第3話

「おい、お前が佐藤か!? ……って、なんだこりゃ?」


 昼休みになった途端、他所のクラスの誰かがやってきて俺に尋ねる。


 そいつの視線の先、つまり俺の机の上には、画用紙で作った即席の看板が置かれている。


 曰く、そこにはこう書かれている。


 『俺、佐藤一郎は伏木奈子の彼氏ではありません。告白されたのは事実ですが、部不相応なのでお断りしました。迷惑なのでこれ以上の詮索はお止めください』


「朝からお前みたいな野次馬が大勢話を聞きに来るから作ったんだ」


 男子に女子、下級生から上級生、果ては教師まで。


 そりゃもう大勢来た。


 一々説明するのも面倒なのでこさえたわけだ。


 お陰でこっちはくたくただ!


「そ、そりゃ大変だったな……。それじゃあ!」


 余程酷い顔をしていたのだろう。


 俺の顔を見て頬を引き攣らせると、そいつは逃げるように退散した。


 ちくしょう!


 どうやら昨日の告白をどこぞの出っ歯亀に見られていたようで、俺が伏木に告白された事が学校中の噂になっていた。


 それだけでも面倒なのに、噂はねじ曲がり、一部では俺と伏木が付き合っている事になってるらしい。


 まぁ、他人からすれば伏木の告白を断る奴がいるだなんて思わないだろうから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 聞いた所では伏木も伏木で誤解を加速させるような真似をしているらしいし。


 どうせあの女の事だ。


 周りに俺と付き合ってると言い触らし、なし崩し的に嘘を真にしてしまおうとか狂った事を考えているに違いない。


「俺は絶対負けないからな!」


 熱い決意が身体を動かし、気付けば俺は勢いよく机を叩いていた。


 クラスメイトがビクリとして、何事かと俺を見る。


 や、やめろ! そんな目で俺を見るな! 


 俺は正常だ! 狂ってるのはあの女の方なんだ!?


「ご、ごほん……。さーて、弁当でも食べるか!」


 なに一つ誤魔化せはしなかったが。


 とりあえず弁当を食べる事にする。


 腹減ったし。


 あぁ、荒んだ心に母さんの唐揚げが沁みるようだ……。


「ちょっと! 鈴木一郎って奴はいる!」


 見知らぬ女子が入ってきて、甲高い声を張り上げる。


 はて、うちのクラスにそんなMLBメジャーリーグベースボールシアトル・マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターみたいな名前の奴がいただろうか?


 どーでもいいけど。


 はぁ、疲れた心に母さんのエビシュウマイが以下略……。


 と、騒がしい女子は威圧的な口調で周りの生徒になにやら聞くと、キッと俺を睨んで一直線にこちらに向かってきた。


「あんたが鈴木一郎ね! なんで黙ってんのよ!」

「いや、俺は佐藤一郎だが」

「鈴木も佐藤も同じでしょ!?」

「いや違うだろ」


 なにを言ってるんだこの女は。


 さてはこいつ、あの女と同類だな?


 この学校には頭のおかしい女しかいないのか?


「なんでもいいが、用件はなんだ? こっちは疲れてるんだ。さっさと済ませて帰ってくれ」

「生意気な奴ね。まぁいいわ。短槍直入に聞くわよ」

「短刀な」

「う、うるさいわね! 刀も槍も同じでしょうが!」

「全然違うが」


 意味は通じそうだ。


「キー! ムカつく奴!」


 こっちの台詞だ。


「とにかく! あんた、奈子と付き合ってるって本当!?」

「いや全然」


 またそれかよ。


 勘弁してくれ!


 説明するのも億劫で、俺は机の看板を指さす。


 ムカつく女はチラリとそちらを見ると、おもむろにグシャリと拳で叩き潰した。


「なにやってんだお前!?」

「なんかムカついたから」

「イカレてんのか!? 短気にも程があるだろ!?」

「うるさいわね! 言いたい事があるんなら口で説明しなさいよ!」


 それが面倒だから看板を作ったんだが。


 伏木と同じで話が通じるタイプじゃないらしい。


「わかったよ……。伏木とは付き合ってない。告白されたが断ったんだ。以上、おしまい、閉店、ガラガラ!」


 シャッターを閉める動作でお帰りを願うのだが。


「はぁ!? どうして奈子があんたみたいな冴えないモブ男に告白するのよ! どう考えたって逆でしょうが!」

「俺が知るかよ……」

「仮にそれが事実だとして、奈子を振る意味も分からないし。だって奈子よ! 学校一! ……には負けるけど。まぁ、二番目には可愛い女子じゃない! その上勉強も出来て運動神経も抜群、性格も良い人気者よ! あんたみたいなゴミムシには一万回転生したって縁のない相手でしょうが!」


 その通りではあるのだろうが。


「誰がゴミムシだ――指をさすな!?」


 カス女の手を払う。


「痛いわね!? 本当の事でしょ!?」

「だとしてもお前に言われる筋合いはない。まぁ、アレだ。あんたの言う通り、俺と伏木じゃ釣り合わない。だから断った。それだけの話だ」

「勿体ない。変な見栄張らずに付き合っちゃえばいいのに。あたしなら絶対――って、なに言わせんのよ!?」

「知らねぇよ……」


 本当になんなんだこの女は?


「とにかくだ! 用が済んだら帰ってくれ! こっちは昼飯の途中なんだ!」

「なら駄目ね。あたしの用はまだ済んでないし。本当はあんたが奈子の彼氏に相応しいかテストしてやろうと思ったんだけど。あっそう。あぁ、そう。あの奈子を振ったわけ。そうなると話は別よ。ふふふ、あははは! いーこと思いついちゃった! あたしって天才ね!」

「まぁ、紙一重ではあるよな」


 バカと。


「よくわかんないけど。喜びなさい高橋一郎! このあたしが特別に、あんたの事を彼氏にしてあげるわ!」

「………………いや、イヤだけど」


 何を言ってるんだこの女は?

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