第5話

「来たわね奈子! ここであったが百年目よ!」

「いや、ほとんど毎日会ってるだろ……」


 クラスは違えど同じ学校なんだし……。


 思わず俺はツッコむのだが。


「今のは瑠々ちゃんにとって挨拶みたいなものなんです。ね~?」

「ぅ、うん……。って、なにさり気なく手ぇ握ってるのよ! 馴れ馴れしいわよ!」


 頼羽は慌てて伏木の手を振り払う。


「その割には嬉しそうだったが」

「だって瑠々ちゃんは私の大親友なんですから。ね~?」

「ち、違うってば! 親友じゃなくてライバル! 何度も言ってるでしょ!?」

「え~? でもでもぉ、強敵と書いて友と読むって言うしぃ? ライバル=親友じゃない?」


 そう言うと伏木はこちらに話を振った。


「聞いて下さい佐藤君! 瑠々ちゃんは入学したての頃、お友達のいなかった私に真っ先に話しかけてくれたんですよ? 『なによあんた! ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃないわよ』って! 嬉しかったなぁ……。その後も、事あるごとに話しかけてくれて! お陰で寂しくありませんでした。クラスが変わった後も変わらず仲良くしてくれますし! これってつまり親友ですよね!」

「……まぁ、そうだな」


 お前がそう思うのならそうなんだろうな。


 お前の中では。


 俺に理解出来たのは、こいつらの間には致命的な認識のズレがあるという事だけだ。


 案の定、頼羽は真っ赤になって震えてるし。


「全然ちが~う! あたしはあんたの地位を脅かすライバルなの! 恐るべき強敵なの! 不倶戴天の天敵なの! 親友なんて甘っちょろい関係じゃないんだから!」

「そんなに拘る事か?」


 俺としては、ライバルなんかより親友の方が健全だと思うんだが。


「だってぇ! ……親友なんて言われたら、色々やりずらいじゃない……」


 頼羽は恥ずかしそうに貧相な胸元で指先をイジイジする。


「いやもうその反応は完全にライバル失格だろ。普通にただの友達だろ。変な意地張ってないで認めろって」

「ダメですよ佐藤君! 瑠々ちゃんには瑠々ちゃんなりのキャラ付けってものがあるんですから! 尊重してあげなくちゃ!」

「お前が言うか?」

「私は尊重してますよ? 親友だけど、ライバルである事は否定してませんし」


 その通りだが、ライバル扱いはしてないだろ……。


 尊重とか言っちゃってるし。


 まぁ、どうせ無駄だから言わないが。


「にゃああああ!? 恥ずかしいからそういう事言わないで!? それじゃあまるで、あたしが痛い厨二キャラみたいじゃない!?」

「みたいじゃなくて実際そうだろ」

「私は好きだよ? 個性的で!」

「にゃわぁ!? あばばばばばばば!?」


 恥ずかしさがキャパオーバーしたらしく、頼羽は顔を隠してその場にしゃがみ込んだ。


 雑魚過ぎる。


 こんなんで伏木のライバルが務まるのか?


 って、務まってないからそういう扱いなのか。


 どうでもいいが。


「それで、佐藤君は瑠々ちゃんの告白受けたんですか?」

「いや断ったが……? なんで知ってるんだ!?」


 その時はお前いなかっただろ!?


 まさか、盗聴器でもつけられてるのか?


 この女ならやりかねん!?


 慌てて俺は制服を検めるが。


「そんなの付けてませんてば。瑠々ちゃんは親友ですよ? 瑠々ちゃんの考えそうな事くらい分かります!」


 伏木はドヤ顔で胸を張るが。


「いや、普通は親友だってわからんだろ……」

「そ~ですかぁ? だって瑠々ちゃんは私のライバルですし。私に勝つ為に佐藤君に告白してもおかしくないかな~って」

「そりゃそうだが……」


 シンプルに洞察力が高いパターンだったか。


 いや、逆にこえーよ!


 ホームズかよ!


「それは流石に言い過ぎです! シャーロキアンの皆さんに怒られてしまいます!」

「だから人の心を読むんじゃない!」


 ピンポイントでホームズは洞察力ってレベルじゃないだろ!?


「というか、仮にも親友が好きな相手を横取りしようとしてるんだぞ? ちょっと余裕過ぎないか?」

「私でダメだったので。瑠々ちゃんじゃ絶対ダメだろうなと思ってましたから」

「うわぁ……」


 えっぐ。


 そういう事言う?


 こいつ、実は結構腹黒か?


「……なによそれ。どーいう意味! あたしじゃ奈子に勝てないって言いたいわけ!?」


 ほれ見ろ。


 流石に聞き咎めて頼羽もキレてるし。


「違うよ! 逆々! 佐藤君は私の事、美少女だからって振ったんだよ? 瑠々ちゃんは私よりずっとず~っと可愛いんだから、余計にダメだろうなって話!」


 いやそっちかよ!


「ぇ、ぁ、ぅん……」


 頼羽も思わぬカウンターを受けて真っ赤になってるし。


「いや、伏木さんの方が可愛いだろ……」


 野次馬共も困惑してる。


 気持ちはわかるが、頼羽の前でそれを言うのは流石に失礼だぞ?


 ノンデリ野郎に視線で注意する。


 伏木もムッとして叫んだ。


「そんな事ありません! 誰がどう見たって瑠々ちゃんの方が可愛いでしょ! 見た目はもちろん中身だって! その上優しくて楽しくてすっごく良い子なのに! なんでそんな意地悪言うんですか!」


 思わぬ反撃にノンデリ野郎が青ざめる。


「ちょ、奈子、いいってば!? あたしは全然気にしてないから!?」


 頼羽は焦って止めに入るが。


「瑠々ちゃんがよくてもあたしが良くないの! 親友なんだよ!? ほら! 瑠々ちゃんに謝って下さい!」

「すいませんでしたぁ!?」


 ノンデリ野郎がジャンピング土下座を決める。


 自業自得と言えばそれまでだが、流石にちょっと同情する。


 ノンデリ野郎、泣きそうだし。


「分かってくれたらいいんです。大きい声出しちゃってごめんなさい」

「伏木さん……。なんて寛大な!」 


 笑顔で頭を下げる伏木に、ノンデリ野郎は涙を流して感服している。


「なんなんだよこの状況は……」


 色々とチグハグ過ぎて頭が痛くなってきた。


「こういう奴なのよ奈子は……」


 そりゃ頼羽もゲッソリするか。


「お前も苦労してるんだな……」

「分かってくれる!? って、理解ある男を演じてあたしを落とそうとしたってそうはいかないんだからね!?」

「あぁ、一番苦労してるのは俺だったか……」


 誰も労ってはくれないが……。


 人生なんてそんなものだ。


「それじゃあ瑠々ちゃん、これからは恋のライバルだね!」


 出し抜けに伏木は言うが。


「なんで嬉しそうなんだよ……」

「だってだって! 親友と好きな人を取り合うなんて、ラブコメみたいじゃないですかぁ? 恋愛は障害が多い方が燃えるって言いますし! どうせなら過程も楽しみたいなと!」


 そういう考えもあるのか。


 前向きと言えば聞こえはいいが……。


「それで頼羽に俺を取られたらどうするんだ?」


 気になる所ではある。


 平気なら、結局こいつは心の底では頼羽に負けるわけはないと見下している事になる。


 そういう腹黒女とは絶対に付き合いたくない。


 今だって付き合いたくはないのだが。


「そしたら頑張って取り返すだけです。瑠々ちゃんには悪いけど、私だって本気なので! これだけは絶対に譲れない。負けたくありません!」


 嘘偽りの欠片なく、本気で伏木はそう思っているらしい。


 本気で自分は格下の挑戦者だと、そのように思っているようだ。


 その覚悟は見事な物だが。


「それでもダメならどうするんだ」


 意地悪な質問だと思った。


 でも、不意に俺は知りたくなった。


 お前はその時どうするんだ?


 それでも笑っていられるのか?


「二人を殺して私も死にます」

「「なっ!?」」


 マジの殺気に教室の空気が凍り付く。


「というのは流石に冗談ですけど。でも、それくらい本気です。本気で人を好きになるって、そういう事じゃないですか?」

「まぁ、そうかもしれんが……」


 なんとなく頼羽と視線を交わしてしまう。


 俺達は、とんでもないバケモノを敵に回そうとしているのではないか?


「でも、親友の瑠々ちゃんと大好きな佐藤君なら素直に祝福できちゃうかも? その時になってみないとわかりません。わかるわけないですよね? だって未来の事なんですから」

「そりゃそうだが……」


 その言葉にも嘘はない。


 伏木なら、どちらの未来もあり得そうだと思えてしまう。


 どちらにせよ、厄介である事には変わりないのだが……。


「ふ、ふんだ! そんなのあたしの勝ちに決まってるわ! だってあたしはあんたのライバルなんだから!」

「うん! 瑠々ちゃんは私の一番の親友で最強のライバル! だから一緒に頑張ろうね!」

「望むところよ!」


 がしっと二人が握手を交わす。


「いや、良い雰囲気でまとめられても困るんだが……」


 ボヤいた所で、冴えないモブ男の呟きなんか虚しく消えるだけだった。 

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