第十四幕 「キャンプファイヤー」
乾杯の号令と共に、グランドの中央に置かれた木組みの中に火が灯された。
夕暮れの薄明かりと相まって、キャンプファイヤーの炎はまるで神聖な儀式のように輝いていた。
周囲では音楽が流れ、ダンスを楽しむ者たちや談笑する仲間たちの中に、一人だけぽつんと立ち尽くし、キャンプファイヤーの火を見つめる女生徒がいた。
幽子である。
自分は、彼女はもうすでに帰ったのだと思い込んでいた。
飲み物を手に取った自分は、幽子の元へと駆け寄っていく。
「お疲れ!もう帰ったかと思っていたよ」と声をかけると、幽子はゆっくりとこちらに振り向いた。
彼女の表情は怠そうで、まるで疲れた心を隠すかのようだった。
「しんいちかぁ、あぁ、少し疲れたからちょっと休んでいたんだよ」と、彼女は柔らかな声で答え、手にした飲み物を受け取った。
一人でいることが気になり、「あれ?星野さんは?」と尋ねると、幽子は「星野さんは学園祭が終わったあとに部活の片付けがあるって言って分かれたよ。その後、私は屋上で少し寝てたんだ。」と教えてくれた。
自分たちの高校は屋上を解放していて、幽子はお昼休みになると、たまに上がっていつもの特等席でご飯を食べていることがある。
彼女が特等席で寝ていた姿を想像すると、思わず微笑んでしまった。
「屋上で寝てたのかぁ。あの特等席は最高だもんね。」と、自分は言った。
幽子は小さく笑い、キャンプファイヤーの炎を見つめながら「そうだなぁ、あの場所は落ち着くんだ」と答えた。
周囲の賑やかさとは対照的に、自分達の間には静かな時間が流れた。
炎の揺らめきが、彼女の表情を柔らかく照らし出していた。
そんな幽子に自分は改めて旧校舎で起こった事について聞いてみた。
「幽子がみた『アレ』の正体っていったいなんだったんだろうね?、幽子でも分からないの?」
彼女は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「あれかぁ……、全く分からないよ……。私もビックリしてすぐに霊感スイッチ切ってしまったからな。」
彼女の言葉には、驚きと戸惑いが混じっていた。幽子は続けて、「ただ、霊が1ヵ所に集まり過ぎると融合して霊団って状態になることがあるんだが…、あれとはちょっと違う気がするんだよなぁ?」
「霊団」という言葉は、オカルト好きの自分には勿論聞いた事がある言葉だった。
もちろん実際に見たことはないのだが、聞いた話の特徴が確かに似ているように思えた。
思わず、幽子にその違いについて尋ねてみる。
彼女は真剣な表情で説明を始めた。「霊団は基本的に、人なら人、動物なら動物と同じタイプの霊体が集まってできるモノなんだ。もちろん、まれに違うタイプも混ざることはあるけれど、あそこまで無節操に違うタイプの霊体が融合することはないんだよ。」
その言葉に、自分の心の中で何かがざわめいた。旧校舎での出来事が、ただの噂や伝説ではないことを感じさせた。
幽子は、旧校舎の方を指さしながら言った。
「そもそも、あの旧校舎は何で今まで壊されずにあそこに残っているんだ?新しい校舎もあるのに、荷物置き場にしか使われていない場所なんて、さすがに壊すだろう。もしかして、ここの学校の奴らは何か知っているんじゃないのか?」
その言葉に、自分も思わず頷いた。
確かに、今どき木造の校舎なんて博物館の遺物のようだ。
そんなことを考えていると、木村さんから聞いた旧校舎の曰くについての話が頭をよぎった。
「そういえば……、木村さんから聞いたんだけど……」と、怪談会の直前に耳にした話を幽子に伝えた。
幽子は興味深そうに自分の話を聞き、時折「ふぅーん」と頷いてくる。
さらに、地下室の存在についても話すと、彼女は少し驚いた様子で「地下室?本当にいったい何なんだあの場所は」と呟いた。
しばらく考え込んでいた幽子は、やがて口を開いた。
「まぁ、良い……、確かあの旧校舎は今年解体されるんだろ?もう私はあの場所には二度と関わる事はないからな」と、まるで些事を投げ捨てるように言い放った。
そこは自分も同意したい……。
幽子と話していると、彼女がふと口を開いた。「そういえば、しんいちはあの旧校舎にいるモノの存在に気付いていたなぁ?。意外と気付いていない人が多い中、鈍感な君が気付くなんて、すごいじゃないか!君にも霊感が身に付いたんじゃないのか?」
「えっ!霊感」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がドキリとした。
自分は過去に一度、幽霊に遭遇したことがあり、その時は幽子に助けてもらっていた。
あの恐怖の記憶が蘇り、思わず口をついて出てしまった。
「えっ!霊感?俺にはいらないよ。だって、幽子が言ってたじゃないか、霊感って障害なんだって。」
幽子は少し驚いたように目を輝かせ、「へぇー!よく覚えていたねぇ」と微笑んだ。
これは以前幽子から聞いた話なのだが……。
「霊感って言うのは、実は誰にでも生まれつき備わっているものなのだよ」と、幽子は言っていた。
「だからよく、『霊感がある』とか『霊感を身につける』なんて言うけれど、それは間違いなんだ。」とも。
幽子は続けて、「本来、霊感というのは、目に見えない存在が近づいてきたときにだけ、スイッチが入って危険を知らせるためのものなんだ。だから本来、簡単にはそのスイッチは入らないのなんだよ。」
「よく、極端に心霊を信じない人っているだろ?、そういう人たちは、霊を弾く能力が高いか、入られ難い体質なんだと思う。
だからそういう人は、霊感の必要性がないからスイッチも作動はしないし、無意識のうちに幽霊を信じないようにして、存在自体を遠ざけているんだと思うぞ。」
幽子はさらに続けて、「幽霊を常に見えるとか感じるっていうのは、実はかなりの危険が迫っている状態か、もしくは霊感のスイッチが緩くなっているか、壊れてしまっている状態、簡単言うと障害なんだ」と説明を受けたことがあった。
その事を思い出していた自分は、心の奥底に潜む不安が、フッと顔を出した。
「もしかして、霊感のスイッチが壊れてしまったのか……?」その考えが頭をよぎると、身震いが走った。
その時、幽子が自分の心の内を見透かしたかのように、明るい声で言った。
「良かったじゃないか!オカルト好きの君なら、願ってもない能力だろ?いっそ私と一緒におばあちゃんのところで修行してみたらどうだ?」
確かに、オカルトには興味がある、怖い話も勿論好きだ。
しかし、リアルに怖いものには耐えられない。
心霊スポットに誘われることもあったが、いつも断っていた。
思わず口から出た言葉は、「やだよーぉ、霊感なんて欲しくないしぃ」と、少し子供じみたものだった。
その言葉を聞いた幽子は、手を振りながら笑って、「嘘だよ、嘘。霊感なんてない方が良いからな。」しかし、彼女の笑顔の裏には、どこか寂しそうな雰囲気が漂っていた。
幽子の微妙な雰囲気を感じ取った自分は、「あれ?不味いこと言ったかなぁ?」と、少し気まずい気持ちになっていた。
その時、後ろから「やっぱり幽子ちゃんだぁ」という声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、ミス研の女子部員たちが数人、こちらを見て笑っていた。
「な~に、二人で喋ってたの?幽子ちゃん、こっちに来て一緒に喋ろうよ!」と、彼女たちは幽子の手を取って、ミス研のみんなが集まっている場所へと引っ張ろうとした。
幽子は驚きのあまり目を大きく見開き、「ちょ、ちょっと待て!私はのんびりと黄昏ていたんだぞ、何故連れて行こうとするんだ!」と抵抗した。
しかし、女子部員たちは「良いじゃーん!話し聞いたよ。凄かったんでしょ?詳しく話し聞かせてよ」と、全く彼女の言葉は聞き入れてもらえずに、彼女を取り囲んで連れて行こうとする。
まさに拉致の現場だった。
幽子の叫び声が響く中、自分は笑いを堪えながら幽子の姿を眺めている。
「そもそも君たち、揃いも揃って私の不言不語の術が何故効かないんだ?しんいち、助けてたまえ!」と、幽子は必死に叫んでいたが、女子たちには逆らえず、彼女の叫びは風に消えていく。
自分は、幽子の叫び声を無視して女子部員達の後ろから幽子を観察した。
彼女の表情には困惑と戸惑いが浮かんでいたが、先ほどの寂しい雰囲気は消えて、少し楽しそうな一面も見えた。
彼女がミス研の女子たちに囲まれて騒いでる姿は、まるで子供ようで少し微笑ましくも思えた。
「幽子、頑張れ!」と心の中で応援しながら笑いを堪えて、ミス研のみんながいる場所へと戻って行った。
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