第13話 甘い考え

「なるほど、そういうことか」




 小刻みにわしわしのヒットポイントが減り続けていた理由が判明した。プレイヤーとその仲間のプロモンに攻撃されている可能性は、うまうまに乗ってこの場所に戻るまでにりんりんは思いついた。しかし、網で絡めとられた状態で一歩的に攻撃され続けているとは流石に予想がつかなかった。




 最悪の展開は、わしわしが食事目当てか何かで一般的なプレイヤーとその仲間のプロモンに襲い掛かって戦闘になり、しかもわしわしがそのプロモンを倒してしまうことだと思っていたが、この状態は別のベクトルで最悪である。他のプレイヤーとその仲間のプロモンに迷惑がかかったわけではなさそうではあるが、わしわしが大ピンチという別の意味で頭が痛くなる問題が発生している。




「ボロズラーとボロッキーから貴女の事は聞いているわ」




 りんりんが初めて見る女プレイヤーがそう言った。金髪の縦ロールの髪型でドレスを着たその見た目は、少女漫画に出てくるお嬢様の様だとりんりんは思った。




「ボロズラー?ボロッキー?」


「この二人の名前ですわよ。太っているのがボロズラー。痩せているのがボロッキー」


「ボロズラーでごわす」


「ボロッキーでやんす」


「なるほど。お姉さんの名前は?」


「アタシの名前はボロンジョ。ボロドウ団のボスであり、美しき悪の心を貫く乙女よ!」




 おーほほほ!とボロンジョが高笑いをする。何が面白いのかりんりんにはよく分からなかったが、妙に様になっているな、とは思った。




「さて、お嬢ちゃん。大事な話をしましょう」


「な、何ですか」


「この子、アタシに譲りなさい。本当はそのお馬さんや、そのワンちゃんも欲しいけれど、とりあえずこの子が手に入るだけでも充分ですものね」


「な、何を言っているの!?」


「どうかしら?この取引に乗らなければ、私達は力づくで三匹ともテイムして奪わせてもらいますわ。それに、街中で見かけたけれど、貴女、この子に随分手を焼いているでしょう?私が引き取って、代わりに運営に報告して、言うことを素直に聞くようにして使ってあげますわ」


「なるほど。問題児を引き取ってあげる、そう言いたいのですね」


「ええ。むしろ感謝して欲しいくらいですわ」




 ボロドウ団の提案は、問題児であるわしわしを手放すだけでうまうまといぬいぬを守れるというものであった。この提案に乗れば、りんりんはわしわしに悩まされることも無くなり、うまうまといぬいぬもりんりんの手元に残る。




「ですが、渡しません。だって、わしわしは私の仲間なので!」




 だが、りんりんはこの提案を断った。わしわしもうまうまもいぬいぬも譲るつもりは無かった。




「うふふ。そう言うと思っていましたわ。いざとなれば、運営に報告して言うことを聞かせる事は貴女にもできますものね。だからアタシ達も交渉をするよりも先に、こうやって網で捕まえてテイムしようと考えたのですもの。さて、もう一度だけ聞くのだけれど、この子を渡す気はないですのね?戦いになって、三匹とも奪われても、良いのですわよね?」


「わしわしは渡しません!三人とも奪わせるつもりもありません!」


「交渉決裂ですわね。だったら、ホタルージュ!」




 ボロンジョが呼びかけると、一匹のホタル型プロモンがりんりん達にゆっくりと近づいて来た。




「何をしてくるか分からない。いぬいぬもうまうまも気を付けて」




 うまうまから降りて、りんりんはホタル型プロモンのホタル―ジュに注目する。いぬいぬとうまうまもホタルージュを見ていた。それが良くなかった。




「ホタルージュ、【目潰しの光】!」




 瞬間、ホタルージュが眩しく発光した。




「きゃあ!?」


「ワオン!?」


「ヒヒン!?」




 眩しい光がりんりん達の目を見えなくさせた。そのチャンスに合わせて、いぬいぬとうまうまに攻撃をする事をボロズラーとボロッキーは仲間のプロモンに指示していた。




「まずい!と、とにかく目が見えるようになるまで時間を稼がなきゃ!うまうま!【いななき】!」


「ドレスズムシ、【黄金の音色】でかき消しなさい」


「ヒヒーン!!!」


「リンリンリンリン!!!」




 鈴虫型プロモンのドレスズムシがうまうまの【いななき】をかき消す。時間稼ぎは出来なかった。




「いぬいぬ、うまうま、なんとか避けて!」


「無茶でごわす。見えないのに避けるなんて出来ないでごわす。スモウトリ、カモメタボ、【突撃】で犬の方に攻撃でごわす」


「そうでやんす。お嬢ちゃんはここであっしらに負けて三匹とも奪われるのでやんすよ。ガリガリス、マウスリム、【ビーストファング】で馬の方に攻撃でやんす」




 いぬいぬとうまうまの悲鳴がりんりんに聞こえた。なんとか目が見えるようになった時には、最悪の状態が目の前に広がっていた。




「そ、そんな」




 いぬいぬとうまうまが網に絡めとられて横たわっていた。




「いぬいぬ!【火炎の術】!」


「カモメタボ、【術封じの息】で止めるでごわす」




 りんりんはいぬいぬに、網で動けなくても出来る攻撃をさせようとしたが、ボロズラーの仲間のカモメ型プロモンにそれも出来ないようにされてしまった。ここから逆転することは出来そうにない。




「これで勝ちでごわすかね」


「ボロズラー、まだでやんすよ。テイムが終わるまでは油断しちゃあダメでやんす。そういう訳で、お嬢ちゃんには大人しくしていて貰うでやんす」




 りんりんの元に、ボロッキーの仲間のネズミ型プロモンのマウスリムが近づく。りんりんに余計な動きをさせないためである。これで、ミコに連絡して助けてもらうという最後の頼みの綱も切れてしまった。




「さて、お嬢ちゃん。この子達、頂いていくわよ」


「や、やめて!」


「判断を誤ったわね。あの時、どうしてこの問題児を引き渡す選択をしなかったの?」




 ボロンジョがわしわしを指差してりんりんに尋ねた。




「街中で遠くから見ただけではあるけれども、貴女はこの子に完全に振り回されていた。そう見えたわ。それなのに、どうして引き渡そうとしなかったの?やっぱり、運営に報告して言うことを聞いてもらえるようにするつもりでしたの?」


「違う!わしわしは仲間だから渡したくなかったの!」


「仲間と言っていますけれども、どうするつもりだったのですのよ?この子、全く貴女の言うことを聞いてくれないのでしょう?」


「そ、それは、これからゆっくりと時間をかけて仲良くなって、私の言うことを聞いて貰うつもりだったの!」




 りんりんのその言葉に、ボロンジョはため息をついた。




「甘いですわね。本当に甘い。そのような甘い考えでは、何も出来ませんのよ。時間をかけて仲良くなる?ご立派な計画ですわね。実現出来るのならば、ですけれども」




 くるりとボロンジョが振り返り、わしわしの方を向く。




「さて、そろそろテイムしましょうかしらね。さっきまで攻撃をしていたから、もう充分弱っているでしょうし」


「や、やめて!本当にやめて!」




 りんりんが一歩足を踏み出すと、マウスリムが、それ以上動くな、と言うようにチュウウと鳴いた。今すぐにわしわしの前に駆け寄って、ボロンジョから守りたかったが、とても出来そうになかった。




「やめて?馬鹿ね。それでやめると思っているの?そういうのを甘い考えだと言っていますのよ。実現しないことを求める。買ってもいない宝くじが当たる事を願うようなものですわ」




 わしわしと仲良くなる事。わしわしを奪われない事。それは甘い考えで、どちらも不可能だとボロンジョは吐き捨てた。




「ピィーー!!ピィーー!!」


「うふふ。良い鳴き声ね。ああ、テイムは何回目で成功するかしら?」


「ピィーー!!ピィーー!!」




 わしわしが近づいてくるボロンジョに威嚇するが、ボロンジョは歩みを止めなかった。




「やめて!!お願い!!やめて!!」




 わしわしと仲良くなる事。わしわしを奪われない事。それが甘い考えである事はりんりん自身もよく分かっていた。それでもりんりんはその甘い考えを捨てきれなかった。何故なら――




「この子は問題児なのよ?何故そこまで執着するのかしら?」




 わしわしが問題児であることもりんりんはよく分かっていた。戦闘中に言うことは聞かないし、普段の行いも酷い。それでも、りんりんにとっては――




「わしわしは、私の仲間!!!大切な仲間だから!!!」




 りんりんは叫んだ。わしわしは仲間なのだ。大切な仲間なのだ。だから仲良くなれるはず。だから奪わせない。ただそれだけだった。




 甘い考えで占められた叫び。それを叫んでも何も変わらない。わしわしと仲良くなる事も、いぬいぬやうまうま共々奪われることも出来ずに終わる。何も変わらない。




 そう。そのはずだった。ボロドウ団の三人は勿論、りんりん自身でさえ、その結末を予想していた。




「ピィーーー!!!」




 だから、わしわしが光となって大きくなっていくのは、誰にとっても予想外であった。




「わしわし……?」




 りんりんが声をかけると同時に光がパァッと弾けた。そこには、ゴーレムと戦った時のいぬいぬやうまうまの様に、二回り程大きくなったわしわしがいた。

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