第11話 問題児

 わしわしが仲間になってから一週間後、りんりんはミコと街中の広場で練習試合をしていた。




「ギリメカラ!【ヘビーチャージ】!」


「パオーン!」




 ミコの指示を受けて、ギリメカラと呼ばれたゾウ型プロモンが大きな体を震わせて走り出す。




「わしわし!【天空の爪】で向かい打って!」




 ミコに負けじとりんりんも指示を飛ばす。だが――




「わしわし!ねぇ!わしわし!お願いだから言うことを聞いて!」




 わしわしは言うことを無視して羽繕いをしていた。接近してきたギリメカラの攻撃は軽く飛んで躱し、また元の場所に着地して、羽繕いを再開した。




「あ、躱した。って、そうじゃない!」


「ギリメカラ、【水攻めの包囲陣】」




 淡々とミコが次の指示を出し、それを受けたギリメカラが大きな声で一声鳴くと、わしわしの周囲にサッカーボールくらいの大きさの水球が八つ現れる。




「わしわし!【暴風結界】で身を守って!」




 りんりんが指示を飛ばすが、わしわしは動かず、あくびをしていた。




「今よ!ギリメカラ!」


「パオーン!」




 水球が全て爆発し、わしわしに水が勢いよく襲い掛かる。その衝撃でわしわしは吹き飛ばされ、地面を転がった。




「わしわし!大丈夫?」


「……」




 無言でわしわしがむくりと起き上がる。良かった、と言おうとしてりんりんは口ごもった。まずい。わしわしの目の色が変わった。ここ一週間、何度かわしわしを戦わせたが、こうなるともう後の展開は決まっていた。




「ピィーー!!!」


「わしわし!落ち着いて!待て!ステイ!攻撃しない!」


「ピィーー!!」




 りんりんの制止も聞かず、わしわしはギリメカラに突撃して攻撃を始めた。凄まじい猛攻を受け、ギリメカラはすぐに光となって消えていった。




「ピィーー!!ピィーー!!」


「うう。どうして言うことを聞いてくれないの」




 勝利の雄たけびをあげるわしわしとは対照的に、りんりんのテンションは低かった。わしわしが仲間になって一週間。ミコの仲間のプロモンや野生のプロモンとわしわしを何度か戦わせたが、毎回この調子であった。りんりんの言うことを聞かず、羽繕いやあくびをしてのらりくらりと戦う。そして何かのきっかけで戦闘のスイッチが入ると、大暴れして敵を瞬殺する。




「なかなか言うことを聞いてくれないわね」


「滅茶苦茶強いから全部勝ててるけど、このままじゃあ駄目だよね」


「そうね。他のプロモンと連携して動いたりする時に困るわ。というか、戦闘中以外でも言うことを聞かなくて困ってるんでしょ?」


「うん。今日もいぬいぬがご飯を横取りされていたよ」


「今日も?本当に食いしん坊キャラね。あ、そうだ。食べ物を使って言うことを聞かせたことはある?」


「考えたことはあるけど、戦闘の対価に食べ物を与えるっていうのは、ビジネスライクな関係っぽくてやりたくない」




 はぁ、とりんりんはため息をついたりんりんに、わしわしが近づいてきた。




「ピィ」


「何?どうしたの?わしわし?」


「ピィピィ」


「もしかして、おやつを食べたいの?駄目だよ、もう今日はおやつを食べたでしょ」


「ピィーー!!ピィーー!!」


「怒られてもあげません」


「ピィ!ピィ!ピィ!ピィ!」


「突っつかれてもあげません!」


「ピィーー!!」


「わーっ!わしわし!ダメ!ミコちゃんを突っつかないの!」




 ツンツンツンツン!と突っついてくるわしわしから、りんりんはミコをかばう。ここでおやつを出すわけには絶対にいかなかった。そんなことをすれば、ミコを突っつけばそれを止めるためにおやつを出してくれると学習して、もっと突っつくようになるだろう。




 やがて、このままやってもおやつは貰えないと判断したのだろう。突っつくのを止めて、ふてくされたようにわしわしは羽繕いを始めた。




「ごめんね。本当にごめんね、ミコちゃん」


「大丈夫よ。でもこれ、他のプレイヤー相手にやらかしたら大問題よね」


「いぬいぬのご飯は横取りするし、ミコちゃんに迷惑をかけておやつを出させようとするし、食べ物のことになると本当に酷い!戦闘中も言うことを聞かないし!もう今日という今日は許しません!わしわし!」


「ピィ?」


「お説教です!他のプロモンやプレイヤーに迷惑をかけちゃダメだってお話をします!」


「ピッ」




 ペッとわしわしがりんりんに唾を飛ばす。どろりとした唾がりんりんの顔にかかる。




 呆気にとられるりんりんを尻目に、わしわしは羽繕いを再開した。




「ねぇ、りんりん。やっぱり運営に報告した方がいいって。この問題児、手に負えないわよ」


「うぐぐぐぐぐぐ」




 ミコの提案に、りんりんは葛藤の声を漏らす。




 運営に報告。それは、プレイヤーの言うことを聞かなかったり、問題行動ばかりしたりするプロモンを、プレイヤーが扱いやすいように修正してもらうという、まさに今の問題を解決する最高の方法であった。




 だが、りんりんはそれだけはどうしてもしたくなかった。




「何というか、そういうことはやりたくないんだよね。わしわしの思考回路を外から変えるんじゃなくて、わしわしがわしわしのまま、自力で聞く耳とか良識を持って欲しい」


「難しいことを言うわね」


「わしわしの感情を私の都合で無理やり塗りつぶすことはしたくない」


「わしわしの感情ねぇ」




 ミコにはりんりんの考えがよく分からなかった。




 プロモンに感情があるという考えについては、最近は理解できるし、消極的ではあるが賛同もしていた。プログラムの産物であるプロモンが、どうして感情を持っているかは全くの謎だが、感情があるとすればうまうまとわしわしが一発でテイム出来た話が自然に思える。というより、感情がないと考えるとかなり無理のある話だと思うから、信じ難いものの、プロモンに感情があると信じざるを得ない。




 ただ、よしんばプロモンに感情があったとして、プロモンの感情をプレイヤーの都合で弄繰り回して何が問題なのかは分からなかった。プロモンはプログラムの産物であって、言い換えればただのデータである。他のプレイヤーや運営相手ならばまだ分かるが、プロモンであるわしわしに対して何を遠慮するのかよく分からなかった。




「あなたの仲間のプロモンだし、好きにすれば良いとは思うけど、かといってどうするの?」


「時間をかけて、悪いことはダメって教えたり、信頼関係を重ねたりするつもり」


「まるで子供やペットの相手をしているみたいね」


「そんな感じ。大変だけど頑張る」




 羽繕いが終わったわしわしに、りんりんが近づいて声をかける。今度こそお説教が始まるかと思いきや、わしわしが回れ右をして走って逃げだしたため、りんりんも追いかけて走り出す。




「感情、ね」




 もし、グシオンやトゥム、ギリメカラがわしわしのような問題児だったら、とミコは想像する。とてもじゃないが、ゲームを楽しめなさそうだ。




「止まりなさーい!」


「ピピピピー!」




 りんりんとわしわしの追いかけっこを見て、ミコは思う。プロモンに感情は要らないな、と。


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