第三幕 「影」
作業を再開し、みんなで荷物を持って旧校舎に向かうと、何かが騒がしい。ワイワイした騒がしさではなく、ざわざわとした不安の声が響いていた。「大丈夫?しっかりして」と心配する声も聞こえてくる。
何の騒ぎだろうと思い、私はその場に近づいてみた。
すると、ミス研が借りている会場の隣の部屋で、誰かが倒れていて介抱されている姿が目に入った。
周囲の人々は慌てており、緊張感が漂っていた。
その様子を見ていると、ミス研の先輩が自分に声をかけてきた。「おっ、しんいち!遅かったじゃん。」先輩の表情には、心配と驚きが混ざっていた。
「先輩、隣で何があったんですか?」自分はすかさず先輩に聞き返した。
先輩は、会場を設営していた時に急に「キャーぁ」と叫ぶ声が聞こえ、隣の部屋が騒がしくなったと説明した。
「それから『先生呼んできてーぇ』と大声が聞こえたから、見に来たら大変なことになってた。」と答える。
隣で展示をしていた部活の部員に状況を聞くと、急に作業していた一人の女の子が「バタン」と倒れたと思ったら、まるでつられるように別の場所にいた男の子も倒れてしまったとのことだった。
「えっ!2人同時にですか……?」私は驚いて先輩に聞き返すと、「そうみたいよ。」と先輩は頷いた。
「なんだろう?貧血なのかなぁ?でも2人同時って気持ち悪いね。」と答える先輩の言葉に、私の顔がひきつるのを感じた。何か不吉な予感が胸をよぎる。周囲のざわめきが、ますます不安を煽る。
その瞬間、自分は心の中で何かが起こる予感を感じた。
自分と一緒に先輩とのやり取りを聞いていた一年生の三人も、明らかに怯え、顔色が変わっていく。
そんな緊迫した状況の中、後ろにいた幽子が、私たちだけに聞こえるように小声で言った。
「偶然だ!気にするな。」
続けて幽子は、まるで皆を安心させるかのように言葉を続けた。
「君たちは大丈夫だ!御札をちゃんと持っていれば問題ない。」その言葉には、彼女の強い信念が込められているようだった。
幽子は自分の袖を引っ張り、「ちょっとこっちに来い」と合図を送ってきた。
彼女に連れられてその場を離れると、幽子は小声でこう言ってきた。
「ここはヤバい!君は明日一日ここにいるんだろ?だったら、私が君の誕生日の時に渡した数珠を明日必ず着けてこい。
あの数珠なら絶対に君を守ってくれるはずだ。」
彼女の真剣な表情に、私は思わず息を呑んだ。幽子が言っている数珠とは、中学校の卒業式の後に彼女から「誕生日プレゼントだ!」と言われて貰ったものだった。
初めて貰った幽子からのプレゼントだったので、失くさないようにと、部屋の一番目立つところに飾ってあったあの数珠。
まさか、そんなに凄いものだったとは!
幽子がここまで自信を持って言うくらいだから、本物なのだろう。
そう思いながら、部屋に飾ってあるあの数珠が急に光輝いているようなイメージが浮かんできた。
「分かったよ。」と私は幽子に答えた後、ふと思い立ち、「ところで幽子は明日どうするの?」と尋ねてみた。
幽子は満面の笑顔でこう答えた。
「あぁ!明日は星野さんと一緒に文化祭を回る予定なんだ。何でも彼氏が、明日は部活でバドミントンの大会があるから学園祭には来れないって。
それで星野さんから一緒に文化祭を見て回ろうと誘われてるんだ。
まぁ、友達の誘いは無下にできないからな。」
その言葉に、私は思わず逃げる気だと思った。
「はぁ?」と呆れたような声を漏らすと、幽子はさらに追い打ちをかけるように続けてきた。
「良いか、私と星野さんのデートを邪魔するんじゃないぞ。呼んでもぜっっったいに来ないからな。」彼女は満面の笑顔で、まるで私を脅すかのように念を押してきたのである。
ば、バチが当たればいいのに……。
そんな願いを込めて、自分は満面の笑顔で答えた。
「それじゃ仕方ないね、二人で楽しんできてね。」
と秘かに呪いをかけ、幽子と一緒にミス研が借りている会場へと移動した。
教室に移動すると、会場の設営はかなり進んでいた。
午後からの本番に向けたリハーサルができそうな雰囲気だ。
一年生の三人は既に戻っており、設営を手伝っている、パッと見た感じでは、彼らは大丈夫そうだ。
彼等も忙しい方が気が紛れるのかもしれない。
自分たちも作業に加わろうとしたその時、関口先輩が「ちょっと!」と手招きしてきた。
「なんだろう?」と思いながら、幽子と一緒に関口先輩のところに向かうと、関口さんはは小声で「2人は、隣の教室で起こったこと、聞いたか?」と尋ねてきた。
その問いに、自分は「荷物を持ってくる時に見ましたよ。大丈夫ですかねぇ?」と返す。
関口先輩は眉をひそめ、「この場所って大丈夫かなぁ?自分は特に感じないけど、二人同時に倒れるなんて少し変じゃない?」と不安を口にした。
その質問にドキッとしたが、動揺を隠して「自分も特に感じないけど……、幽子はどう?」と、幽子を盾にして関口先輩の質問の矛先をかわす。
幽子は一瞬「このやろう!」と言わんばかりの表情を自分に向けたが、すぐに「私も感じませんね。気のせいでは?」と関口先輩に返した。
その言葉に、関口先輩は「幽子さんが言うなら大丈夫かぁ……、じゃあ、あれが原因じゃなかったかぁ?」と呟いた。
「あれ…?」
「あれって何だ?」
「えっ?関口さんは何か心当たりでもあるんですか?」と、関口先輩に問いかけると、彼は「ごめん!何でもない。午後からはリハーサルもあるからよろしくな」と言い残し、逃げるように立ち去っていった。
自分の心に不安が広がっていく。
幽子に「先輩、何か知ってそうだよね?」と確認すると、彼女は「そうだな!」と目で合図を送ってきた。
「問い詰めたところで吐かなさそうだから、ほっときたまえ」と幽子は言った。
幽子は続けて、「この場所にいるやつは本当にヤバいと思う。
影響を受けている人が少なすぎるんだ。
何故か分からないが、こういうやつほど相当たちが悪いに違いない」と警告してきた。
彼女の言葉は、普段の彼女からは想像できないほど重く、私の心に恐怖を植え付けた。
「良いか、明日は必ず数珠を持って来いよ」と念を押され、彼女は「じゃあ、さっさと準備を終わらそう」と言い残し、作業に戻っていった。
その後、会場設営は予定よりも順調に進み、14時前にはリハーサルに入ることができた。
リハーサル中、ほとんどの部員はその様子を見学していたが、何人かはクラスの準備があると言って戻っていった。
幽子はその中に紛れ込むように、いつの間にか姿を消している。
リハーサルが終わり、関口部長の「今日はご苦労様でした。明日は本番だからよろしくね」との挨拶が響いた。
自分は緊張感を持ってリハーサルを終えたため、午後の不気味な雰囲気は気にならなくなっていた。
しかし、荷物を持って帰ろうとした瞬間、背筋にゾクッとした感覚が走った。
「やっぱりここ、ダメだ……」と感じた。
急いで外に出ると、旧校舎はただの古い校舎に変わッている。
しかし、内部を覗くと、妖気のような雰囲気が漂っているのが見え、まるで魔界の入り口のようで、自分は身震いをした。
旧校舎を後にし、校門まで出ると、「さぁ!明日は本番だ」と気を取り直し、学園祭の前日を終えた。
そして、ミステリー研究会にとっての受難、いや、まさに「呪難」の1日が幕を開ける事となった。
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