第20話 第二の命令
教室を見渡し、ゆかの姿を探すや否や佳乃が声を上げた。
「あっ、いるじゃーん。どこ行ってたのさ~」
机の交差する教室を軽やかにステップし、ゆかの元へ辿り着く。
流石、イジメっ子は弱い奴を探すのがお上手だ。サバンナに放り出されてもしぶとく生きていきそうである。
そして、ガシリと右肩を掴む。
「えっ、あっ、あの……」
佳乃が笑顔で自分に応対している事に困惑を隠せないようで、俺に助けを求めている……と思ったら、すぐに視線を逸らした。
迷惑をかけるまいと考えているのかも。
「ゆかっち、ちょっと座んなよ~」
「え、え……」
友好的な態度が怖いのか、しどろもどろになっている。
そんな様子が気に食わず、佳乃はゆかに対して辛辣な言葉を浴びせた。
「ほら、早く座れって言ってんでしょこのグズ。他の子から変な眼で見られるじゃない、いいからとっとと言う事聞け!」
佳乃が怒鳴るたびに、ゆかは小さく縮こまり、その姿が俺の好奇心を刺激する。
なんとも情けない姿だが、その不安げな様子が逆に魅力的だと思ってしまう自分がいるのも事実だ。
「ひゃ、ひゃいっ……!」
家畜のように尻を叩かれたゆかは、ビクリと腰を浮付かせると、自分の席へと戻っていく。
それをよしよしと、躾の成功した飼い主のような、満足した顔の佳乃。
「まったく、あの子ったら……」
呆れた言葉を漏らしながらも、歌乃は喜んでいる。
俺の目の前に広がるは——いと雄大で香しい草原か。
乱暴で耳障りな吼え声に逃げ惑う、憐れな
そして、執拗に追いかけ、主人の命に忠実な
それを高みの見物で、斜に構えた飼い主が歌乃か……まるで人間牧場だ。
教室と言う狭い空間は、イジメっ子を育てる環境に向いている。
「あ、あきらくん……み、みないで……」
彼女が頼るようにこちらを見てきたが、心の中で笑いを堪えつつ、あえて何も反応しないでおいた。その期待を裏切るように無視することで、ゆかが困惑する様子をさらに楽しむことができるのだから。
また。彼女の媚びへつらう様が、佳乃の燗に触ったのだろう。
「お前、調子乗んなよ」
「うぐっ……」
佳乃の横腹に拳が入った。
恐ろしく早いフック……俺じゃなかったら見逃しちゃうね。
「佳乃、その辺にしとけって」
「えっ、何のことかな~~あはは♪」
バレていないと本気で思っているので、もう言及しないでおく。
ゆかは片手を机に付けて、生理痛の酷い女の子のように、痛みを堪えていた。
そんな彼女に対して歌乃は気遣う。
「篠崎さんごめんね、痛かったでしょう。椅子に座っていいのよ」
「う、うん……ありがとう……」
呟くように返事をして、言われるがままに座るゆか。
そこで、先ほどの小瓶を胸ポケットから取り出す。
「どこに入れてんだよ」
俺のツッコミをスルーし、歌乃は続ける。
「最近、この人と付き合ってるの疲れるでしょう?」
とんだ迷惑な質問だ。
それに対して、ゆかは
「ううん、そ、そんなこと……わたしは……」
困ったように挙動不審に視線を反らす。
佳乃は今にも飛び掛かりそうなほどに、臨戦態勢。
それを見かねた歌乃は、本題に入った。
「私ね、篠崎さんを気遣って栄養ドリンクを買ってきたの」
稚拙で見え透いた嘘。
手にはとてもじゃないが、栄養ドリンクには見えないパッケージ。少しは飲ませる工夫をしろよと思った。
「そ、そうなんだ……えへへ……」
だけど、ゆかはどう反応して良いか分からない。
警戒心の足りない彼女に向かって、歌乃は告げた。
「これ、飲める? 飲んで?」
「え……」
歌乃が小瓶を差し出すと、ゆかは怯えたようにその手元を見つめた。
小瓶に書かれたラベルの文字が彼女の視界に入るが、彼女は何も気づいていない様子だ。歌乃はその微妙な反応を楽しむように、微笑みを浮かべて続けた。
「ねぇ、せっかく買ってきたのだから。疲れているんでしょう? 私の好意を無駄にしないで?」
その言葉に、ゆかは小さく息をのむ。
周囲の視線が少しずつ彼女に集まり、佳乃の不機嫌そうな顔がその圧力をさらに強めている。
「ほら、飲んでみてよ。これで少しは楽になるかもしれないから」
「これって本当に栄養ドリンク……?」
血の気の通っていない表情で、そう尋ねるも——
「そうに決まっているじゃない、天にも昇る気持ちになるわよ」
冗談で返すに決まっている歌乃。
まるで、教師に悩み事相談をしても、喧嘩両成敗と性善説を謳われ絶望してしまいそうになるあの状況と酷似している。
「でも、これって……」
ゆかはゆかで必死に抵抗するのだが、口下手な彼女は論を破ることができない。
「いいから飲めって!」
なので、じれったさを感じた佳乃が栄養ドリンクを手に取り、ゆかの口に近付ける。
強引に体内へと流し込もうとするが——
「や、やだ……ん、んんっ……」
唇で流し口を塞き止め、嫌がっている。
口元から光沢を孕んだ液が微量流れ出て、ゆかの顔を汚していた。
その光景がどこか生々しくて、香しくて……
「ほらね、貴方を連れてきて良かった」
はっと思ったが、すぐに言い返す。
「妙なモノを見せやがって」
快楽的な笑みを浮かべる反面、他人に己の欲望を開花させられ、出し抜かれた感じを払拭出来ない悔しさがあった。
「こういう風に、ドリンクが無駄になっちゃうのよ」
「やめたらいいだろ」
「はぁ、高かったのに……」
確かに千円くらいはするからな。
高校生からしたら、4桁する買い物は出費が大きい。
「だから、お願いしてみて?」
「あぁそういうことな」
そこまで抵抗はなかった。むしろ、俺がしないと続きが見られない。俺がこの状況の主導権を握っているのだと思うと、俄然やる気が湧いた。
そうして、俺はゆかに近付き——
「ゆか」
犬の名前「ポチ」と同じニュアンスで声を掛けると、ペットは振り向く。
「え、あきらくん……?」
助けにきてくれたの? とでも言わんばかりに感極まっている彼女に悪いな、と思いながらも“お願い“した。
「飲んでみてくれないか?」
「え……」
谷底に突き落とされたような顔をされる。
そんな悲しい表情をされても、今の言葉を取り下げたりはしないというのに。
「あぁ、言い方が悪かったな……飲めよ」
そして、“命令”する。
言葉一つで心は軽くなるものなのか、ゆかは両手でその瓶を手に取っていた。
だけど、一人では飲めないらしい。そう思った俺は二人に指示をした。
「なぁお前ら、見てるだけじゃなくて手伝えよ」
きょとんとする佳乃。
一方で、期待を寄せた表情で歌乃は尋ねてくる。
「ふぅん……何をすればいいのかしら?」
「両手を押さえてコイツを大人しくさせてくれ」
それを面白がった佳乃はいち早く返事した。
「わっかりました~☆」
「ふふ、いいわよ」
そして、佳乃と歌乃がゆかの両腕をしっかりと押さえつけた。
まるで、抵抗する小動物を抑え込むような力強さで、その身動きを封じている。
ゆかは無理やり固定された姿勢に小さく震え、助けを求めるようにこちらを見つめてきたが、その視線がかえって俺の楽しみを倍増させるだけだった。
「アキラ君、さぁどうぞ」
と、歌乃がニヤリと笑いながら促す。
彼女の顔には明らかに意図的な楽しげな表情が浮かんでいる。佳乃もまた、ゆかの右腕を押さえつけながらその耳元で何かを囁くように、ゆかの緊張を楽しんでいる様子だ。
俺は新しい小瓶を手に取り、わざとゆっくりと蓋をひねって開ける音を立ててみせた。
ゆかの顔には怯えと戸惑いが混ざり、うっすらと涙さえ浮かんでいるが、もう逃げ場はないことを理解したのか、観念したように息を呑んだ。
「ほら、美味しいから“零さず”飲めよ」
俺は微笑みを浮かべながら小瓶の口をゆかの唇に近づける。
「や、やめて……」
「今更やめると思うか?」
「うぅ……」
かすれた声で懇願するが、その言葉も虚しく、佳乃と歌乃がしっかりと彼女を押さえつけているため抗う力もない。俺は小瓶を彼女の唇に押し付けるようにして、少しずつ中の液体を流し込んだ。
「ん、んんっ……!」
ゆかは飲みたくないのか、唇を固く閉ざして抵抗するが、やがて口元から液体が漏れ、頬を伝って垂れ落ちる。その姿が生々しく、そして妙に惹きつけられるものがあった。
佳乃と歌乃もその様子を楽しむように顔を見合わせ、軽く笑っている。
「ほらほら、逃げようとしても無駄だぞ、ゆか」
と俺はゆっくりと囁く。
彼女の抵抗が少しずつ弱まるのを感じながら、さらに瓶の角度を傾けて、残りの液体を一気に流し込んだ。
ゆかの表情は絶望と困惑に染まっているが、俺にとってはそれすらも一種の達成感だった。彼女が飲み込んだ瞬間、少しも安堵させるつもりもなく、俺はさらにもう一度囁く。
「ほら、これで疲れも取れるだろ? 次もちゃんと飲めよ」
彼女の顔には涙が滲み、佳乃と歌乃の手に押さえられたまま、ただ小さく頷くことしかできないその姿が、俺にはたまらなく心地よい風景に思えた。
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