第6話 すでにもう知らない展開
目が覚めると、俺は酒場の床に倒れていた。
あれ? と思って周りを見てみたら、すぐ傍にスノウが倒れてる。他にも店の中で村人が同じように気絶してるみたいだった。
体を起こす前にまず考える。ほとんど反射的なものだった。
何かがおかしい気がする。
窓の外を見ると光が差し込んできていて、明らかに夜じゃない。ゲームだと、本来このイベントが起きるタイミングなんじゃないか。
昨日にはなかった重い疲労感に呻きながら体を起こす。
床に座って、もしかしたらと思い、恐る恐る自分の服の下を確認してみた。
胸元にタトゥーみたいな黒い痕があった。もちろん昨日まではなかったものだ。
間違いなく、昨日起こってしまったイベントでつけられた。
これが“
聖痕を刻まれた人間は超常的な力を手に入れる。
ゲーム的に言えばこれがある人間はその人にしか使えない“固有スキル”があって、戦闘やストーリーにおいて特別な存在感を放つ。
何を隠そう、主人公はプロローグで聖痕を与えられ、その後はゲーム的なリトライを聖痕の力で行っているという設定になっている。
固有スキル“不死身”。
本来のプロローグなら主人公にはその力が与えられる。
死んでも生き返ってやり直すことのできる力。ゲーム的に言えばゲームオーバーになったタイミングで、仲間は死亡してロストするが、主人公だけは生き返る。そしてそのままゲームは続行となる。
仲間は死ぬが主人公だけは聖痕によって生き続ける。それが基本設定。
そんな重苦しい設定があるからプレイヤーのプレイスタイルは様々。
仲間が死なないよう慎重に動くのも、敢えて仲間を死なせて主人公を追い詰めるようなロールプレイも、何をするにも自由。
多分、俺の胸に刻まれた模様は、その力を得たって証明なんだと思う。
つまり俺は不死身になってしまったのか……?
「うっ……ううん」
スノウが目を覚ましたみたいだ。
顔を覗き込んで、軽くほっぺたを叩いてみる。苦しそうに反応して目を開けた。
少なくとも生きている。とりあえずそれだけでほっとした。
「生きてるか」
「キコ……何が、どうなったの……?」
「俺にもわからない。気付いたら床で寝てて、体ちょっと痛いし、他のみんなも似たような状況だったみたいだ」
スノウも体を起こす。
見たところ外傷はない。俺と同じ。ただ俺の場合は“不死身”で完全復活した可能性がなくはないんだが、スノウも無傷ってことは俺も怪我はしてなかったんだろう。
「怪しい人は……?」
「……いないみたいだな」
「でもあの人だよね。状況的に、それ以外考えられないし」
「ああ」
実際そうだ。
原作について知らなくたって、俺だってそう思う。
とりあえず簡潔に見ただけでも村は壊滅してない。
原作だと、ハジメテ村は何があったかよくわからないままめちゃくちゃになった。主人公とスノウだけ生き残って旅に出るしかない状況になる。
なのに今、村はどこも壊れてない。窓の外を見ても、倒れてる人こそいるけど何か問題になりそうなものは見当たらなかった。
「何が起きたんだろう。何もなかったなんてことないよね。みんな倒れてて」
「スノウ、体は何もないか?」
「痛みや怪我はないけど……あっ」
声をかけるとそれだけで何か気付いた。
スノウが自分の手首を見下ろしてる。そこに聖痕があるのか。
原作じゃどうだったかな? 聖痕を持ってるキャラクターは固有スキルと聖痕の位置が決められてたと思う。
手首じゃなかったような気もするけど、俺の勘違いかもしれない。
「これ、もしかして聖痕?」
「みたいだな……俺も胸にある」
「じゃああの人がやったってこと? だよね。それ以外に変わったことはなかった」
「そういうことだろうな」
言うなればこうなることはわかっていたのだが、俺の予想とは違ってる。違ってた結果がよかったと思う反面、動揺してもいる。
俺が思ってる展開になってない。
悲劇を回避したって意味ではなってなくてよかったものの、こんな序盤で違ってしまうと今後が心配になってくる。
「そういえばキコ、あの人に何かされた時、天使って言ってなかった?」
「え?」
「何か知ってるの?」
そういえば熱くて痛くてムカついて勢いで言った気がする。
そりゃちゃんと聞いてるよね。
「ん?」
「覚えてない?」
「うん……覚えてないかなー」
「あんなに重要そうだったのに。アホなの?」
なんてひどい言いぐさだ。一応気遣ってる部分もあるっていうのに。
「アホじゃない。むしろ優しい男だ、俺は」
「とりあえずみんなの無事を確認しよう。僕らは無事でも怪我してる人がいるかも」
めちゃくちゃ冷静にスルーされた。
こういうところはゲームと同じ。スノウは可愛い顔して毒舌でもある。しかも幼馴染だから俺に対して遠慮がない。
俺を無視してスノウは店の中にいる人たちの様子を確認し始める。
どうやら誰も死んでいないらしくて、揺り起こすとうめき声が聞こえた。
「俺は外を見てくる。こっちは頼んだ」
「うん、わかった」
真面目なこと言ったら反応してくれたのでそれはよかった。別にさっきも真面目に言ったつもりだったんだけど、癇に障るとだめらしい。
酒場の中はスノウに任せて俺は外へ出る。
当然ながら村の中を見渡しても“天使”は見当たらなかった。
ざっと見たところ死傷者はいないみたいで、大人も子供も老人もみんな倒れてたけど声をかけるとすぐ起きる。
みんな異常はない。本当に悲劇を免れたのだ。
だけど俺の知らない展開、まさかの事態が起こっている。
ちらっと確認した程度だが、どうやら村人全員に聖痕がつけられているらしい。
聖痕をつけられた人間は世界でもほんの一部しか存在しない、珍しい存在。なのにこの村だけで30人くらい存在していることになってしまう。
そもそも人口が少ないとはいえ、異常な数字じゃないだろうか。世界中見回してもそんなにしょっちゅうはいない設定なんだから。
村は無事でよかったけど、結構やばい展開になってる気がしてならない。
「キコ! 無事だったか!」
同じく無事だったらしいガレスがやってきた。
ゲームじゃ、実は森に吹っ飛ばされただけで生きていたガレス。今回何があったかは知らないが怪我一つなくピンピンしてる。元気なおじさんだ。
「スノウも無事だよ。怪我した人もいないみたい」
「そうか! 何事もなくて何より!」
「何もなかったわけじゃないって。多分だけど、みんなに聖痕がつけられてる」
「何っ⁉ 本当だ! 私の体にも!」
気付いてなかったのか。
急いで自分の体を確認したガレスは、左腕に聖痕を見つけたようだ。
ゲームだとなんだかんだ生き残って後に聖痕を手に入れるガレス。ここではもうすでに手に入れてしまっている。これを変化と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
「では昨日の顔を隠したローブの男が……!」
「男だったの?」
「わからん! ただなんとなくだ!」
「あっそ」
期待しちゃいなかったがやっぱり顔は見てなかった。
ガレスは問題なくいつも通り。動揺もなさそう。今すぐにバトルがあったとしてもひとまず安心できそうだ。
俺が起こしたのも手伝ってみんな起き出す。
村の様子はそのまま。旅立つ理由がなくなったってことか?
確実に何かはあったが、何もなかったとも言えてしまうような状況に、微妙に気持ち悪い不安とかもやもやが体に張り付くみたいにあった。
「これで終わり? 本当に?」
酒場から出てきて合流したスノウが俺に聞いてきた。特別報告もなくて、向こうも大丈夫だったってことだろう。
俺に聞かれても答えようがない。とりあえずわからないまま頷く。
「あんなに何かありそうだったのに」
「いや、でもみんなに聖痕がつけられてるっぽいんだ。それは異常事態だろ」
「確かに。これって何かの前触れなのかな? 例えば戦争が起こるとか」
いやぁ、そういう展開は……あったはずだけど聖痕は関係なかったはず。
ただ、ここまで予測不能なことが起きてると、俺の原作知識ってどうなんだろうと思ってしまう。
チュートリアルの敵が違ったのとはわけが違う。これは完全な原作からの逸脱だ。
「確かめに行こうか」
「……え?」
間抜けな声しか出なかった。スノウを見るとなぜか笑顔になっている。
「あの怪しい人を捕まえるんだ」
これからどうなるんだろう、旅立つ必要はないのかな、なんて呆然と思ってた俺の頭をガツンと殴りつけるみたいな発言と笑顔。
あっ、そういう展開もあるのね?
どうやらスノウはすでに旅に出る気満々だった。
こんな展開、ゲームになかった! ドレミン @kokuwadoremin
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