スキル【絆】が思ってたのとなんか違う。

邑樹政典

序章 こうして俺は転生した

 人生で一度だけ女性と交際したことがある。


 大学のゼミで知り合った先輩で、互いに筋トレが趣味ということで何度か一緒に合トレをする機会があり、その流れから交際がはじまった。

 といっても、成り行きではじまったこともあってか、わりとすぐに破局することになる。


「あんた、ホントに自分のこと以外に興味ないよね」


 別れ際に彼女はそう言った。まあ、概ね事実だと思う。

 彼女と交際した期間は三ヶ月程度だったが、俺から彼女をデートに誘うようなことなど一度もなかったし、筋トレを優先したいからとデートを断ったことすらあった。

 俺のもう一つの趣味であるゲームの新作が販売したときは何日か連絡をしないこともあったし、今思えば本当につきあっていたのかも怪しいレベルだった。


 いつからこうなったのだろう。

 別に他人とのコミュニケーションが苦手だというわけではない。

 ただ、自分の時間を他人のために使うのが億劫だった。

 大学でクラスメートと話すことはいくらでもあるが、連絡先を交換している者はごく僅かだし、そもそもプライベートで連絡をとったり遊ぶことなどは皆無だった。


 それでも、俺の人生は充実していた。

 それなりに才能に恵まれていたのか、幸いにも筋トレはコンテストに出れば上位に入賞できるほど成果が出ていたし、余った時間に楽しむゲームも楽しい。

 そもそも他人に興味がなかったのでSNSもやっていなかったし、誰かと自分を比較して一喜一憂することもなかった。

 孤独であっても人生は十分に豊かになると、本気でそう信じていた。


 ――そんな俺に、人生における唯一にして最大の転機が訪れる。


 毎年秋ごろに行われる学生ボディビル選手権の一週間前に、インフルエンザを患ってしまったのだ。

 最悪のタイミングだった。

 減量末期の俺の体に病魔に抵抗するだけの体力は残されておらず、気づいたときには病院に行くこともままならないほど消耗した状態だった。

 せめてこれが実家であればまだ家族に助けを求めることもできたが、俺は大学に入学した際に上京した関係で一人暮らしだったし、実家は遠方だ。

 まさに絶体絶命だった。

 プロテインと粉飴でなんとか最低限の栄養補給は行っていたが、それでも一週間後に控えるボディビルコンテストのことを考えると必要以上の栄養摂取は憚られた。

 正常性バイアスもあって、苦しくはあるが救急車を呼ぶほどでもないだろうという判断の甘さもあった。

 それらすべてが悪手だった。

 力尽きベッドで眠りについた俺は、それから二度と目覚めることはなかった。

 誰でも良いから看病してほしい。そばにいてほしい——最後のほうは、情けなくもただひたすらにそんなことを思っていた。

 おそらく生まれて初めて感じたであろう孤独感に苛まれながら、俺はその生涯に幕を下ろした。


 もしもこんなときに、頼れる友がいれば。

 もしもこんなときに、心配してくれる恋人がいれば。

 ひょっとしたら、俺はもう少し生きながらえることができたのかもしれない。

 今さら後悔しても遅いことだが、俺はあまりにも自分本位に生きすぎた。

 これはきっと、人との繋がりを蔑ろにしすぎた俺への報いなのだろう。そう思った。


 ――そう思っていたのだが。


 最後の最後でちょっとだけ己の行いを反省したからだろうか。

 神はそんな俺にやり直すチャンスをくれた。


     ※


 気づいたとき、俺は何処ともしれない不思議な空間に漂っていた。

 まるで宇宙を思わせるような、重力すら感じさせない暗く空虚な空間だ。


 これが死後の世界だろうか――そんなことを思っていると、頭の中に声が響いてきた。


『貴方に力を与えます。その力で、この世界を混迷から救うのです』


 姿なき声がそう告げると、俺の体に何か温かいものが入り込んでくる気配がした。


『さあ、目覚めなさい。新たなる転生者よ』


 次に声がそう告げると、やがて目の前が真っ白に染まり、それまで失われていた重力の感覚が唐突に戻ってくる。

 そして、次に俺が目を開けたとき、そこには不思議な光景が広がっていた。

 自宅のベッドではなく、鬱蒼とした森の中に寝そべっていたのだ。

 着ている服も、いつものTシャツとハーフパンツではなく、旅装束を思わせるような装いに変わっており、腰には剣と思しきものを提げていた。


 異世界転生――そんな言葉が頭に思い浮かんだ。


 学生ボディビル選手権の一週間前にインフルエンザで前生を終えた俺は、神かなんだかの力によってこの世界で新たに生を受けたのだ。


 俺があまりに唐突な出来事に言葉を失っていると、急に頭の中に声が響いた。


《転生者の覚醒を確認しました。ステータスを表示します》


 それと同時に、目の前に半透明の四角いボードのようなものが表示される。

 そこには次のようなことが表記されていた。


:名前 キョウスケ

:職業 戦士


:STR 12 【筋力、敏捷性に影響】

:VIT 15 【頑強さ、スタミナに影響】

:CON 10 【集中力、器用さに影響】

:SEN  5 【感応力、魔力に影響】


 どうやらここはゲームのような世界であるらしい。

 これらのステータス表示を見た途端、ここに表示されている数字が俺の能力を示すものではなく、俺の能力を補正するものであるという知識が脳裏に浮かび上がってきた。

 つまり、俺の本来の能力に対してこれら数値分の上方補正がかかるということらしい。


《続いて、スキルを表示します》


 再び頭の中に声が響き、ボードに表示されていた内容が変わる。


:言語理解 【この世界のあらゆる言語を理解できます】

:剣技(A) 【ランクに応じて刀剣を扱う技術に補正がかかります】

:防御(B) 【ランクに応じて身を守るための技術に補正がかかります】

:装備適正(盾戦士) 【片手武器および中量級までの盾・鎧の体感重量が軽くなります】

:絆 【人とのさまざまな繋がりが力をもたらすでしょう】


 なるほど。少なくともこの世界は戦う力を要求される世界で間違いないようだ。

 魔力という言葉が出てきていることからも察するに、剣と魔法のファンタジー世界にでも転生してしまったと判断するべきか。

 幸いにも俺はもともとゲームが好きだったので、こういった世界観についてはそれなりに知識がある――と思う。あまり自信はないが。


 それよりも気になったのは、【絆】というスキルだった。

 神はなんと皮肉なスキルを与えてくれたのだろう。

 人との繋がりを蔑ろにし続けた俺にこのようなスキルを授けるとは……。


 いや、あるいは今生こそ人との絆を大切に生きよという思し召しなのかもしれない。

 であれば、俺がこの世界で成すべきことは一つだ。

 神は力を与えると――そして、その力を使ってこの世界を混迷から救えと言っていた。

 俺は絆を作らねばならない。 

 此度の人生こそ、人との絆を育み、その大切さを噛み締めながら生きねばならない。


 気づいたとき、俺は強く拳を握りしめていた。

 神は俺に新たなチャンスをくれたのだ。

 この世界がどんな状況で、その上で俺に何ができるのかはまだ分からない。

 ただ、俺はもう孤独に生きたりはしない。

 人との繋がりを大切にし、絆を育みながら生きるのだ。


 俺はその場でゆっくりと立ち上がると、森の出口を目指して当て所なく歩きはじめた。

 さあ、新たな人生の幕開けだ。待っていろよ、まだ見ぬ友人たち――!




      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




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