第30話  余裕

 ロープは金棒に結べた。後は鬼型プロモンの力で引っ張るだけである。




「一応聞いておくけれども、氷で足が滑って踏ん張れない可能性はあるかな?」


「おがが」


「このフィールドのプロモンだし、そうだよね」




 鬼型プロモンが首を横に振るのを見て、りんりんはニヤリと笑った。もう問題は何も無い。




「では!!」


「おが!!」


「みんな、しっかり見てあげようね!始めて!!」


「おがぁ!!」




 両手でロープを掴み、鬼型プロモンが引っ張る。弛んでいたロープがあっという間に張り詰めるが、その後も鬼型プロモンは止まらずに引っ張り歩く。




「おおおお!!!」




 りんりんは思わず大きな声が出た。かめかめ達ではびくともしなかった金棒を、余裕の表情で鬼型プロモンは一匹で引っ張り歩いた。寒い思いをしてロープを結んで良かった。りんりんが心の底からそう思ったその時、事件は起きた。




「……おがぁ?」


「あれ?どうしたの?」




 鬼型プロモンの足が止まった。




「……お、おがが!?」


「え!?もしかして、引っかかっちゃったの!?」




 余裕の表情から一転、鬼型プロモンが焦った表情でロープを全力で引っ張る。だが、ロープはびくともしていなかった。




「いぬいぬ、【力の咆哮】!みんな、手伝うよ!」




 指示を飛ばしながら、りんりんはロープを掴んだ。びくともしない感触が手に伝わり、りんりんは一瞬頭が真っ白になったが、やる事は変わらない。




「う、うぐぐ……!!」


「お、おがが……!!」




 全員で引っ張った。りんりんも、鬼型プロモンも、他のプロモン達も、全員が全力で引っ張った。だが、びくともしなかった。




「う、うぐぐ……!!」


「お、おがが……!!」




 びくともしない。全く。ちっとも。些かも。びくともしない。全員が力を強くして全力で引っ張り、それでもびくともしない。




「う、嘘でしょ……」




 りんりんは焦った。あれだけ寒い思いをしたのに、金棒が回収出来ないかもしれない。冗談にならない。洒落にならない。




「お、おがが……」




 鬼型プロモンも、焦りの表情を更に険しくした。




「お、お願い……動いて……」




 りんりんは全力で引っ張り続けた。金棒を回収したい。焦りよりも、純粋なその思いがりんりんの中でどんどん高まっていく。




「おが……が……」




 鬼型プロモンも全力で引っ張り続けた。焦りの表情から、ロープを引っ張る事に必死な表情になっていく。




「動いてええええ!!!!」


「おがぁぁぁぁぁ!!!!」




 一人と一匹が叫んだその時、鬼型プロモンの姿が光に包まれた。急成長する時の光であった。




 光がパァッと弾ける。二回り大きくなった鬼型プロモンが、縄を掴み直し、もう一度引っ張った。




「おがぁぁぁぁぁ!!!!」




 ロープに張り詰めていた力が急に抜けて、りんりんはその場に尻もちをついた。その直後、金棒が


 海から飛び上がり、岸へと飛んで来た。




 ドォォォォォォォォォン!!!!




 凄まじい音と衝撃が発生し、りんりん達の身体が宙に浮く。




「ぐへっ!」




 情け無い声をあげながら、りんりんは地面に頭から激突した。痛みは無いし怪我もしないが、落下の衝撃は感じる。




「み、みんな、大丈夫?」




 プロモン達の元気そうな様子を見て、りんりんはホッと息をつき、金棒の方を向いた。




 縄が二重に巻かれた、りんりんの身体より大きな金棒。それにりんりんは近づき、メニュー画面を開いてロープを消した。




「お……おがが……」




 金棒を鬼型プロモンが軽々と持ち上げた。




「おがぁぁぁぁぁ!!!!」




 大声をあげて鬼型プロモンが泣き出した。りんりんも、その姿を見て涙ぐんだ。




「良かったねぇ」


「おが!!」


「本当に良かった」


「おが!!」


「私も寒い思いをして良か……」




 そこまで口にして、りんりんは硬直した。




「おが?」




 鬼型プロモンが不思議な顔をしてりんりんの方を見た。




「あのさ……」




 何故、人はテストが終わった後に良い解き方を思いつくのだろうか。




「今思いついたのだけれども……」




 より一般化して言えば、何故、人は事態が終息した後に良い方法を思いつくのだろうか。




「プロモンって、呼吸の必要が無いよね?」




 今この時、何故、りんりんは金棒をもっと楽に回収出来た方法を思いついたのだろうか。




「キミが泳げなくても、海底を歩いて金棒の場所まで行く事は出来たよね?」




 この現象の名をりんりんは知らない。だが、自分が要らない苦労をした事には気づいた。




 ミコの仲間のタコ型プロモンのトゥムは陸上で普通に過ごしていた。つまり、プロモンに呼吸は必要無い。その事をりんりんは今更思い出した。




「「……」」




 気まずい沈黙がりんりんと鬼型プロモンの間に流れた。




「き、きっと、キミの身体は水よりも軽くて、海底に潜れなかったよ!!」




 急成長する前の鬼型プロモンの比重は水以下で、海底を歩こうとしても身体が浮いてしまった。強い願望の籠った推測を立てて、りんりんは心の平穏を保った。




「お、おがが!!」


「そうだよ!!そうに違いない!!絶対にそ……」




 尤も、仮にそうだった場合も、鬼型プロモンに何か比重が重たい物を持たせれば良いのである。




「金棒!!金棒はどう!?」




 これ以上過ぎた話をしても仕方が無い。そう考えて、りんりんは話題を変えた。鬼型プロモンが海底を歩く事についてこれ以上考えたくなかった。




「おが……」


「ああ、身体が二回り大きくなったから、金棒がその分物足り無くなったのね」


「おががががが……!!」


「え!?」




 りんりんの目の前で驚くべき事が起こった。なんと、金棒が少しづつ大きくなっていた。




「おが!」


「す、凄い……。金棒も大きくなった……」




 二回り大きくなった金棒を、満足そうに鬼型プロモンは背負った。鞘の類も何も無いが、鬼型プロモンの背中に金棒はくっついた。




「……終わったのね」


「おがぁ」




 灌漑深い感情に浸り、りんりんはその場に寝転がった。達成感がりんりんの心を高揚させた。




「あ!」




 寝転がって空を見上げた事で、りんりんは気づいた。明るかった空が急激に暗くなっていく。




 元々、りんりん達がこのフィールドを訪れた目的はオーロラを見る事であった。




 最高の感情で、りんりんはプロモン達と共に、暗闇の中で煌めくオーロラを楽しんだ。

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