第一幕 「準備」
学園祭の出し物が決まり、文化祭に向けた準備が始まると、部活のメンバーたちの間に期待と緊張が入り混じった雰囲気が漂い始めた。
常時部活に参加しているのは、自分を含めて6、7人、多い時でも8~9人程度。そんな少人数のメンバーを中心に、役割が次々と振り分けられていく。
「怪談会」とは言え、実際にはやることが山積みなのだ。
ポスターを作り、看板を用意し、会場の雰囲気を盛り上げるための小道具を準備しなければならない。
そして、何よりも重要なのが、怪談を披露するメンバーの選定だ。
部活に参加している者が少ないため、いつも来ている3年生の関口部長を中心に、3人が選ばれ、2年生から副部長の木村さん、さらに2人の先輩が加わる。1年生からは女の子が1人選ばれ、最後に最木先生にもお願いして、1話話してもらえることになった。こうして、計8名で怪談会を行うことが決まった。
そして、自分はというと……、司会という大役を任されてしまったのだ。
司会という重責が決まった瞬間、「え~!絶対に無理ですよぉ、人前で話すの苦手なんですから~」と、何とか決定を覆そうと必死に抵抗する。
しかし、先輩たちは「しんいちなら大丈夫だ!」、「しんいちなら適任だよねぇ」、「そういうの得意じゃん」と、まるで自分のことを知り尽くしているかのように言ってくる。
いったい先輩たちは、自分のどこを見て、司会という大役を任せることができると思ったのか、全く思い当たる理由が見つからない。
恐らくは、押し付けられたのだろう。
何度もゴネてみたものの、決定は覆ることはなく、「あきらめてやるかぁ……」という気持ちが心に広がった。
そんな落ち込んでいる自分に、副部長の木村さんが笑顔で声をかけてくる。「しんちゃん、大丈夫!大丈夫!お祭りだから楽しんでいこう」と、彼の言葉は、まるで自分を励ますかのように響くが、全く慰めの言葉には聞こえなかった。相変わらず適当な先輩である。
そんな感じで役割も決まり、文化祭に向けた準備が始まろうとしたその時、関口先輩が自分に声をかけてきた。
「しんいち君、ちょっと」と。
自分が「何ですか?」と応えると、関口先輩は少し考え込んだ後に、「ねぇ、噂の幽子さんは怪談会に参加できないかなぁ?」と聞いてきた。
関口先輩の問いかけに、私は思わず驚きの声を上げた。
「えっ!幽子ですか?」
実は、幽子もこのミステリー研究会に所属しているのだ。
自分たちが通う高校には、生徒が必ずどこかの部活に入らなければならないというルールがある。部活を決める際、自分は幽子を誘ったのだ。
最初、幽子は不満を口にしていた。
「なぜ部活まで君と同じにしなければならないんだ。只でさえ君とは変な縁で、小学生、中学生、さらには高校に入ってまで同じクラスなんだぞ、いい加減うんざりだ。」彼女の言葉はいつも通りの暴言だったが、どこか愛嬌があった。
そんな幽子に自分は少し不安を煽るように言いはなった。
「へぇー!じゃーあ、何処の部活にするの?
幽子って人付き合い苦手じゃん。
うちの学校には年に数回、部活道の日っていうのがあって、その日は絶対に部活に参加しないといけない日があるみたいよ。
人間嫌いな幽子が、いきなり誰も知り合いがいない部活に行って大丈夫なの?
どうせ幽子、部活行かないんだから同じ部活で良いじゃん。」
すると、幽子は「私は子供じゃないんだぞ!大丈夫に決まってるじゃないか。」と反論しつつも、「まぁ!仕方ない。たっての君の誘いだ、入ってやろう。」と、あからさまに渋々感を出しながら了承した。
意外とかわいいところが彼女にはある。
話は戻るが、関口先輩の提案に対して、私は「絶対無理だと思いますよ、それに……」と、幽子が小学生の時のあだ名にまつわるエピソードを関口先輩に聞かせた。その話を聞いた関口先輩は「なるほど……、それはちょっとなぁ……」と、若干引きつつあっさりと諦めてくれた。
学園祭の話し合いが終わってから、約三週間が経過した時、前に話した「部活道の日」がやってきた。
この特別な日は、上半期と下半期に数回ずつ設けられており、特に学園祭や夏のインターハイなどのイベントが多い下半期よりも、上半期の方が多く設定されている。
例年、学園祭の2週間前の金曜日と、1週間前の午後の授業が部活道の日となり、さらにインターハイ直前の2週間も同様に設けられている。
部活動の日の初日には、新入部員の紹介や先輩たちの紹介など、交流の場が設けられることが多い。
ミステリー研究会もその慣例に従い、新入部員の紹介を行うことになった。そこで紹介された幽子に対して、先輩たちから歓声が上がった。
「君が噂の幽子さんかぁ」、「しんいちから話は聞いているよぉ」、「この前のお祓いの話、しんいちから聞いたよ!凄いね」と、まるでアイドルのような扱いを受けている。
その歓声に幽子は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに私に向けた殺意のこもった視線を送ってくるのが分かった。
自分は冷や汗をかきながら、「気づいてないですよぉ……」という感じで知らん顔をして、その殺意をかわした。心の中では、幽子の怒りがどれほどのものかを考えつつ、なんとかその場をやり過ごそうとした。
その後、先輩たちの紹介や学園祭についての話、作業の分担などの説明が終わり、学園祭の準備が始まった。
自分はそそくさと幽子から逃げるように準備を始めようとした瞬間、物凄い力で腕を捕まれた。振り返ると、鬼の形相をした幽子がそこにいた。
「こ、怖い……。」
心の中で恐怖が渦巻く中、幽子は「しんいち~、ちょっと話がある、こっちに来たまえ!」と、部室の端に引きずられていく。
「あっ、俺死んだ……。」
心の中で叫ぶ自分に、幽子は冷たい視線を向けながら言った。
「しんいち、私は前にも言ったよなぁ?私の霊感のことはあまり広めるなと。私はなぁ、静か~に日常を過ごしたい訳だよ。君はいったいどこまで私のことを話したんだ!まさか星野さんの件も話したんじゃないだろうな?」
その言葉に、私は思わず身をすくめた。
幽子の殺意のオーラが、まるで冷たい刃のように私を包み込む。「いや!へ、変なこと言ってないよ。ただ、ほんのすこーーしだけ、自分の知り合いに霊感があって、お祓いができる女の子がいるって話しただけだって。」もちろん、これは嘘だ。実際には、もっといろいろと喋ってしまっている。
「ほ、星野さんの件はもちろん詳しく言ってないよぉ。ほら!星野さんが自分のところに来た時に先輩たちもいたからさぁ、あの後の話を先輩に聞かれちゃって、小林さんのこととかお祓いの時の様子を少し話しただけだよぉ。」私は必死に言い訳をした。
「本当だろうなぁ?」と、鬼神のような表情で幽子が睨んでくる。
自分は「ホント!ホント!絶対だよ。」と命乞いをするように訴えた。
幽子の目が私をじっと見つめていると、彼女は「きみ~ぃ、半分嘘言ってないか?」と心を読んでくる。
「す、鋭い……。」
ドキドキしながらも、私は何とかその場をしのごうとした。「まぁ良い!詳しいことはまた後で聞くとするが、ところでここの連中は何か変じゃないか?」と、幽子が小声で尋ねてきた。
「変?特に変わった人いないと思うけど…」と自分が答えると、幽子は驚いたように「えっ!変じゃないか、だって私はいつも通りにしているんだぞ。何故彼らは私に普通に喋り掛けてくるんだ?」と首を傾げて聞いてくる。
要は、幽子は「不言不語の術」という、人を寄せ付けない怪しい術を展開して威嚇していたのだが、何故か先輩たちが幽子に話しかけてくるのが不思議だと感じているらしい。
確かに不思議だが、私にはその理由が分からない。オカルトオタクたちは、幽子の術を中和できる何かを持っているのかもしれない。
幽子とのやり取りを終えた私は、学園祭の準備が進む輪に彼女を連れて入っていった。
部室の中は活気に満ち、先輩たちが忙しそうに動き回っている。
準備を始めて少し経った頃、部室のドアが開き、「どうだぁー、進んでるかぁ?」という声が響いた。顧問の最木先生が入ってきたのだ。
最木先生は、部長の関口さんと何やら話し込んでいる様子だった。幽子はその光景をじっと見つめ、「誰だあれは?」と私に尋ねてきた。私は「顧問の最木先生だよ。」と答え、先輩から聞いた最木先生のことを幽子に説明した。
「ふぅーん……。」と幽子は興味深そうに応え、少し最木先生の方を見つめ続けた。
彼女の視線には何か特別な意味があるのか、私は「何だろう?」と気になったが、幽子は「うーん?」と首を傾げた後、再び作業に戻った。
その後、作業は順調に進んだ。人数が多いだけあって、あっという間に準備が整っていく。
関口先輩が「今日はここまでにしよう!みんなご苦労様。」と声をかけると、今日の作業は無事に終了した。来週からは本番に向けての練習やリハーサルが始まる予定で、しばらくは忙しい日々が続きそうだ。
学園祭まであと1週間。期待と緊張が入り混じるこの時期、普段は部活に顔を出さないメンバーも手伝いに来てくれるため、作業は一層進展していく。
幽子も毎日ではないが、時折顔を出して手伝ってくれている。
私たちは細かい作業や準備を任せ、怪談会に出演するメンバーは本番に向けてのリハーサルや練習を始める。もちろん、司会の私もそのリハーサルに参加しなければならない。今のところ、怪談会の流れは次のようになっている。
- 最初: 最木先生がオープニングを担当
- 続いて: 三年生、二年生の2人がそれぞれ怪談を披露
- 休憩: 一旦休憩を挟む
- 後半: 副部長の木村さんが再び登場し、続いて一年生、三年生が怪談を語る
- トリ: 部長の関口さんが2話を披露
一話あたりの時間は約5分前後で、イベントの最初と終わり、またその合間に私がコメントや怪談の紹介を行うため、全体の流れとしては1時間ほどのイベントになる予定だ。最木先生が不在の中、生徒だけでリハーサルが始まる。
リハーサルでは、時間の確認や披露する怪談の内容、盛り上がり具合などを入念にチェックする。私も挨拶やコメントの入れ方を考えながら、思っていた以上に細かく練習を重ねていく。
ある程度形になったところで、本番同様の流れを他の部員にも見てもらい、感想や意見を参考にしてさらに練習の熱が高まっていった。
このようにして、学園祭の準備は着実に進み、ついに学園祭の前日を迎える。部室の中は緊張感と期待感が入り混じり、みんなの顔には笑顔と不安が交錯している。
幽子の姿を見つけると、いつも無愛想な彼女も少しはみんなと打ち解けたのか、何か楽しげな様子だった。
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