者ギルドの一角にて放たれたものである。

 つまり、俺はまさにこれから魔王討伐に向かおうというタイミングで戦力外通告を受けたということになる。


 いくらなんでも寝耳に水だった。

 だが、同席する他のパーティメンバーは皆一様に押し黙ったまま口を開かない。

 もしや、俺以外のみんなはすでにこうなることを知っていたのか……?


「ちょっと、あたしは何も聞いてないわよ?」


 ――と、一人だけ声を上げる者がいた。


 亜麻色の髪をポニーテールにしたハーフエルフの少女である。

 名をラシェルという。

 肌の色は俺たち人間とそこまで変わらないが、エルフ族の特徴でもある先の尖った長い耳をしており、その顔立ちはまだ幼さを残しながらも人並み外れた美しさを誇っている。

 ただ、そんな顔も今は不愉快げに歪んでおり、テーブルの上におかれた手は指先が白むほどに力強く握りしめられていた。


「そりゃ、君には言えないよ。反対することは分かっていたし」


 アリオスは微苦笑を浮かべながら肩をすくめた。


「でも、これは彼のためでもある。分かるだろう? キョウスケの実力じゃ、この先はもう戦っていけない」


 そう言いながら、アリオスは気取ったように指を鳴らして自分のステータスを表示した。


:STR 98

:VIT 92

:CON 83

:SEN 67


 【剣聖】という剣士系の上級職でもあるアリオスのステータスは総じて高く、剣術スキルも最高のSランクである。

 一方の俺は、もちろんこの世界に転生した直後と比べれば成長こそしているが、すべてのステータスがアリオスの半分ほどで伸び悩んでいた。

 アリオスが強すぎるという側面を差し引いたとしても、俺の今の力量では心許ないと思うのは仕方のないことなのかもしれない。


「でも、戦士のキョウスケがいなかったら誰が敵の注意を引きつけるのよ」


 ラシェルはなおも反論してくれる。

 俺は戦士の中でもいわゆる壁役を行なう盾戦士という役回りで、弓術をメインに扱う【狩人】であるラシェルとはパートナーに近い関係性だった。

 だからこそ、余計に彼女は俺のことを必要としてくれているのだと思う。


「確かに、キョウスケにはこれまで壁役として頑張ってくれていたけど、最近じゃロナンの負担のほうが大きくなってるくらいなんだ。そうだろう、ロナン?」


 アリオスが、押し黙っているパーティメンバーの一人に声をかけた。

 ロナンと呼ばれたその男は【大司祭】という職業に就いており、俺たちのパーティにおける回復役を担当していた。

 ホビット族ということもあって年端もいかない少年のような見た目をしており、体躯も小柄であるために子どもが座るような座面の高い椅子に座っている。


「私も、できればこんなことは言いたくないのですが……」


 こちらには顔を向けぬまま、ロナンが重たげに口を開いた。


「あなたが敵の攻撃を引きつけてくれていることで助かっている面もあります。ただ、あなたの防御技能では、もう私の法術でもダメージを抑えきれません」


 そうだったのか……。

 確かに、このあたりの魔物は非常に強く、このノースワーパウスに辿り着くまでの道中でも傷を追うことは少なくなかった。

 魔王領に入る前の腕試しとしてこの街の近くにあったダンジョンを冒険した際もかなり苦戦を強いられてしまったし、ひょっとしたらそれもあっての今回の決断なのかもしれない。


「待ってよ。ホントにキョウスケを除名するつもり?」


 しかし、ラシェルはなおも食い下がってくれる。


「盾役がいないと不安な気持ちは分かるよ、ラシェル。でも、大丈夫」


 一方のアリオスはそう言うと、別の席に座っていた一人の女声に向かって手を振った。

 気づいた女性が立ち上がり、こちらに向かって歩み寄ってくる。

 小麦色の肌をした上背のあるその女性は、どうやらオーガ族のようだった。

 額には特徴的な二本の角が生えており、女性でありながら逞しい体つきをしている。


「この街は魔王討伐の最前線だからね。優秀な戦士がたくさんいたよ。キョウスケ、悪いけど君の代わりはもう見つかってるんだ」

「あんたが除名されるって戦士かい。確かに、冴えない男だね」


 オーガ族の女性は、俺を一瞥するなり馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 席に座る他のパーティメンバーの顔をぐるりと見回し、頭を下げながら言う。


「なかなかタメを張れる仲間が見つからなくて困ってたんだ。アンタたちとなら上手くやれると思ってる。よろしく頼むよ」

「勝手に決めないでよ! まだあたしは納得したわけじゃないわよ!?」


 ラシェルが激昂したようにその場で立ち上がるが、隣に座っていた女性がたしなめるようにその肩を掴んで無理やり椅子に座り直させた。

 ダークエルフ族のイルヴァである。

 【大魔導師】の職業に就くパーティの魔術担当で、暗褐色の肌に尖った耳、月を思わせる金色の瞳と言った神秘的な美貌を持つ女性だ。

 彼女はこの話し合いがはじまってから一度も俺の顔を見ていない。

 あるいはもう除名が決まっている俺のことになど関心がないのかもしれない。


 かつての俺もこんな感じだったのだろうか――と、ふとそんな思いに駆られた。


「歓迎するよ! さあ、それじゃさっそく作戦会議をはじめよう!」


 アリオスも、もう俺の存在など忘れたようにオーガ族の女性を迎え入れている。

 俺は思わず何か言おうとして――しかし、何を言っていいかも分からず、口をつぐんだ。


 きっともうここに俺の居場所はないのだ——そう思った。


 俺はそのまま席を立ち、これまでずっと仲間だと信じていた者たちに背を向け、その場をあとにする。

 ラシェルが何かを言っていた気もするが、悲嘆に暮れる俺の耳にはその言葉も入ってこなかった。


 アリオスたちと旅をするようになって一年あまり、今生こそは絆を大切にしようという一心で常に仲間のことを想い行動してきたつもりだった。

 だが、けっきょくつけ焼き刃の友情ごっこでは真の絆など結べないということなのか。


 人知れず自嘲しながらギルドをあとにする俺の脳内に、ふと懐かしい声が響いてきた。


《スキル覚醒の条件【仲間を欲する想い】を達成しました。今後、条件達成ごとにさまざまな【絆】スキルを獲得できます》

《スキル派生の条件を達成しました。【絆・別離】を獲得しました》


 ――なんだって?




      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




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