第3話 夢で見た少女との出会い
あれから、おじさんに一通り情報を聞き取り、斡旋所で住居と職業の紹介を受けた。
そうして僕は、一人で住居に指定されたスラム街の外れにあるマンションに向かっていた。
大通りは人が多かったが、街外れに向かっていくにつれ人通りは無くなっていく。だんだん自分がどこにいるのかも不安になってきて、渡された地図一枚で果たして目的地にたどり着けるものかと疑問を感じ始めたその時――
すごく見覚えのある、廃墟に囲まれた荒れ果てた道に出た。
倒れている自動販売機、突き出した鉄骨の形、それらすべてが強烈な既視感を生む。
これは、夢で見た光景だ。
不思議な事もあるものだ、と思う。
思えば、あの夢で不思議な少女と出会い、キスをされたその日に、魔法に目覚めたと検査で分かるなんて、出来過ぎている気もする。
やはり、あの夢で見た古い魔導書のような本が、何か関係しているのではないだろうか。
まるで自分が何か巨大な存在に導かれているような気味の悪さを感じるが、その一方で、この先に本当に夢で見た光景が広がっているのかは気になった。
夢では神社のような広場がこの先にあった。
そしてそこにはあの少女がいて――
いや、言い訳をするのはやめよう。
僕は単純に、またあの少女を一目でいいから見たかった。
それくらい、あれは人外とでもいうべき美しさを持っていた。
僕はふらふらと灯りに引き寄せられる虫のように、気づけば夢で見た道を再び進みだす。
瓦礫を踏みしめ、自動販売機によじ登り、鉄骨をジャンプして、コンクリートの地割れを飛び越えて――
突然、狭苦しい裏路地から、開けた広場に出た。
その寂れた広場の中心には噴水があり、噴水の中央で天使を象った少女の像が天に向けて杖を掲げていた。
――夢とは違った、のか……
でも、どこか神聖な雰囲気だ……
尋常でなく神聖な雰囲気を纏った像のオーラにあてられて、僕はフラフラと噴水に近づいていく。その天使は片翼で、身体の左側から長い翼を伸ばして、自らの身体をぐるりと包み込むようにしている。すごく美しい像だ。
だがそんな像の手前に一人の少女がいる事に、僕は遅れて気づいた。
少女の存在に気づかなかったのは、少女が丸くしゃがみこんで、真っ白なフード付きのローブを頭から被っていたために、マジックコンクリートの白色に半ば同化していたからだ。
少女はどうやら、祈っているらしい。
しゃがみこんで、両手を頭の前で組んで、一心不乱に祈っている。
この少女は、もしかして夢で見た――
そのとき少女は突然祈る事をやめて、次の瞬間、
そう、それは「泳ぐように宙へと浮き上がる」としか表現できない不可思議な動きだった。まるで
そうして、僕の方へとふわふわと空を泳ぎ始めた少女は、近くの足元に僕がいる事に遅れて気づく。
少女は僕を一目見て、目を大きく見開いて強く驚いたような表情をした。
僕も驚いた。
それは、少女が今までの人生で見た事が無いほどに可愛い、そして芸術的な容姿をしていたから――だけではない。
少女は、まさに夢で見た少女と瓜二つの、そのまま夢から出てきたような姿をしていたのだ。
桜色な雲のような髪が、くるくるとウェーブしながら肩の上までふわふわと広がり、そこに真っ白なメッシュの入った、どこか神聖さを感じざるを得ない髪型。
瞳は、まるで虹をその瞳に宿しているように幾重にも煌めきを放つ、カラフルな表現しがたい色をしていて、それだけでも少女が尋常な人間でない事を感じ取れてしまう。
スタイルのいい細い腰とメリハリよく育った大きな胸が桜色のワンピースに包まれていて、そのドレスの上に雪原のように真っ白なローブをぶかぶかと羽織っている。
ローブの胸元には純白の宝石で作られた天使のバッジがつけられていて、それが示す身分を知らない僕ですら、本能的に少女に対して敬う気持ちが強く湧き出てきてしまう。
そして少女の背中からは、いつの間にか美しい片翼の天使の翼が生えていた。
その翼は片方しかないのに、それだけで完全だと分かってしまうような、何か特別な雰囲気を纏っていた。それは、天使像に描かれた少女とこの少女の間に、何らかの関係性――あるいは同一人物であるなど――がある事を伺わせた。
つまるところ、少女には全てがあった。
可憐さ、美しさ、カリスマ、力強さ――
そうしたあらゆる魅力を包含した少女の雰囲気に、僕は生まれて初めて感じる種類の畏怖を感じ取っていた。
「こんにちは、
と、驚きから回復したらしい少女が、僕に向かって淡々とした無表情を向けながら、空中から話しかけてきていた。
その声を聴いただけで、ドクン、と感じた事のない熱い感情が心臓から走るのを感じる。
可愛い。
いくらなんでも可愛すぎる。
こんな可愛い子が世界に存在していたなんて……
「……どうして僕の名を?」
「それはわたしが特別だから」
そう言って、少女はくるりと空を泳ぐように回って、それから堂々とその胸についた白い天使のバッジをアピールする。空を泳ぐ少女のローブが風に舞い、露わになったワンピースのミニスカートと太ももの眩しさに、僕は慌てて視線を少女の顔に向ける。その表情は子供のような純真さを感じさせるものだったが、それにすら見惚れてしまって、陶然と少女そのものに魅了されてしまう。
「……僕はここに来たばかりなんだ。キミがどれくらいすごいのか、そのバッジを見せられたって見当もつかないよ」
「でも本能が感じてる。
少女は、そのものズバリ、僕が感じていた事をそのまま臆面もなく表現した。
「……」
思わず沈黙してしまう。
この少女は、何者なんだ?
「ふふ、楽にしていい。別にキミを食べちゃうわけじゃない。でもキミは面白い。わたしの事を夢で見た事があるのは、興味深い」
少女は当たり前のように僕からその夢を読み取り――その夢に自分が出てくると言った。その様子から、流石に少女も夢で僕の事を見ていたとか、そういう展開はないんだな、なんて思う。
「夢って……キミは人の心が読めるの?」
普通なら有り得ない事だが、魔法というものが存在する世界では、そういう事もあるのかもしれないと僕は思った。
「そう。キミがわたしのミニスカートの中を見ないように頑張りながらドキドキしてたところもバッチリ」
「……~~っ!」
少女がそんな事を真顔で淡々と述べるものだから、僕は急に恥ずかしくなった。不可抗力とはいえ、この絶世の美少女にそんな事まで把握されているというのは、一人の少年として著しくプライドを傷つけられるものがある。この子とコミュニケーションをとるときは細心の注意を払わないと、なんて思う。
だが少女はそんな僕の様子も気にせず、マイペースにぷかぷかと空を浮かびながら、こんな事を言う。
「キミの夢も興味深い」
「夢?」
「理想の恋がしたいってやつ」
「また馬鹿にするつもりか?」
「ううん、そうじゃない」
そういって首を振ってから、少女はまっすぐに僕を見つめて、こういった。
「わたしも、理想の恋がしたいって、そう思ってるから」
その瞬間、ちょうど人工太陽が逆光になって、少女の表情はよく見えなかった。
でも僕は、なんとなく通じ合ったような気持ちになって、こんな言葉が口から漏れる。
「僕たちは、同じ夢を持ってるって事かな?」
「うん、そう。同じ夢の、なかま」
僕の問いに、少女は嬉しそうに空中をぷかぷかと舞って答える。そのローブの裾からは虹色の粒子がキラキラと煌めきを放ちながら空へ残留し、その光景に、偉大な画家の絵画のような荘厳な美しさを僕は感じた。
「うーん、この出会いは偶然じゃない気がする。キミみたいな面白い子供、こんなところに偶然生えてくるわけない」
「生えてくるって……」
「ま、いいや、せっかくだし、キミには
少女がそういった途端、僕は、自分の背骨から脳にかけてが突然熱く燃え始めたような強い痛みを感じた。
「魔法語を刻んであげる」
そう言って悪戯げな表情でぺろりと色っぽく唇を舐めた少女の仕草はたまらなくエロティックで、松風は背骨の強い痛みからくる生存本能と合わせて、少女への強い性的欲求を感じた。その欲求はかつて感じた事が無いほどに強いもので、僕の腰から脳髄にかけて突き抜けるように電流を走らせた。その電流が背骨の熱い痛みと混ざって、わけがわからなくなってきて――
「ああ、キミみたいな可愛い子にそんなに求めてもらえるなんて、わたしは罪な女……でも、
そう言いながら、少女は背中から伸びた片翼の翼を大きく伸ばして、自らの全身をすっぽりと包み込んでいく。
「ふふふ、わたしと同じ夢を持つ純真な少年が、大冒険に次ぐ大冒険の末に頂きに至り、ついに恋焦がれたわたしと対等に結ばれて、そして二人は――ふふ、ふふふふ、面白くなってきた……」
白い卵のような形になった翼に隠れた少女の声が、隠しきれない執着と興奮を発露させているのを感じながら――僕はどんどん強くなる背骨の痛みに耐えきれなくなって、地面に倒れ伏す。
「キミの事は近くで見ている事にする」
少女を包む白い卵が、ぴかっと虹色の光に包まれたかと思うと――
少女の姿は忽然とそこから消えた。
気づけば、先ほどまで広場に存在していた天使の像も消えていて、そこにあったのは、何もないスラム街の荒れた広場と噴水だけだった。
「今のは、一体……?」
しばらく痛みに苦しんでいた僕は、やがて未だ熱を残す背骨の神経から、燃えるようなエネルギーが全身に流れ込んでくるのを感じ取る。
松風は、それがいわゆる魔力と言われるエネルギーであると、本能的に感じ取り、理解していた。
「【世界よ燃えろ】」
口が勝手に、いつの間にか知っていた見知らぬ言語を呟いていた。
目の前の広場の中空に、ぼうっと炎が燃えあがる。
炎はすぐに消えたが、僕は今のが紛れもなく魔法という現象であると理解していた。
「これは……魔法を使えるようになったのか……?」
僕が一人呟くと……
「そうだよ」
突然、背後に一人の少女が立っていた。
声が同じなので、それが先ほどまで話していた少女であると気付いたが――
振り返ると、少女はまるでこのスラム街の住人の一人のような、ボロボロの灰色のワンピースに包まれて、その足元や髪なども煤に薄汚れていた。
「キミは……消えたわけじゃなかったのか」
「わたしは言った。キミの事は近くで見ている事にすると」
そういって、少女はくるりと回って見せる。
「どう、似合う?」
少女は初めてコスプレをした少女が男の子に服を見せている、といった感じの雰囲気で、僕に衣服の感想を求めてくる。
「……キミは僕と行動を共にしたいって事?」
「つかず離れず、一緒にいたり、離れたりする。わたしの気分次第」
少女の自由な回答にため息をつきたくなる。
が、僕はひとまず、こう言う事にした。
「……似合ってるよ」
少女は静かに微笑んだ。
「わたし、
握手を求められて握ったその手は、天使の羽根のように柔らかくて、ドキドキとした。
この感情も、すべて見透かされているんだろうな、なんて思いながら――
わたしのバッドエンド、あなたが終わらせてくれますか?~トウキョウダンジョンの物語魔法使いは、運命に呪われし物語をハッピーエンドに「書き換える」 救舟希望 @himizutoruku
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