第18話 触手

「ねえ、キミ。触手を離してくれないかな?」




 そう言ってりんりんがダイオウイカ型プロモンの方を向いた。どうして自分の足に絡みついたのかは分からないが、自由に泳げないのは困る。ダイオウイカ型プロモンの顔を見てみると笑顔だったし、きっとちょっとじゃれついてきただけだろう。話せば離して貰える。そう考えたりんりんであったが、その期待は外れた。




「え?」




 足に更にもう一本の触手が絡みつく。太い触手が細い両足に一本づつ。吸盤が白い肌にしっかりと張り付いた。




「聞こえなかったのかな?あのね、触手を――」




 離して欲しい、とりんりんが言おうとしたその時、ダイオウイカ型プロモンはりんりんを振り回して海底に叩きつけた。




「!!??」




 あまりにも突然の出来事に、りんりんは驚きの声すら出なかった。どうして急に海底に叩きつけられたのか、その真意を確かめようとダイオウイカ型プロモンの顔を見る。ニヤニヤとした笑顔で笑っていた。それがりんりんを恐怖させた。




「は、離して!どうして笑っているの!?離して!き、きゃああ!?」




 ダイオウイカ型プロモンが触手を振り回してりんりんを海底に再度叩きつけた。りんりんの悲鳴を聞いて、ダイオウイカ型プロモンが更に嬉しそうにニヤニヤと笑っているのを見て、りんりんは理解した。




 このプロモンは、自分を玩具として見ている。




「う、うわあああ!!」




 ダイオウイカ型プロモンは、遠心力をかけて、りんりんを振り回し始めた。まるで、もっといい声で鳴けよ、と言われているようにりんりんは錯覚した。




「きゃああ!!止めて!!」




 激しく触手を振り回して、りんりんは海底にまたまた叩きつけられる。ゲーム内の事である為、痛くはない。怪我もしない。しかし、拘束されたままジェットコースターの様なスピードで振り回されて、海底に頭から叩きつけられるのは、理性のコントロールを遥かに超えて恐怖が勝つ。




「そ、そうだ!触手を外せば!」




 そう言いながら手を伸ばして足に絡みついた触手を引っ張り、りんりんは絶望した。びくともしない。強い力で絡みついており、おまけに吸盤で張り付いているため、りんりんの力では全く動かない。




「お、お願い!!止めて!!離して!!き、きゃああああ!!」




 りんりんの懇願も無視して、ダイオウイカ型プロモンはりんりんを引き続き振り回す。りんりんが悲鳴をあげればあげるほど、ダイオウイカ型プロモンはりんりんを激しく振り回した。




 そして、遠心力をしっかりと乗せて、今までで一番スピードが乗った状態でダイオウイカ型プロモンがりんりんを海底に叩きつけようとした。海底にぶつかる事で生じるであろう衝撃。その恐怖にりんりんは目を瞑った。




 その瞬間、ダイオウイカ型プロモンの大きな体が横向きに吹き飛ばされた。勿論、触手に絡みつかれているりんりんも横向きに吹き飛ばされた。




「!!??」




 予想とは異なる形で自身に発生した衝撃に驚き、りんりんは目を開けた。何がりんりんとダイオウイカ型プロモンを吹き飛ばしたのか。その答えはすぐに判明した。




「あれは、【アクアハンマー】!」




 かめかめが発生させた、水で出来た巨大なハンマーがダイオウイカ型プロモンを叩いたのだ。大きな体格差がある相手を吹き飛ばした威力は見事であるが、もう一度ダイオウイカ型プロモンに当てるのは難しいだろうとりんりんは考えた。




 何故なら、ダイオウイカ型プロモンの目の色が変わったからだ。かめかめの事を敵と認識したのだろう。【アクアハンマー】は強力ではあるが、ハンマーが巨大すぎて小回りが利かず、避けられやすい。りんりんで遊ぶ事に夢中になっていた時は当たったが、かめかめに警戒している今ではダイオウイカ型プロモンに当てられないだろう。




 ダイオウイカ型プロモンがにゅるにゅると動き、りんりんに更に触手を絡ませる。自由に出来ていた両腕にも触手に絡みつかれた事で、りんりんは完全に身動きが出来なくなってしまった。




 絶対にこの玩具は離さない。玩具ではない、返して!ダイオウイカ型プロモンとかめかめが睨み合い、その様な会話をしている様にりんりんは感じ取った。やがて、無言の話し合いは終わりを告げた。




「ああっ!」




 突然、ダイオウイカ型プロモンが、りんりんに絡みつかせていない触手の内の一本で、かめかめを叩いたのであった。




 交渉決裂。戦いの火蓋が切って落とされた。




 ダイオウイカ型プロモンが【触手連打】でかめかめを追撃する。かめかめは甲羅に籠って防御するが、りんりんに絡みついていない四本の触手と二本の触腕の猛攻によって大きく吹き飛ばされてしまう。




「かめかめ!」




 りんりんが心配して声をかけると、事もなげにかめかめは甲羅から顔と甲羅を出した。そして、お返しとばかりに【シェルバレット】で反撃する。十個近い貝殻がダイオウイカ型プロモンに飛んでいく。全て当たれば、先程の【アクアハンマー】と同じくらいにダイオウイカ型プロモンのヒットポイントを大きく減らす事が出来る。だが、ダイオウイカ型プロモンが何もせず【シェルバレット】を受けてくれる訳がなかった。




 ぐい、とりんりんの体が引っ張られる。その大きな体に似合わず、ダイオウイカ型プロモンは泳ぐのが速かった。【シェルバレット】の軌道から素早く逃げて、【吸収の術】でかめかめを攻撃した。




 再度【シェルバレット】でかめかめが攻撃するが、やはり同じように、ダイオウイカ型プロモンは躱して【吸収の術】でかめかめを攻撃した。かめかめのヒットポイントが減り、逆にダイオウイカ型プロモンのヒットポイントは回復した。




 このままでは勝てない、とかめかめは判断したのだろう。攻め手を変える為、接近戦に持ち込もうとした。しかし、ここで大きな問題が発生した。かめかめはまだ泳ぐ事に慣れておらず、移動が遅かったのだ。




 ゆっくりとした動きで接近しようとするが、長い触手による【触手連打】を躱せずに吹き飛ばされる。遠距離から【シェルバレット】で貝殻を飛ばしたり、【激流砲】で水の塊を飛ばしたりして攻撃しても、攻撃が届く前に移動されて躱される。




 かめかめは全く攻撃を当てられなかったが、逆にダイオウイカ型プロモンは多くの攻撃を当てていた。かめかめが近づいて来た時は【触手連打】。触手が届かない場所にいる時は【吸収の術】。二つの攻撃手段を使い分けて、かめかめに攻撃を確実に当てていた。




「かめかめ!逃げて!このままじゃあかめかめが消えちゃうよ!」」




 かめかめは甲羅を使って防御する事が出来るが、全くヒットポイントが減らないわけでは無い。少しづつそのヒットポイントは減っていた。もしもそのヒットポイントがゼロになり、かめかめが倒されたらどうなるか?プレイヤーの仲間のプロモンは街で生き返らせる事が出来る。だが、かめかめはりんりんにテイムされていない、野生のプロモンである為、倒されてしまえば完全に消滅してしまう。




 だから、りんりんはかめかめを逃がそうとした。腕も足も拘束された状態から自力で脱出する方法は全く思い浮かばなかったが、ダイオウイカ型プロモンが自分に飽きて捨ててくれる可能性はあるし、腕さえ動くようになればミコにメッセージを送って助けて貰える。つまり、自分がその時まで耐えれば良い。激しく振り回されて海底に叩きつけられる事は耐えがたい恐怖であったし、もしかしたらもっと酷い遊び方をされるかもしれなかったが、それでもかめかめが完全消滅するよりはまだ良かった。




「逃げて!かめかめ!」




 りんりんを救う為に戦うべきか、りんりんに従って逃げるべきか。葛藤するかめかめに更にりんりんは逃げるように促す。苦しそうな顔をしてかめかめは頷き、砂浜の方へ向かって逃げ出した。後はひたすらりんりんが耐え続けて、機会を伺えば良い。そのはずだった。




 なんと、俊敏な動きでダイオウイカ型プロモンが逃げていくかめかめの前に回り込み、【触手連打】を喰らわせたのだ。




「そ、そんな!?」




 どうして逃げていくかめかめにダイオウイカ型プロモンが追いかけてまで攻撃をしたのか全くりんりんには分からなかった。攻撃してきたかめかめを許せなかったのか。かめかめをもう一つの玩具と見なしたのか。万が一にも援軍を呼ばれない為なのか。或いは他の理由なのか。その真意はともかく、かめかめを逃がさず倒そうとするダイオウイカ型プロモンの姿勢はりんりんを大きく焦らせた。

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