Report2 学園祭編 終幕 「打ち上げ」
後夜祭が終わり、夜の静けさが街を包み込む中、家が近所ということもあって、自然と自分と幽子の帰り道は一緒になった。
途中まで一緒に歩いていた部員たちも、「幽子ちゃん、またね~!」、「幽子さん、しんいちお疲れ!」と、次々に別れていく。気がつけば、今は幽子と二人きりで歩いている。
「良かったね~ぇ!すっかりミス研の人気者じゃん」と、少しからかうように声をかけると、幽子は少し顔を赤らめながらも、「まっっったく、あいつらは無理やり連れて行って拉致じゃないかぁ」と、文句を言った。
しかし、その口調にはどこか楽しげな響きがあった。
その様子を見て、自分は思わず笑いがこぼれる。
幽子の表情は、文句を言いながらもどこか嬉しそうで、彼女の心の中にある小さな喜びが見え隠れしている。
そんな彼女の姿を見ていると、こちらまで心が温かくなった。
ふと、幽子が立ち止まり、目を輝かせて言った。「あっ、そうだ!彼等にスッカリ言うのを忘れていたよ。」その言葉に、自分は興味をそそられた。
「何を忘れてたの?」と尋ねると、幽子は少し考え込むようにしてから、ニヤリと笑った。
もちろん報酬のことだよ。今回は本当に大変だったから、たんまり貰わないとな」と、幽子は図々しくも言い放った。
その言葉に、思わず「はぁ!」と呆れた声が漏れてしまった。
「でも……」と心の中で葛藤しながら、幽子に向かって言った。
「今回も幽子、何もやってないじゃん!」
その瞬間、幽子の顔が驚きに染まった。
まるで自分に詰め寄られたかのように、目を大きく見開いてこちらを見つめてくる。
「だって幽子、月静おばちゃんの言う通りに動いただけじゃん。木村さんを抑えつけたのも、最終的には自分がやったし、お祓いも御札を張っただけでしょ?それだけで報酬を貰うのはどうかと思うよ」と、冷静に指摘してやった。
幽子はその言葉に反応し、顔を真っ赤にして反論を始めた。
「き、君の目は節穴なのか?ど、ん、だ、け!大変だったのか、君も見ていただろ。彼を最初に投げて抑え込んだのも私だし、作戦を立てて、結界だって作ったんだぞ!どういう風に見たら何もしてないなんて言葉が出るんだ!」
幽子の声は次第に高まり、周囲の空気がピリピリと緊張感を帯びていく。
彼女の目は怒りの炎が燃えたぎり、まるで自分の努力を否定されたことに対する反発が、彼女の心の奥底から火山の如く吹き上がっているかのようだった。
「あっ、やべっ!」
と心の中で叫んだ瞬間、すでに手遅れだった。
幽子の怒りの炎は、まるで業火のように燃え上がり、さらに勢いを増している。
「ウソ!ウソ!冗談だって!」と、必死に沈下を試みるが、どうやらそれは焼け石に水のようだった。幽子の怒りは、もはや止められない。
「こうなっては……、あの手しかない」と、心の中で決意を固めた自分は、思わず走り出していた。逃げるが勝ちだ。
彼女の怒りから逃れるためには、もうこれしかない。
「あっ!ちょっと待て!」と、幽子の声が背後から響くが、自分はその言葉を振り切り、全速力で走り続けた。
心臓が高鳴り、足音が地面を叩く音が耳に響く。周囲の景色が流れ去り、ただ逃げることだけが頭の中を占めていた。
ある程度距離を取ったところで、振り向きざまに幽子に叫んだ。「報酬の件はみんなに伝えておくよ、今日は本当にお疲れ様!」と、言葉を投げ捨てるようにして、家へと逃げ帰った。
その背後で、幽子が何か文句を言っているのが聞こえたが、その声は風に乗って消えていった。
学園祭の代休明け、教室の空気はいつもと変わらず賑やかだった。
ただ、幽子の怒りがまだ収まっていないのではないかと、心のどこかで不安を抱えながら、「幽子、おはよう!」と明るく挨拶を投げかけた。
しかし、彼女は「ふん!」と冷たくそっぽを向き、口を閉ざしたままだった。
その瞬間、胸の奥に重いものがのしかかった。
まだ怒りは収まっていなかったのだ。
「これはヤバい」
自分は、放課後になると部活に急いで向かい、そして「幽子の報酬の件を何とかしなければならない。」と言う焦りが出ていた。
部室に入り、先輩たちがその話を聞いて大笑いしていた。
「それはしんいちが悪いよ」と指摘され、自分は恥ずかしさに顔が熱くなる。反省の念が心を占める中、関口さんがふと提案を口にした。
「じゃあ、週末に木村君のところでやる学園祭の打ち上げに、幽子君を招待してあげれば良いじゃないか?」
その言葉に、木村さんも賛同した。
「あの時、状況が飲み込めずに幽子ちゃんにお礼が言えなかったから、ぜひ呼んでよ」と、彼の声には真剣さが滲んでいた。
木村さんは、腕を痛めて吊っている状態で、痛々しい姿をしていたが、それ以外は軽い打撲程度で比較的元気そうだった。
どうやら、関口さんから意識を失っていた間の詳しい経緯を聞かされていたらしく、幽子にお礼をしたいという気持ちが強くなっているようだった。
そんな話を聞いていた部員のみんなも、
「幽子さん、連れて来なよ!」 、「幽子ちゃん、来るの?また話したいな!」
部員たちの声が、まるで温かい風のように心に響く。
自分は思わず微笑み、感謝の気持ちを口にした。「ありがとうございます」と言い、早速学校の帰りに幽子の家へ寄ることに決めた。
幽子の家に着くと、呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、月静おばちゃんが玄関のドアを開けてくれた。
「あら、しんいち君!いらっしゃい。幽子なら部屋にいるから、勝手に上がって~」と、優しい声で迎えてくれる。
自分は幽子の部屋の前に立ち、ドアをノックして「幽子、しんいちだけど」と声をかける。
「ギーィ」
と、ゆっくりとドアが開く。そこには、少し怖い顔をした幽子が覗いていた。
「誰だね、君は?不法侵入だぞ」と、挑戦的な口調で言われる。
思わず「アハハハ」と笑ってみせるが、背中からは大量の冷や汗が流れ落ちる。
「ゆ、幽子さんあの~、報酬の件なんだけど」と、ぎこちなく言葉を続ける。
学園祭の打ち上げのことや、木村さんが是非幽子にお礼をしたいと言っていることを伝えた。
その話を聞いた幽子は、思いもよらぬ反応を示す。
喜ぶどころか、少し困った顔をして「うーん」と唸っているのだ。
その様子を見て、自分は焦りを感じた。
「え~ぇ!良いじゃん、みんなも歓迎してるし、行こうよ?」と誘うが、幽子は「私はあの連中は苦手だからなぁ……」と呟く。
そこで、自分は「木村さんの家って、駅の南口にある『リストランテ セレーノ』ってイタリアンのお店やってるんだよ。幽子、前に行って美味しかったって言ってなかったっけ?」 と幽子の心を揺さぶってみた。
その言葉を聞いた瞬間、幽子の表情が一変する。「えっ!彼はあのお店の息子なのか」と、驚きの声を漏らした。
木村さんの実家は、この界隈で評判のレストランを営んでいる。
ランチタイムには、リーズナブルな価格で美味しい料理が楽しめると聞いていた事がある。
幽子も以前、そこに食べに行ったことがあるらしく、「絶品だった」と嬉しそうに語っていた。
自分は幽子の反応を見て、「これは落ちる!」と確信した。
さらに追い打ちをかけるように、「木村さん、お礼したいって言ってたから、きっとサービスしてくれるよ」と止めの一言を放つ。
幽子は少し渋い顔をしながらも、「まぁ…、よ、予定も空いてるし、仕方ない行ってやるか」と、ようやくOKを出してくれた。
心の中で「ちょろい……」とニヤリとほくそ笑んだが、その表情は決して表に出さず、「本当!良かった。みんなも喜ぶよ」と満面の笑顔を浮かべて、「じゃあ、明日部員のみんなに伝えておくよ」と言って、幽子と別れた。
次の日から、幽子の機嫌が良くなったのは言うまでもなかった。
そして、打ち上げの日。
自分は幽子を誘って、一緒に木村さんのお店へ向かった。
お店に着くと、すでに何人かのメンバーが集まっていて、「おー!」、「おっ!幽子さんちゃんと連れてきたね」と、賑やかな挨拶が交わされる。
そんな幽子は少し緊張した様子で自分の隣に立っていた。
そんなやり取りをしていると、木村さんが店の奥から姿を現し、「しんいち、幽子さんいらっしゃい」と明るい声をかけた。
彼の笑顔は、まるで温かい光のように周囲を照らしている。幽子の前に立つと、木村さんは少し照れくさそうに言った。
「幽子さん、この前は本当にありがとう。あの時はまだ混乱してて、ちゃんとお礼が言えなかったからさぁ。今日は楽しんでいってよ。」
幽子はその言葉に少し驚いたようで、頬がわずかに赤らんだ。「あぁ、はい…」と、まるでロボットのように硬い返事を返す。彼女の様子が可笑しく思え、思わず微笑んでしまった。
会費を払おうと財布を取り出すと、幽子も同じように財布を取り出した。すると木村さんがすかさず言った。「幽子さんは会費良いよ、今日はこの前のお礼に呼んだんだから。」その言葉に、幽子はさらに恐縮した様子で「あぁ!ありがとう」と小さく呟いた。
まだ時間があったので、幽子と一緒に席に座って待っていると、思わず「幽子、何でそんなに緊張してるの?」と尋ねてみた。
幽子は少し目を逸らしながら、「わ、私はこういう会は始めてなんだ」と、居心地が悪そうにソワソワしている。
その様子を微笑ましく思いながら待っていると、「お疲れ様~」、「こんにちは~」と、部員たちが次々と集まってきた。幽子を見つけると、彼らは一斉に声をかける。「おっ!幽子さん来てるじゃん」、「幽子さんこんにちは」、「やったぁ、幽子ちゃん来てる~!」と、まるで彼女を歓迎するかのように。
すっかりミス研の人気者となった幽子だが、彼女は相変わらずロボットのような動きで「お、おう!」と挨拶を交わしていた。
その姿は、少しぎこちなくも愛らしく、周囲の笑顔を引き出していた。
テーブルの上には、色とりどりの料理が次々と並べられていく。
イタリアンらしいおしゃれな盛り付けと、ハーブの香りが食欲をそそる。
そして部長の関口さんが口を開いた。
「みんな集まったかな?せっかくの料理が冷めてしまうから、始めようか」と、彼の声が会場に響く。その言葉に、ざわめいていた空気が一瞬で静まり返った。
「改めて、この前の学園祭はお疲れ様!みんなも知っての通り、無事に終わったとは言えないけれど、怪談会の方も盛況に終わったし、木村君も怪我こそしたが無事に生還できた。これもみんなが頑張ってくれたおかげだと思う。みんな、ありがとう!」関口さんの言葉に、会場は温かい拍手に包まれる。
「さて、ここで木村君を救ってくれた幽子君に一言挨拶をもらって、乾杯をしようと思う。幽子君、よろしく」と関口さんが幽子に目を向ける。
周囲から拍手と歓声が上がる。幽子は突然のムチャ振りに驚き、目を丸くしている。そんな彼女に、隣の席の自分が「ほら、早く挨拶、挨拶して」と急かす。
明らかに緊張している幽子が、かすかに声を震わせながら「あ、あの~、本日はお招き頂いてありがとうございます」と、ロボットのような口調で言う。周囲からはクスクスと笑い声が漏れ、「幽子さん頑張れ」との応援の声も聞こえる。
そんな状況の中、幽子も腹を括ったのか、「コホンッ!」と一つ咳払いをしてから、「あーぁもう~、この前は本当に助かったよ。みんなの協力がなかったら、あんなに上手く木村さんを助けることはできなかったと思う。本当に助かった」と、いつもの口調に戻って挨拶を続ける。
しかし、次の言葉が見つからない幽子に、自分は小声で「乾杯、乾杯」と助け舟を出す。
その言葉を受けて、幽子は「じゃあみんな、飲み物は持ったか?ではいくぞ……、乾杯!」と号令をかけた。
その瞬間、会場は「カンパイ~」、「カンパイ~、お疲れ~」と一気に華やぐ。
無事に挨拶を終えた幽子に、自分は「挨拶良かったじゃん」と声をかける。幽子は「ふぅ!全くアイツは…」とぼやきながら、グラスを合わせてくれた。
幽子の周りにいた部員たちも「幽子さんお疲れ」、「挨拶良かったよ」と彼女の元にグラスを向け、乾杯をせがむ。幽子は一つ一つのグラスに「ありがとう」と微笑みながら、心を込めて合わせていった。
料理が次々と配られ、会場には美味しそうな香りが漂っていた。
参加者たちは、目の前に並ぶ料理に舌鼓を打ち、歓声を上げていた。
「評判通り、これは本当に美味しい!」と心の中で思いながら、幽子も満足そうな笑みを浮かべて、料理を一口一口味わっている。
会が進むにつれ、自分は他の席に移動して友人たちと話をしていた。
ふと気がつくと、自分の席は部員の女子たちに占拠されており、幽子の周りには彼女たちが集まって、まるで女子会のような賑やかさを見せていた。
幽子も楽しそうに話している様子だったので、「まぁ、良いか」と思い、再び友人たちとの会話に戻った。
その時、木村さんのお父さんが現れた。
「いつも息子がお世話になってるねぇ!これはサービスです」と言いながら、デザートを席に持ってきた。
周囲からは「おー!」という歓声が上がる中、お父さんはもう一つ、一人前のお皿を持ってきて、それを幽子の前に置いた。
「君が幽子さんだね。息子を助けてくれてありがとう、これはうちの特製のデザートだから、ぜひ食べてみて」と、優しい笑顔で言った。
流石の幽子も少し恐縮した様子で、「あ、すいません…ありがとうございます」と挨拶を返す。
周りの女子たちからは「わー、凄い。幽子ちゃん、一口ちょうだい!」という声が上がったが、幽子は皿を守るように「ダメに決まっているだろ」と必死に抵抗していた。
特製のデザートを一口食べた幽子は、うっとりとした表情を浮かべ、幸せそうに頬を緩めていた。その様子を見て、食べ終わった皿を片付けに来たお父さんが微笑みながら言った。
「お口にあったみたいだねぇ。ところで幽子さん、幽子さんって美人だねぇ。どうだい!うちの息子の嫁にどうかなぁ」と冗談交じりに言ってきたのだ。
それを聞いていた木村さんが「ちょっと、父さん」と言って止めに入る。
周囲からは笑い声が響き、幽子は少し顔を赤らめて困惑したような表情を浮かべていた。
この話は、自分に少し霊感が目覚めた話であり、幽子に多くの新しい友人が増えた瞬間のお話である。
そして…………、これが旧校舎の怪異の始まりの物語へと繋がる、運命の一歩だったのだ。
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