第二幕 「旧校舎」
この日は、学校全体が慌ただしい雰囲気に包まれていた。
授業はほとんどなく、出し物や展示を行う部活やクラスはその準備に追われている。
一方、主に運動部の生徒たちは、会場の設営や看板の設置を手伝い、忙しさの中で互いに声を掛け合っていた。
ミステリー研究会も例外ではない。この特別な日、私たちは怪談会の準備に奔走していた。
会場は旧校舎の広めの部屋で、隣の部屋は控え室として借りることができた。
まずはその場所に荷物を搬入し、次に会場の設営や照明の確認を行わなければならない。
私と幽子を含む一年生5人は、まず会場に向かうことにした。旧校舎は学校の裏手にひっそりと佇んでおり、渡り廊下を歩いてすぐのところにある。
普段は倉庫代わりに使われているが、こうしたイベントや緊急時に利用されることもあるという。
昔、どこかの運動部が夏の合宿でこの場所を使った際、オカルト的な事件が起こり、すぐに合宿を取りやめたという噂も耳にした。まさに、学校の怪談にぴったりな場所だ。
そんな不気味な旧校舎に荷物を搬入することになったが、幸いにも荷物自体はそれほど多くはなかった。5人で2~3往復すれば終わる作業だ。私たちは、緊張と期待が入り混じった気持ちで、作業に取りかかった。
荷物を抱えて歩いていると、幽子が近づいてきた。「なぁ!しんいち、君、分かったか?」と、彼女の声が不安げに響く。
「えっ!なに?」と振り返ると、幽子は私の顔をじっと見つめ、「あぁ!君も気づいてたのかぁ。」と呟いた。
彼女の目には不安が宿っていた。
「あの旧校舎、何か変だよなぁ?」と、まるで自分に確認するかのように尋ねてくる。
自分も旧校舎の中に入るのは初めてだが、確かにここは何か恐ろしい。
外観はただの木造の二階建ての古い建物で、二階部分は老朽化のため現在は立ち入り禁止だ。古い建物特有の怪しい雰囲気、不気味さは確かに感じるが、外から見る限り、特にそれ以上の印象はなかった。
しかし、中に入ると、その不気味さは恐怖に変わる。
きっと木造の古い雰囲気や、照明、日当たりのせいで薄暗く感じるのだろう。
しかし、今はまだ午前10時、天気も良く、薄暗いはずがない。
しかも今日は学園祭の準備で、ミステリー研究会以外にも、隣の部屋で展示物を飾るために他の部活も来ており、中は賑わっている。それでも、恐怖が心を締め付けるのだ。
「うん……、変と言うか、何か恐いんだけど……。」と、私は恐る恐る答えた。
「へぇー、珍しいじゃないか。いつも鈍感な君が感じるなんて。」と、幽子は軽く私をからかうように言ったが、その声にはいつもの調子がなく、明らかに何かを紛らわそうとしているのが分かった。
「じゃあ、幽子がいつもみたいに霊視して茶々っと確認してよ。見える人じゃん。」と、私も応戦し、少しでも怖さを和らげようとした。
その言葉に、幽子は驚いた表情を浮かべ、「君は鬼か!普段私が霊感のスイッチ全て切ってるの知ってるじゃないか。
スイッチを切ってる状態なのにこれだけ感じるってことは、あそこにはとんでもない奴がいるに決まっている。
私は絶対に見ないぞ。」と、珍しく焦った様子で言った。
「ちょっと面白い……。」
と、心の中で不謹慎な思いを抱いた瞬間、恐怖がさらに増していくのを感じた。
そんな時、私と幽子の会話を後ろから聞いていた同じ一年生の3人が、怯えた様子で声を上げた。
「ねぇ!ちょっと!2人で恐い話しないでよぉ。旧校舎に何かいるの?」その言葉に、私の心臓はドキリと跳ねた。
幽子はその3人に向かって、冷静に言い放った。
「そうか!君たちは何も感じなかったのかぁ。それは幸せな事だ。まぁ、知らなくて良いこともあるぞ。」その言葉に、私は思わず突っ込みを入れた。
「幽子!言い方…、言い方…。」
少し場が和んだ後、私は3人に「あの旧校舎の噂、何か知らない?」と尋ねてみたが、皆首を振って「知らない」、「聞いてない」と返すばかり。
手がかりを失った探偵のように肩を落とす私をよそに、3人は旧校舎に何があるのかを聞いてきた。
「どうしよう……?」と幽子に助けを求めると、彼女は少し考えた後、「君たちここでちょっと待っていたまえ。」と言って荷物を置き、小走りでどこかへ向かった。
数分後、幽子が戻ってくると、手には巾着袋が握られていた。
中から筆ペンとメモ帳サイズの和紙を取り出すと、彼女はサラサラと筆を走らせ、何かの呪文のような文字を書き始める。
それは、彼女がいつも簡易的な御札を作る時に使う道具だった。
「とりあえずはこれで大丈夫だろう。まぁ、私としんいちの勘違いの可能性もあるしな。」幽子は和紙を折りたたみ、一人一人に渡していく。
さらに続けて幽子が、「その御札はポケットか財布に入れておいてくれ。簡易的な結界みたいな役目をしてくれるから、影響を受けやすい人はその影響から守ってくれるぞ。」と言った。
3人は幽子に「ありがとう」、「幽子さんすごいね!助かるよ」と感謝の言葉を浴びせる。
少し天狗になりかけている幽子に、私は心配して声をかけた。
「えっ!幽子は大丈夫なの?」
その問いに、幽子は「私は大丈夫だ!」と言いながら袖をまくり上げた。
そこには大量の数珠が巻かれている。
呆れた……。
その数珠、どこから持ってきたんだ?
それをみんなに渡せば早かったんじゃないか?
と、心の中で呟く。
他のみんなも、尊敬の眼差しから呆れたような冷ややかな眼差しへと変わっていくのが分かる。
そんな空気を感じ取った幽子は、「みんなそんな顔をするな!私は君たちよりも影響を受けやすいんだぞ、これくらいは当たり前じゃないか。」と弁解してきた。
「まぁ……、良いか……。」
と思った瞬間、幽子が真剣な顔で言ってきた。
「そうそう!みんなに一つ言っておきたいのだが、この事は他の人には秘密にして貰いたい。他のみんなを怖がらせたくは無いし、この話を聞いた人が思い込み的な影響を受ける可能性があるからだ。
さっきも言ったが、私やしんいちの勘違いかも知れないからな。とりあえずは、学園祭が終わるまで黙っていて欲しい。」
急に真剣な顔で言ってくる幽子に、みんな頷いて作業に戻った。
しかし、すぐに自分や幽子の勘違いではないと思われる出来事が、旧校舎で起こっているのだった。
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