第33話 罠
倉庫の薄暗がりに、わずかな緊張が漂っていた。
静けさに包まれた体育館倉庫で、ゆかはひとり、誰かを待つかのように落ち着かない様子で立っていた。すると、間谷がゆっくりと倉庫の中に入ってきて、静かに扉を閉めた。
「篠崎、俺に相談があるって話だったね?」
間谷の口調はあくまで穏やかだが、その視線にはどこか底知れない期待が混ざっているようだった。
ゆかは不安げに視線を落とし、小さな声で答えた。
「……はい、先生。あきらくんのことで相談したくて……」
不安そうに声を震わせながらも、彼女は自分の胸の内を明かす決意を固めていた。
「そうかそうか、楠木のことか。……まぁ、あいつは少し厄介な生徒だからな」
間谷はうなずき、声を落とした。
「それで篠崎、何を悩んでいるんだ?」
ゆかは言葉を探すように少し間を置いてから、意を決したように話し始めた。
「あの……あきらくんに、いつも何でも従うように言われていて……断れなくて……私もどうしたらいいのか分からなくて、もう先生しか頼れなくて……」
彼女の言葉に、間谷の口元がわずかにゆがむ。
その表情には、まるで待ち望んでいた瞬間が訪れたかのような得意げな笑みが浮かんでいた。
「……なるほど、楠木の言うことに従うように強要されているってわけか」
間谷はゆっくりとうなずき、意識的にゆかの顔を見つめてから、低く囁くように言葉を続けた。
「でも篠崎、君も俺の言うことを少しだけ聞いてくれたら、楠木から助けてあげてもいいんだが……どう思う?」
ゆかはその言葉に戸惑いを見せたが、少しずつ心を閉ざす余裕すらなくしていくようだった。彼女の顔に浮かんだ表情に間谷はニヤリと笑い、ゆかに期待を持たせるような言葉を付け加えた。
「どうだ? 君もそうしたら、もう少し楽になれるんじゃないかな?」
ゆかの表情には、戸惑いと不安が交じっていた。
だが、同時に目の前にいる間谷への一縷の期待が見え隠れしていた。自分では抱えきれないほどの悩みがある——その思いをどうにかして伝えようとするが、言葉が見つからないのか、唇がかすかに震えている。
「先生……本当に、あきらくんから助けてくれるんですか?」
ゆかは、頼る相手がここしかないかのような目で間谷を見つめ、か細い声で尋ねた。
「もちろんだとも」
間谷はさらに優しい口調を装いながら、手をゆかの肩にそっと置いた。その手が少しずつ、彼女の肩を撫でるように動き、まるで緊張を解きほぐしてやるとでも言わんばかりだ。
「でも、そのためには……君も協力が必要なんだ。分かるね?」
ゆかはためらいながらも、かすかに頷いた。
心の奥底でわずかな抵抗を覚えつつも、自分が頼るべき相手だと思い込もうとしている。
「君が素直に俺の言うことに従ってくれれば、きっと楠木の問題も解決できる。……どうかな? 約束できるか?」
間谷はじっとゆかの反応を待っている。
彼の目には、どこか期待と得意げな光が宿っている。
ゆかはその視線に圧倒されながらも、「……はい」と小さく答えた。
彼女にとって、この答えがどんな意味を持つのか、すべてを理解しているわけではない。
ただ、あきらに従い続けることが全てだというゆかの信条が、ゆかを突き動かしていたのだ。
「よし、よし……いい子だ」
間谷は満足げに頷き、再び肩を軽く叩いてから、ゆっくりと顔を近づけていった。
その瞬間、ゆかはかすかに身を引くが、再び押しつぶされるように動けなくなる。
彼の得意げな表情が、その陰に潜む意図を暗に物語っていたが、ゆかはそのことに気づくこともなく、ただあきらの指示に従い、ここにいるしかなかったのだった。
——まだ、間谷はこれが罠だとは知らない。
そんなふたりの姿は、物陰から誰かの視線に捉えられていた。
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