三話 相対

 バーンズ・ロウと名乗った大柄で金髪の男は獅子を彷彿とさせる殺気に満ち満ちていて対面してるだけで変な汗が出てきた。


「別に喋って良いぞ。何をしようと殺す事には変わりないからな」


――なんなんだこいつ


「なんで殺すつもりなんだ」


 男は頭を掻いた。


「さっき言っただろアザゼル様のためだ。う〜ん他にないのかもっとほらお前を倒す名前だーとか。そういうのを血祭りにあげるのが最高に楽しいんだよ」


 心臓の鼓動が加速する。全身の毛は逆立ち、体温が上昇してるのを感じた。


「簡単に死んでくれるなよ」


――速っ

 一気に距離を詰めてきたバーンズの体が大きくて距離感を掴めないままその打撃を鳩尾に喰らった。

 耐え難い痛みが全身に走り、地面に手をつく。


「……ッ!」


 嗚咽が漏れる。内臓を直に揺らされたと感じる程の衝撃に吐き気が止まらなかった。

 酸っぱい液体が口から漏れ出してくる。バーンズが倒れ込んだ僕を覗き込んできた。


「どうだあゲロは美味いかあ? もっと味合わせてやるよ」


 屈辱を感じるよりも早く『死』のイメージが先行する。

 突如悪寒に似た痛みが全身をつんざく。ミシミシと音を立てて骨が歪むのを感じた。

 彼の蹴りが僕の肋骨に直撃したみたいだ。呼吸するのが苦しい。口からは血が出てくる。辛い。痛い。


「もっと悲鳴をあげろよ。つまんないなあオイ。あの女をぶち殺ろしに行こうかなあ」


「行かせねえよ」


 痛みを我慢して立ち上がり、おもいっきりバーンズを殴る。

 彼は引き攣った笑顔をうかべた。


「ハッなんかしたか」


――あ。終わった。


 彼は僕の体を踏みつけ地面に倒れ込ませて僕の手を凄まじい力で持ち上げた。


「お前一瞬抵抗出来たって思ったよなあ。殴れた時に案外いけんじゃんって思ったよなあ。残念でした〜手加減してるだけした〜。最高だぜお前」


 言葉にならない痛みが腕に走っている。


「あの女も人が悪いなあ。気づいてたんじゃないか? お前が俺に殺される事。まあとりあえず腕にバイバイしてやれ」


 ブチブチと筋肉が裂けて血管が切れて神経が切れる。骨は音を立ててて捻れていく。抵抗する力はなくてこの状況を受け入れる事しかできない。

「アッ……アッッ……ア」

 ついに腕が捻れ切れる。あまりの激痛故か意識を保つ事ができなかった。



 恐ろしい程の静寂と孤独がこの空間を満たしている。時が止まったかの様に。景色はさっきの街と同じなのにバーンズはいなかった。

――腕がついてる。

 不思議と痛みは全くなかった。


「大丈夫かい?」


 幻聴だと思ったが、立ち上がって辺りを見渡すと一人の長身の男が椅子に座って僕を見下ろしていた。何故か彼を見ると心が安心する。


「不運だったね」


 彼は流線的で彫刻の様に美しさに満ちていた。


「僕死んじゃったんですか?」


 男は軽く笑った。


「死んでないよ。このままだとアイツに殺されるかもだけど」


 彼の言う死はとても軽い物だと錯覚してしまう。


「死にたくないです」


 男はそっと立ち上がって手を伸ばした。


「ん……そのために僕が来たのさ」


 男は僕の体に触れた。すると体は頭を残して緩やかに解けていく。血管、筋繊維、内臓、骨、脊椎、神経、体の一つ一つが絵画になる前の絵の具の様にバラバラになった。その後、丁寧に体が編まれていく。脊椎が並べられ、そこから骨が支柱となって血管、神経が張り巡らされ、筋繊維が全身に纏わり付く。


「少しはマシになったんじゃ無いか?本調子の一割にも満たないと思うけど、あの男とやり合うには十分だろう」


 感じたことの無い力が全身に流れていた。


「……ありがとうございます」


 男はそっと僕の頭を撫でた。


「困ったら僕を頼ってくれ。何でも出来るわけじゃないが、少しは助けられるよ」


 彼の瞳は慈愛に溢れていた。


「なんで僕の事を助けてくれるんですか?」


 彼は少し困った顔をしている。


「ん〜んなんでかな? 僕もよくわかんないかも。母性本能ってやつかなあ」


 彼は手を軽く叩いた。


「まあそんなのどうでもいいだろう? アイツを倒すの応援してるから」


 時間が解凍され、動き出すのを感じる。恐ろしい程の静寂は町の喧騒に急速に変わり僕は光に落ちていく。


「あなたの名前は!?」


 薄れゆく彼の姿を視界に捉えながら叫んだ。


「パピヨンだ。よろしくねアオキ君」




 目が覚めると体は軽く腕も治っていた。バーンズ・ロウの後ろ姿を視界に捉える。感じる余裕のなかった怒りが屈辱が今は全身を駆け巡っている。

 脚を全身を使って走った。さっきの体は紙の筒でできてたんじゃないかと思うぐらい力強く精確に全身を動かす事ができた。

――拳を握って。思い切り。後ろから。アイツが振り向く前に。

 拳はバーンズの後頭部を直撃した。前回と違う確かな衝撃、確かな感触を感じる。バーンズは地面に膝をついた。


「お前何で腕治ってるんだ? 異能か?」


 困惑を彼から感じる。しかし彼はすぐに引き攣った笑顔を見せる。


「最高のサンドバックだなお前」


 凄まじい殺気が彼から溢れ出す。だが今は不思議と恐怖を感じない。一つやる事がある。


「アオキ……」


 バーンズは少し呆れた顔をした。


「何だ急にお前?」


 心臓の鼓動が耳から伝わる。けれどそれはもう恐怖からじゃない。


「お前を倒す男の名前さ」


 バーンズ・ロウの金色の髪が逆立ち黒いオーラが彼から放射される。


「ハッ最高だなあお前。もう一回腕千切ってやるよ」


 バーンズに向かって殴りかかる。


「アオキ君それしか脳がないのかなあ」


 あっさりと突き出した右腕を掴まれ、引き寄せられる。

――やっべ

 バーンズは左の肘で僕の顔を思い切り打ちつけた。

――少し口を切ったかな。


「ハッあんなメンチ切ってこの程……!?」


 油断してるバーンズを殴った。技はともかくフィジカルはこっちの方が上みたいだ。そのまま彼を持ち上げて投げ飛ばした。

 彼は上手く受け身をとり流れる様に立ち上がった。


「ハッお前なかなかやる様になったじゃねえか」


 彼の雰囲気が変わる。いつの間にか刃のない剣を彼は持っていた。


「異能を使ってやるよ」


――面倒な事をされる前に潰す。

 一気に距離を詰め殴りかかる。拳が届きそうになった瞬間バーンズは口を開いた。


「そこから動くな」


 喉元にナイフ突きつけれるような悪寒が全身を包んだ。

――動くと不味そうだ。


「いい感してるぜ。けどそれじゃ俺に勝てないなあ」


 刃の無い剣で叩きつけられた。腕を使って防いだが、防いだ腕が痺れる。

 勿論バーンズは痺れが引くまで待ってくれる様な人間じゃあない。


――仕方がない。


 先程の発言が気になるが彼から距離をとる。瞬間刃の無い剣が青白く光った。


「ハッお前それはペナルティだっっっ」


 バーンズは剣で何も無い空間を叩きつける。

 刹那頭を雷が貫いた様な衝撃が走った。

――ッ!?……思ってたよりもコイツ強いかもな。


「今の何だ?」


 倒れ込みそうになる体を気合で持ち上げバーンズを睨む。

 剣からは青白い光が失われていた。


「聞かれて異能を教える奴がいるか?」


――少し苛つくな。


「別に勘違いしなくていい今のは独り言だ。直ぐにお前を地面とキスさせてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異能ハンター 我愛你 @housisyokubutu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画