第1話 罰ゲーム
俺が感傷に浸っているところに、誰かが水を差す。
「——きろ、あきら」
夢中になったゲームを止められた気分だ。
うるさいなと振り払おうにも、まだ身体が動かない。
逆に身体を揺さぶられて気持ちが悪い。
「う……うぅ……」
「——おい、聞いてんのか」
やめろコラ、ぶん殴るぞと言っているつもりだが、聞いてなさそうだ。
「こりゃダメだな、一発ヤるかー」
パシッ。
その時、何か紙のようなモノで叩かれ俺は顔を上げる。
「……んあ?」
すると、神妙な面持ちでこちらを見つめる男二人がいた。
「手札どうなってんだ、おい見せてみろって」
質問主は、俊敏な手付きで俺の手札を奪うなり、ぎこちないツラで苦笑いをし始めた。
「うっわ、よくもまぁこんな手札でブラフ構えたな?」
ふと、現状把握に努める。
高校生と言う身分、分際で洒落乙な
相手の手札は、甲子園のシード校さえも打ち破れそうなほどエースの揃った、屈強で頑丈な手札。
対して、俺の手元にはワンペアという、塵が積もれどゴミクズ同然の手札。
……冷めた視線を送らざるを得ない。
「はは、そんな眺めたって結果は変わらないさ」
「おーっしゃ、今回の罰ゲームはおまえな!」
お前じゃない。
俺は楠木あきら、どこにでもいる普通の高校二年生だ。
身長は至って平均的だし頭もそこまで悪くない。
何か特徴を挙げるとすれば、物凄く飽きっぽく、人とズレた感性の持ち主という所だろうか。
「ダメだコイツ、完全にトンでやがるぎゃはは!」
この、先程から下品でデカい声で爆笑するのが
クラスの風紀を今学期で一番乱している男である。
非常に喧嘩っ早い性格で、一年の時に乱闘騒ぎを起こすような人間だ。停学の末、教員たちからは眼を付けられ、クラスの連中からは恐れを抱かれている。
「おーい、物思いに耽ってる最中悪いんだけどさ、ちょっとは反応しないかい?」
そして、ちょっとキザでクールな態度で気取るのが
余程、顔面に自信のあるナルシストなのだろう。
前髪をピンで留め、眉をイジるなどした、おめかし系男子である。
けれど、ちゃんと見た目と比例した実績をお持ちで、一年の時に複数人の女子と関係を持っては問題を起こし、教室内に不穏な空気を流し込んだゲス野郎である。
最近は反省したのか、他校の女の子と一緒に遊んでいるようだ。
ちなみに、名前に関しては両親もふざけが過ぎているなと思う。
「なんか小馬鹿にされてる気がするのは気のせい?」
安心しろ、いつも馬鹿にしている。
「んなモンいつものせいだろ!」
蓮の言う通り、そうだよと心の中で呟いた。
彼らはいわゆる陽キャに属する人間だ。
二人が口を開けると皆が同調し、クラスの空気を変えてしまう。
どちらかが笑えば皆が笑い、怒ればクラスは静まり返るのだとか。
そんなクラスカースト上位に立つような二人に、俺は何故かとても絡まれている。
「ま、俺たち仲良くしようぜ~? なんせこのオワクラにいる時点で俺たちはお察しだからな、ぎゃはは!」
色々と終わっているクラス——略して『オワクラ』は、語彙力のない中学生のような称し方だなと常々思う。
このクラスは比較的、問題児や素行に問題のある連中の寄せ集めであるからだ。お互いが見下し合い、傷の舐め合いをする光景なんて、日常茶飯事。
そんな中でも、コミュニティには属しておかないと、何かと不便である。
だから俺はコイツらとは〝仕方なく〟つるんでいるだけの、腰掛けに過ぎないのだが……
「非常に不本意だ……」
別に日常を謳歌したいワケでもないが、こんなうるさい日常を過ごすハメになるとは思いもよらなかった。
友達選びはとても重要だ。
……まぁ、そんな自身の不遇については置いておく。
「疲れたな、この後どうする?」
やることないなら終わろうぜ、という意味を含ませ俺は言った。
背もたれに腰を預け、頭を両手で支えていると、蓮が怪訝そうな顔をする。
「は~~お前マジで言ってんの?」
溜め息混じりに返される。今一つ、何か呆れられるような事をした覚えはない。
今や昼食終わりのブレイクダウン。
食後のストマックをクールダウンさせる、いわばティータイム。
そんな折りに「お嬢さん少しお茶でもしない?」とエスコートにもってこいなふわふわ
「ルーチンて奴を覚えようぜ、優等生君」
ルーチンという言葉に何だか目眩がした、頭痛もした。
やはり、食後の血糖値上昇のせいだろうか。
いや、この場合は『嫌なことから逃げている』。いわば脊髄反射のようなものであろう。
「罰ゲーム、分かってんだろ?」
黙っていた俺に、蓮が単刀直入に言う。
同時に、アドレナリン値が上昇する気配がした。
「罰ゲームか……そういやそうだったな」
俺たちは常日頃から賭け事をし、怠惰で地味に刺激のある学生生活を送っている。
久しぶりに敗北を知ってしまい、忘れていたのだ。
「あきらはゲーム強いからな~、マジで負けるの俺たちばっかり」
そうだな、俺はお前たちと違って賢いからな。
ポーカーとは、高度なテクニックと心理戦を用いるギャンブル。
駆け引きに長けた俺が、お前たちに負けるワケがないのだ。
「でも今回ばかりは運が良かったぜ~~マジで負けてばっかいられねーからよ!」
そうだな、どうしても勝負は100%じゃない。
勝つための技術を掴んでいるとはいえ、時には運命に踊らされる。
運命は非常に残酷だ、不動の強制力によって険しい道を歩まされることだって——
「だからと思って二人でハメてやったんだよ。な、圭ちゃんよ!」
――は?
「ちょっ、お前なに言ってんだよ」
「あぁん? 別に良いだろ」
長々語らずとも分かる話。
つまり、俺はハメられたってワケだ。
「おい」
もちろん、反撃に出ようとしたのだが圭が俺を制止した。
「ま、待て待てって! ……ったく、しょうがねえなぁ~」
突如、圭がトランプを机にばらまく。
見覚えのあるカードたち、以前ゲームに使っていたモノだった。
「こことここ、それにこれはなんだよ?」
「……マークがあるな?」
「バレてないと思ったら大間違いなんだよっ!?」
バァンと机を叩きつけて圭がキレ出した。
「泣き寝入りするくらいだったら、俺たちもハメてやろうと思ったんだよ!?」
二人も相手だ……バレていたなら、冷静に考えて歩が悪い。
俺は大人しく諦めることにした。
「悪かったよ。罰ゲーム、受けたらいいんだろ?」
ズルして、たかだか一回の罰ゲームでチャラにしてくれるという温情措置だ。
ありがたいとも思わなくてはいけない。
まぁ、普段から美味しい思いをしているのだから……今回くらい、今回くらいは……今回くらい……今回……
「——ぶつぶつ、ぶつぶつぶつ……」
「なぁ、爪を噛みながらどす黒い感情吐き出すのやめてくれない⁉」
圭に言われてはっとした。俺はどうしても罰ゲームを受けたくないようだ(自己分析)。
罰ということは、誰かの命令に従わなければならないという事。
俺は小さな頃から強い圧力に押さえつけられて育ってきたので、そういったモノに敏感に反応してしまうのだ(納得)。
「いつもお前の容赦のない命令受けてやってんだから、文句はなしだぞ」
蓮の言う通り。自分だけ逃げるだなんて卑怯な事をするのはダメだろう。
それに、まだ命令が何にするかは決まっていない。
ゴネるのはその後からでも遅くはないだろう。
「で、こいつに何をするかだな……」
蓮がニタリと気味の悪い笑みを見せながら、腕を組む。
そんな俺の侮蔑混じりの視線に気付いた圭は、乾いた笑いを発している。
そんなくだらなくも、つまらない時間が過ぎゆく時だった——
「ッテメ、邪魔なんだよ——ッ‼」
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