第2話

「おはようございます! 佐藤君! こんな所で奇遇ですね?」

「……いや、ここ、俺の家の真ん前だし。奇遇もクソもないだろ」


 翌朝。


 いつも通り学校に行こうと玄関を出ると、徒歩一秒の位置に伏木がいた。


「えへへへ……。やっぱり諦められなくて。佐藤君とお付き合いする為に、色々努力してみようかと!」


 キュルルンと、伏木はポップなエフェクトと効果音が聞こえそうな極上のスマイルを俺に向ける。


 気怠い朝の憂鬱を吹き飛ばすには十分な威力を持っていたが。


 生憎俺はラブコメとは無縁の体質だ。


 朝一から伏木のスマイルはちと心臓に悪い。


「勘弁してくれ……。やってる事、ストーカーと大差ないぞ?」

「佐藤君と付き合えるなら、臭い飯も怖くありません!」

「いや、捕まってるし。付き合えてないだろそれ……」

「それくらいの覚悟があるという事です! それに、付き合っちゃえばストーカーも純愛だって言葉があるいじゃないですか?」

「完全に初耳だが」

「はい! この、好きな相手を必ず落とせる666の方法! って本に書いてました!」

「悪い事は言わないから、そんな本は今すぐ燃えるゴミに出しちまえ」

「ダメですよ! 本は資源ごみの日に出さないと!」

「そういう時だけは理性的なんだな……」

「私はいつだって理性的ですけど?」


 伏木がハテナ? と小首を傾げる。


 一点の曇りもなく澄み切ったアシタカのような瞳に、逆に俺は狂気を感じた。


「なんでもいいが、ついて来るなよ。妙な噂にされたくない」


 こんなんでも、伏木は学校一の美少女様だ。


 当然人気で、学校のマドンナポジでもある。


 ファンクラブもあるって話だし。


 妙な誤解をされて面倒事に巻き込まれたくはない。


 俺はモブ男として、身の丈に合った日常を送れればそれでいいんだ。


「はい!」


 幸い伏木は納得してくれたようだが。


 というわけで、俺は学校に向かうのだが。


「……いや、ついて来るなと言ったはずだが?」


 伏木の奴、めちゃくちゃついてきてるんだが。


「たまたまです。同じ学校なので!」


 小学生の屁理屈かよ!


「だとしたら、あまりに距離が近いと思うんだが」


 俺の隣にピッタリ寄り添うように歩いてるし。


 完全に恋人同士の距離だろこれ。


「横に広がると車の迷惑になりますので!」

「横に並ぶなと言ってるんだ!」

「はい……」


 しゅんとして伏木が下がる。


 まったくこの女は。


 なまじ頭が良いせいですぐに屁理屈を返して来やがる。


 ともあれ、これで一安心か?


 と思ったのだが。


 すれ違う通行人の奇異の目に振り返る。


「うぉ!?」

「わっ!」


 伏木はピッタリと真後ろに張り付いていたらしい。


 急に俺が振り返ったので、危うくぶつかりそうになる。


 仕方なく受け止めるのだが……。


「佐藤君……。ダメですよ、こんな所で……」


 とか言いながら、伏木は目を閉じ顎を上げた。


「やめい!」


 思わず俺はビシッと伏木の旋毛にチョップする。


「はわわっ!? な、何故ですか!?」

「こっちの台詞だ!」

「急に抱きしめられたので。キスしたいのかなと?」

「そんな奴が居てたまるか!」

「私は居てもいいと思います!」

「両手を広げるな! しないからな!」

「むぅ……」


 伏木が不満そうに頬を膨らませる。


 顔だけは可愛いから始末に負えない。


「なんなんだよお前は……」

「横はダメだと言われたので……」

「真後ろも駄目だろ!? ドラクエじゃないんだぞ!」


 あるいはどこぞの海王か。


 いやマジで、あの距離は俺の手足の振りと完全に同期していたとしか思えない。


 そりゃ通行人も不審がるわけだ。


「横も駄目、後ろも駄目と言われたら、どこを歩いたら良いんでしょうか?」


 普通に歩けと言いたいが、この女に普通なんて言葉は通用しそうにない。


「前を歩いてくれ」


 それならこちらで距離を調整できるし。


「は~い」


 また屁理屈が飛んでくるかと思ったら、伏木は素直に受け入れた。


 そんなわけで伏木が前を歩き、俺は適度な距離を取った。


 これならギリギリ、偶然通学路が一緒になったというように見えなくもないだろう。


 と、一安心したのも束の間。


「ぬぁ!?」


 いきなり伏木はひょいっとスカートの後ろをめくって純白の下着に包まれた尻をチラ見せさせた。


「なにしてんだお前!?」


 思わず俺は問い詰めるのだが。


「前を歩けと言われたので。お尻が見たいのかと?」

「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ!?」

「素敵な方だと!」


 たわわな胸元で両手を組むと、伏木はウットリ俺の顔を見上げる。


「付き合ってもない女の尻を見たがる男が素敵なわけあるか!」

「でも、好きな相手を必ず落とせる666の方法好き6に書いてましたよ? 男の子はみんな女の子の乳尻太ももが大好きだって。気になる男子には色仕掛けが一番だとも」


 伏木が鞄から悪魔の書を取り出す。


 俺は無言でそいつを奪い取り、地面に叩きつけてゲシゲシ踏みつけた。


「あぁ!? 私の恋愛バイブルが!?」

「お前の為だ!」

「私の為? それってつまり……」

「好きじゃないから! なんでそんなに前向きなんだよ!?」

「テヘッ」

「褒めてないし!」

「ちなみにその本、好評につき大量追記された電子版も持ってるので大丈夫です!」

「ぬがぁぁぁ!? じゃあなんでわざわざ持ってるんだよ!?」


 結構分厚いぞこの本。


「布教用です♪ とっても為になるんですよ? よかったら佐藤君もお一つどうですか?」

「いらんわ!」

「と言いつつ拾うんですね。それってつまり、その本はいらないけど、私の持ち物は欲しいという遠回しな愛情表現……」

「ゴミをポイ捨てしたくないだけだ!」

「佐藤君のそういうマナーの良い所も素敵です……」

「やめてくれ……。頭がおかしくなりそうだ……」


 こんなのもはや洗脳だろ?


 美少女とかもう関係ない。


 こんなヤバい女と付き合えるか!


「佐藤君!」

「今度はなんだよ……」

「ちんたらしてると遅刻しますよ?」

「誰のせいだと!?」


 危うく手が出そうになり、俺はグッと握った拳を押さえる。


 いかんいかん。


 このままじゃ完全に伏木のペースだ。


 とは言えだ……。


 横も駄目、後ろも駄目、前も駄目となると……。


「私としては横が一番無難だと思いますけど?」


 こいつ、読心術まで使えるのか!?


「まさか! ほら、恋人の考えてる事ってなんとなくわかるって言うじゃないですか? それと一緒です!」

「お前が恋人だったらそれで納得出来たんだがな……」

「じゃあ付き合いましょう! それで全部解決です!」

「このパワー型サイコパスが……」


 マジでヤバい。


 この女、有り余るスペックをフルに使って俺を落としに来てやがる。


 このままじゃ俺の精神が持たない。


 どうにかして一旦逃げないと……。


「あぁもう、前でいいよ前で!」

「うふふ。そんなに私のお尻が見たいんですか?」

「そうだよ! 文句あるか!?」

「いえ! 佐藤君にならいくらでも! お尻を見せて佐藤君と付き合るなら安い物です!」


 もはや痴女だろそれ。


 恋は盲目というが、頼むから早く目を覚ましてくれ……。


 ともかく、再び伏木に前を歩かせる。


 伏木はこれ見よがしに腰を振りながら、当然のようにペロンペロンとスカートをめくる。


 なんてシュールな光景だ……。


 頭がどうにかなりそうだぞ!


 近くを歩いてるサラリーマンのおっさんも頭がおかしくなったのか? とゴシゴシ目を擦ってるし。


 って、違う! 俺のせいじゃない! そういうプレイじゃないから!?


 ちくしょう! 伏木のせいであらぬ誤解を受けてしまった。


 こんな姿を学校の連中に見られたら、俺は学校一の美少女を性奴隷にしている鬼畜野郎みたいに思われてしまう。


 そんな事になったら破滅だ!


 なので俺は、隙を見てサッと裏道に入った。


「悪いな伏木! 変態の仲間だと思われたくない! このままトンズラさせて貰うぞ!」


 そのまま一目散に学校を目指して走るのだが。


「佐藤く~ん! 待ってくださ~い!」


 俺がいない事に気づいたのか、伏木が追ってきた。


 って、はやっ!?


 ドンドン距離が縮まってくんだが!?


 ターボババアかよ!?


「なんでそんなに早いんだよ!?」

「愛の力でしょうか?」

「断じて違う! たんにフィジカルがバケモノなだけだ!」

「わかってるくせに聞くなんて、そんなに私とお話したいんですか?」

「あぁもう!? やめろ! 聞きたくない!?」


 耳を塞いで俺は走る。


 走って走って走りまくる。


 こんなに必死に走ったのは人生で初めてだろう。


 かなり頑張ったと思うのだが……。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「とうちゃ~く。佐藤君、大丈夫ですか?」

「なんで……ぜぇ、ぜぇ……お前は、ぜぇぜぇ……平気なんだよ!?」


 限界を迎えて玄関に座り込む俺。


 伏木は涼しい顔で俺を見下ろしている。


 これ、ラブコメじゃなくてホラーだろ!?

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