第17話 かめかめ

「それじゃあ、まずは普段の泳ぎ方を見せてね、かめかめ」




 カメ型プロモンを泳げるようにしようとりんりんが決意してから三十分後。りんりんはカメ型プロモンに泳ぎ方を教える為、まずは普段のこのカメ型プロモンの泳ぎ方を見せて貰おうとしていた。決意してから三十分も経っているのは、先にみんなでお弁当を食べていたからである。




 かめかめ、というのはこのカメ型プロモンの事であった。テイムしたわけではないのだが、泳ぎを教える時に”キミ”や”この子”と呼ぶのはやりにくいと思ったりんりんが、かめかめと名付けたのである。




 ゆっくりとかめかめが頷き、浅瀬に入って手足をばたばたと動かした。水しぶきが立ち上がるが、かめかめは全く進んでおらず、その体はだんだん沈んでいた。




「救出!」




 水しぶきの中からりんりんがかめかめを取り出した。砂浜の上に置かれたかめかめはぐったりとした顔をしていた。




「ぐったりもするよね。あんなに頑張って動いているのに、少しづつ体は沈んでいくのだものね」




 ゆっくりとかめかめは頷いた。




「水が怖いって訳ではないみたいだし、本当に泳ぎ方だけが問題みたいだね。よーし!頑張ろう!」




 おー!とりんりんが右手を掲げると、かめかめも真似をする様に右の前足を少しあげた。




「よーし!それじゃあまずはお手本を見せるね!」




 ゆっくりとかめかめが頷いたのを見てから、りんりんは泳ぎ始めた。かめかめが真似を出来るように、クロールや背泳ぎではなく、平泳ぎで泳いだ。




「こういう感じ!分かった?」




 ゆっくりとかめかめが頷き、再度浅瀬に入っていく。りんりんの真似をして、四つの足を縦ではなく、前から後ろへと動かす。




「おお!水しぶきが全然あがってない!って、ああ!沈んでる!救出!」




 流石に一発で完全再現とはいかず、沈んでいくかめかめを水中からりんりんは取り出した。




「大丈夫?」




 りんりんの問いかけに、りんりんに抱かれているかめかめはゆっくりと頷いた。




「良かった。もっと力を抜いて、体の向きを横に向けて泳ぐようにすると沈まないからね」




 りんりんのアドバイスを受けて、砂浜に置かれたかめかめは再度浅瀬へと向かって行く。水の中に体を入れて、りんりんからのアドバイスを元に泳ぎ方を修正してかめかめは泳ぎ出した。




「おお!今度は泳げてる!って、ああ!よく見たらちょっとづつ沈んでる!救出!」




 アドバイスを受けてもまだ完璧には泳げず、ちょっとづつ沈んでいっていたかめかめを水中からりんりんは取り出した。




「大丈夫?」




 りんりんの問いかけに、りんりんに抱かれているかめかめはゆっくりと頷いた。




「良かった。それにしても凄いね。あっという間に泳ぐのが上手になっているよ!ほら!今、ここからここまで泳げたんだよ!」




 りんりんが二か所を指し示す。距離にすれば一メートルも無いが、着実にかめかめが泳げるようになっていたのは確かであった。




「この調子ならすぐに完璧に泳げるよ!よーし!まだまだ頑張ろう!」




 おー!とりんりんが右手を掲げると、かめかめも真似をする様に右の前足を少しあげた。




 その後も、概ねこの調子でりんりんはかめかめに泳ぎを教えていった。お手本を見せたり、アドバイスをしたりして泳ぎ方を教えて、沈んだら水の中から取り出す。それをひたすらに繰り返した。




 一日に二時間程度の練習を、かめかめはりんりんの指導の下取り組んだ。りんりんはもっと指導をしてあげたかったが、一日中ずっとプログラムモンスターのゲームが出来るわけではないし、仲間の三匹のプロモンにも構ってあげたかった為、一日二時間程度の練習で切り上げていた。




 そうして四日が経ち、かめかめに泳ぎを教え始めて五日目。りんりんはいつも通り、仲間の三匹のプロモンを連れて、海フィールドに足を踏み入れた。




「さて、まだまだぎこちないとは言えども、もう随分泳げるようになってきたし、後はターンを教えるくらいかな?水中で目を瞑る癖が判明した時は大変だったけれども、概ね順調だったね。おーい!かめかめー!」




 メニュー画面を開き、水着姿に着替えながら、りんりんはかめかめを探して砂浜を歩いた。




「ワン!」


「お、見つかった?いぬいぬ、連れて行って!」




 流石、百メートル先で溺れていたかめかめを見つけたプロモンである。りんりんより先にかめかめを見つけて、りんりんをかめかめの元へと案内した。




「見つけた!って、あれ?」




 かめかめの傍には一人の人間が立っていた。麦わら帽子に白色のワンピースを着こなしたその姿は、海フィールドによく似合っていた。




「こ、こんにちは?」




 りんりんが声をかけると、その人物はりんりんの方を振り返った。その顔を見て、りんりんは、おぉと声を漏らした。プログラムモンスターのゲーム内では、プレイヤーは現実とは全く違う顔を作って遊べる為、イケメンや美人のプレイヤーは少なくなかった。だが、この人物は特に美しく、極めて整った顔をしていた。普通のイケメンや美人を百点とすれば、この人物は二百点はありそうであった。




「こんにちは」


「あの、何をしているのですか?」


「かめかめさんと一緒に、貴女を待っていたのですよ」


「私を?」




 りんりんはこの人物の顔をしっかりと見てみた。しかし、間違いなく見覚えが無い。




「あの、ごめんなさい。どこかでお会いしましたっけ?」


「いえ、初対面です。ああ、申し遅れました。私、ビットと申します。初めまして」


「は、初めまして。りんりんって言います。この子達は右からいぬいぬ、うまうま、わしわしです」


「ご丁寧にありがとうございます。さて、私の用事は一つです。りんりんさん」


「何でしょうか?」


「貴女にとって、仲間のプロモンとは何でしょうか?」


「え?ええと、友達、かな?」




 初対面のビットからの突然の質問に、りんりんは正直に答えた。嘘をつく必要が無さそうな質問だった事も理由だが、それ以上に、あまりにも突然の質問に、嘘をつくという所まで思考が至らなかったのも理由であった。




「ふむふむ。なるほど。友達、ですか」


「あ、あの?ビットさん?どうしてこの質問をしたのですか?」


「ああ、気にしないで下さい。ただのアンケートですから」


「そ、そうですか」


「では、私はこれにて。アンケートにご協力ありがとうございました」




 そう言って一度お辞儀をしてから、ビットは去っていった。さくさくと音を立てて、サンダルの靴跡が砂浜の上に作られていった。




「今の人、何だったのだろう?何でわざわざ私を待ってまでアンケートを聞きに来たのかな?」




 凄い美人だったけれども、変な人だったな。そう呟いてから、りんりんはかめかめを抱き上げた。




「どうでもいいか!かめかめ!今日で完璧に泳げるようになるよ!いぬいぬ達はいつも通り砂浜でお留守番をしていてね!」




 ビットのアンケートの事から頭を切り替えて、りんりんは、頑張ろう!と言いながら、レジャーシートやプロモン避けの杭を実体化させていった。今はかめかめの泳ぎの練習が最優先であった。




 一方、りんりんの、頑張ろう!という遠くからの声を背中に受けながら、ビットは考えていた。




 りんりんさんこそが”我々”の希望だ、と。






「よーし!いいよ!かめかめ!」




 ビットのアンケートから十分。浅瀬で泳ぐかめかめを、りんりんは応援していた。まだまだぎこちなく、動きもゆっくりではあったが、かめかめは充分に泳ぐことが出来ていた。




「凄いよ!二十五メートルもまっすぐ泳げたし、ターンも出来て戻ってこれた!凄いよ!」




 往復五十メートルを泳いだかめかめを、りんりんは水中から引き揚げて抱きかかえて褒めた。だが、かめかめはどこか浮かない顔をしていた。




「どうしたの?ひょっとして、まだ自分は上手に泳げていないなって思っているのかな?」




 りんりんが尋ねると、かめかめはゆっくりと頷いた。




「もっと自信を持ちなよ!もう充分泳げているって!そうだ!泳げるようになった記念に、ちょっと沖に出てみない?」




 りんりんの提案に、かめかめは困った顔をした。




「大丈夫だよ!まだぎこちないとは言えども、ちゃんと泳げているし!それに、ちょっと沖に出たぐらいなら野生のプロモンも滅多に出てこないらしいし、安全だよ!」




 りんりんの熱意に負けて、かめかめはゆっくりと頷いた。




「よし、行こう!かめかめ、ついてきて!みんなー!ちょっと沖に出てくるから、良い子にして待っていてねー!」




 いぬいぬ達に声をかけてから、かめかめをそっと海に沈めて、りんりんも泳ぎ出した。すいすいと泳ぐりんりんの後を、ゆっくりとかめかめが追いかける形で、一人と一匹は沖に出た。




「見て!サンゴだよ!おいで、かめかめ!綺麗だよ!」




 先行していたりんりんが、サンゴの傍で止まり、かめかめを呼んだ。プログラムモンスターのゲーム内では、水中で仲間のプロモンに指示を出す時に困らないように、水中でも陸上と同じように声を出したり、呼吸をする事が出来た。だから、普通に声をかけてかめかめを呼べたのだ。




「どうしたの?そこで止まっちゃって?」




 だが、呼ばれたかめかめはりんりんの元へ近づかないで、五メートル程離れた場所で止まっていた。




 不思議に思ったりんりんがかめかめの方に近づこうとした時、りんりんの足に一本の触手が絡みついた。




「え!?」




 この場所は滅多に野生のプロモンが出てこないとは言えども、出るときは出る。安全だろうと高を括ってそのような場所に来てしまった事を、この時、りんりんは激しく後悔した。




 同時に、かめかめが近づいて来なかったのは、このプロモンが近づいていたからなのだとりんりんは理解した。




 りんりんの足に絡みついた触手。その持ち主は野生のダイオウイカ型プロモンだった。


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