第28話 呼び出し
「おい楠木、来いッ!」
ホームルームが終わると見せしめのように、間宮から乱暴に呼ばれた。
「おいあきら~呼ばれてるぞ~~」
「ぎゃはは、間谷かわいそ!」
圭と蓮は面白がって笑い声を上げながら、俺の方に視線を向けてくる。
だんまりを決め込んでいると、そいつは俺の耳を掴んできた。
「……っ! こ、来いって言っとるだろうが~~ッ!」
のど自慢大会優勝候補に匹敵するほどの怒声。
そして奴は平然と、体罰に等しい限りの力を加えてくるので、俺は抵抗する意思を削がれ、間谷と同伴せざるを得なくなった。
「前神、小室っ! お前たちもついてこい!」
そして何故か、一緒に呼ばれる二人。
渋々とした顔で了解し、俺たちは間谷の後へとついていった。
————————――――――――――――――――――――――
俺たちが連れてこられたのは職員室の奥にある面談室。
他の教員たちの視線を掻い潜って、奥へと連れて行かれる。
「単刀直入に言う。返答次第でお前らを退学にするからな!」
間谷はさも当然のことのように言い切った。
あまりにも唐突な宣言に現実味を感じることが出来ず、腑抜けた返事をしてしまう。
「……はぁ」
「なんだその返事は、ふざけてるのか!」
人生の危機に瀕しているのだろうが、あまりショックではない。
というか諦めに近い感情だ。ゆかを傷付けたという“罪悪感”のせいか。
どうしてそんな感情を抱いているのか分からないが、そればかり考えてしまっている。
「前神、お前が連絡係だったそうだな?」
間谷は蓮へと問い詰めた。
コイツは十分に面白がっていたし、共犯だろうと思っていた。
「あー……こいつに命令されて仕方なく」
と、呆気ない返事。
蓮はきだるそうに、俺に責任を押し付けてきた。
「……は? 何言ってんだよお前」
「うっせーな、本当の事だろ?」
蓮に睨みをきかせるも、ニタニタ笑っているだけ。
「じゃあ小室、お前はどうして見張り役なんかやってたんだ?」
そうだ、圭も共犯だ。
いつも面白がっているから味方してくれるハズ——
「いや、だから前にも言ってんでしょ。俺は興味ないから外にいたんだって」
「——おい!」
何もかもが唐突過ぎる。
二人の掌返しに怒鳴り、問い詰めようとするも蓮が言う。
「キレんなよ、これはお前が巻いた種だろ。自分の尻くらい自分で拭けや」
「なに調子の良い事言ってんだよ」
すると何を思ったか、蓮は俺に両掌を見せつけてきた。
「掌ってのはな、ひっくり返す為にあるんだよ。くるくる~~wwwwってな、ぎゃはは!」
「んだとテメ——」
「楠木は黙ってろ!」
安っぽい挑発に乗り、憤慨した所を間谷がピシャリと俺の発言を封じ込める。
続けて蓮は、ニタニタ笑い言った。
「最近のあきら、篠崎に嫌な命令して楽しんでるんだよな。え、違うっけ? 水泳の時間とかモロにそうじゃん?」
「おまえ……っ!」
そうだ、コイツにとってはじゃれあいでしかない。
だからこそ腹が立つが、圭が止めに入る。
「まぁまぁ、皆面白がっちゃったのはあるけど、実際悪いのは首謀者じゃん?」
「なっ、だからって——」
すると、間谷が「分かった」と頷くなり、こう二人に告げた。
「お前らはもう帰れ、今度はこっちに話がある」
そして、二人が立ち上がるなり、ケラケラ笑いながら「頑張れよ」などと告げるのだ。
最悪だ、俺は裏切られたということだ。
「お前、どうしてあんな事をしたんだ?」
まるで俺を諭すかのような、落ち着いた口調だった。
なんだ、こういう質問をするって事は停学だけのワンチャンあるってことか?
考えの甘い俺は、つい本音を漏らしてしまう。
「ただの面白半分で」
「面白半分でっ、そこまでやるかァッ!!」
ガタァン! と机を叩き、狂喜乱舞の如くキレる間谷。
両手で机を叩きつけるなり、俺の表情を観察してきた。
……なんだ、俺をビビらせたいだけか?
「どうしてっ、こんな状況にもかかわらず、反省の顔を見せないんだっ!」
間谷はバンバンとキチガイのように机を叩き続ける。
恐らく、俺をどうにかして屈服させたいのだろう。逆効果の気もするが。
程度の低い荒事に疲れたのか、間谷はカバンからペットボトルを取り出し水分補給。
「……ぷはっ。はぁ~“ゴミ”を相手する身にもなれってんだ」
つい、俺は睨んでしまう。
「あぁっ? なんだその目付きは……ケッ、やっぱりゴミはゴミみたいなことしかできないんだなぁ?」
幾度も俺に怒りを煽ってくる。
「やっぱりお前はゴミだ、ゴミクズ以下だ。他人の迷惑ばかりかけるバカだ お前みたいなやつが、生徒だなんて片腹痛いわ」
間谷は口元に薄い笑みを浮かべながら続けた。
「学校の秩序を乱してるだけのクズだろうが。周りに迷惑ばっかりかけてなぁ?」
つまり、社会不適合者とでも言いたいのだろう。
そもそも、一度も親身に話しかけてきたことなんかないくせに、どうして更正させるなどと口に出来るのか。
「思えば、去年のお前の言動は凄まじく酷い有様だった……」
だから、去年の事なんか知らないって。
俺にどんな反応をして欲しいんだよ。
「……で、今回は女子生徒を辱しめ、クラスの者から金を巻き上げる……ふざけるのも大概にしろ!」
あぁそうか、素直にすいませんって反省の色を見せればいいって事か?
そう思って開き直るように謝る。
「……すいません」
しかし、俺の思惑は見事に外れてしまう。
「すいませんで済む話かぁ~~~っ!!」
重い衝撃で机が震え上がる。
最低な気分だ。少しは真面目な態度を取らないとマズいと思って、嫌々コイツに謝罪をしたというのに。
そんな不服な気持ちを抱えるも、間谷は更に続ける。
「なぁ、お前の頭は何をどうすれば治るんだ?」
「さっきから人を侮辱するようなことを……」
「うるさいっ、今はお前の話をしているんだっ!!」
ストレス発散だろうか。
全く意図が理解できないので、そう考えざるを得ない。
……無性にイライラがこみ上げてくる。
「去年に比べれば落ち着いたかと思えば……」
ピクリと反応してしまう。
……どうして去年の話を持ち出すんだ?
しかし、俺の思いとは裏腹に謎のスピーチが開催されてしまう。
俺の分からない話を何度もされても本当に分からない。
無実の罪を重ねられ、上塗りされていく。
そんな気持ちになり——
「やっぱりお前は去年と変わっちゃいない、悍ましいくらいに心の腐った、人間性の欠片もない、学校に通っちゃいけない人間なんだぁ~~~っっ‼」
ドンッ!
俺は机を力の限り叩きつけた。
不意を付かれ、怯んだ間谷を睨みつける。
「去年去年ってなぁ……」
間谷の態度、数々の暴言に俺は頭にきてしまった。
「俺の何を知ってるってんだ、ああっ⁉」
「ななっ、なんだその態度はっ!」
激昂した俺は間谷に飛びかかり、取っ組み合いになってしまう。
力の差はこちらがやや上、だが——
「く、楠木が暴れた! 全員こっちに来てくれーっ!」
「ど、どうしたんですか……うわーっ、先生たち、来てくださいっ!」
「きゃあああっ!」
他の教員たちが駆けつけ、俺たちを引き離す。
一対一なら負けなかった。
どうしても、このムカつく大人を屈服させてやりたかったのだが、俺のここでの立場は相当弱かった。
「見ただろう先生方、この狂暴性を! ……貴様は絶対に退学だ! 絶対に、絶対に絶対にだ!!」
周囲の教員たちは、しぶしぶ同意せざるを得ない様子。
そんな中で、誰一人として俺の眼を見て『楠木あきら』と言う一生徒の本質を分かろうとする気概がないということは明白だ。
いや、分かって欲しいなんて思っちゃいない。
「……けっ、くだらねえ」
俺が間違っているのは分かっている。
ただ歪んだ心を持って生まれてしまったから悪いのだ。
純粋に自分の心を満たすこと、それ自体が罪なのだ。
別に、お前らに何かをしたわけでもないけれど、彼らはそれを許さない、それだけだ。
「今度の職員会議で退学処分を話し合ってやる。だからさっさとでていけっ!」
「言われなくても分かってる」
俺は椅子を蹴り飛ばす。
道を塞ぐもの全て蹴り飛ばしては轍を作っていく。
後ろから聞こえてくる教員たちの悲痛な声は、鳴り止まなかった。
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