第5話 タイミングが、あれ?

 結局いつも通りに時間が過ぎた。

 いつも通りっていうのは「キコ」の記憶を基準にしたものだが、意識しなければ自然とそう思ってるあたり、「俺」と「キコ」の一体化は進んでるっぽい。


 いずれはどっちがどっちってこともわからなくなるのかな。

 それがいいか悪いかわからないが、少なくともすでに不安はなくなっている。


 警備隊とは言うけど、トラブルなんてほぼ起きない田舎の小さな村で、外から人が来ることもほとんどない。

 実情としては村の中の何でも屋に近かった。

 見張りと称してただ座ってろって言われた俺たちは、適当に過ごして夜を迎える。


「じゃあ、帰ろうか」

「結局何もしてないな……」

「ちゃんとしたよ。子供たちの世話と、おば様たちの世間話に付き合ったじゃない」

「もはやガキの使いだろ、それは」


 子供たちの遊び相手に、話好きなおばさんたちの聞き役。森の中でモンスターを倒した以外はそれくらいしかしてない。

 他の日には木こりや農業、狩りの手伝いなんかしてるみたいだ。だが今日は俺たちの出る幕はなし。スノウと一緒にダラダラ過ごしただけで一日が終わろうとしてる。


「これ、俺たちって仕事してるって言えるのかな?」

「言っていいんじゃない? ちゃんと警備隊に従ってるんだから」

「ほぼ何もしてないけどな」

「そういうものだよ。暇な村だから仕方ない」


 それでいいのかな?

 田舎って別にそういうもんじゃないと思うんだけどな。

 このハジメテ村だけが異様にのんびりしてるのかもしれない。世界観全体がこんなに緩いわけじゃないと思うんだけど、他の村はどうなんだろ。


 この村は呆れるくらい平和だ。

 毎日何も起こらずに同じようなことをして過ごす。

 このままこんな日々が続いていけば、それはそれで幸せな人生を送れるんだろう。


「とりあえず今日はなんもないかなー……普通に休もう」

「例の旅人さんはいいの? キコが警戒しようって言ったのに」


 そうなのだ。強制イベントがあるからいつまでも気を抜いてるわけにはいかない。

 でも発生するタイミングがあるはずだから急いでも仕方ないことでもある。


「俺の勘だと明日の朝までは大丈夫な気がする」

「何を根拠に」

「肉が食べたいなー今日は」


 やれやれって感じのスノウと一緒に酒場へ向かう。

 「キコ」はよくそうしていたらしい。

 スノウは料理上手なので作ってもらえることもあるのだが、めんどくさがって酒場で食事するのも珍しくない。


 二人で酒場に入ると、仕事を終えて来ている村人が数人いた。

 自炊するのが面倒な人はここに集まる。ゲーム的にも、夜になればいつも飲んだくれてる人がいたのを覚えてる。


「よお、キコとスノウ。今日はどうする?」


 宿屋の責任者であるシュクの弟、ハクが俺たちを迎えてくれる。

 二人合わせて宿泊シュクハク

 相変わらずふざけたネーミングだと思う。が、覚えやすい。


「俺肉がいい。芋もつけてね」

「じゃあ僕は魚」

「あいよ」


 よくテンパってて落ち着かないシュクに比べて、ハクは弟ながら落ち着いてる。

 二人ともドワーフ族で身長が低いけど体つきががっしりしてて、どっちも立派なひげを生やし、ハクは頭がハゲてもいる。

 特にハクの方はいつもローテンションだけど頼りになりそうな雰囲気があった。


 カウンターの席にスノウと並んで座る。

 ハクはすぐそこにある器具で調理を始めて、すごい手際でテキパキと肉や魚を焼きだしていた。


「今日が初任務だったそうじゃねぇか。モンスターを仕留めたって?」

「うん。でもガレスがすごかったからだよ」

「本当にすごかった。僕とキコもすごかったけどね」

「そりゃ何より」


 なんてことない会話だ。

 いつもこうしてたんだなぁって、今日この世界で目覚めたばかりなのに思う。

 妙に落ち着くのは「いつもこうしてる」っていう実感があるからなんだろうな。


「あっ」

「ん? どうした?」

「怪しい人」


 スノウが何かに気付いたみたいで、視線の先を確認すると、朝に見たローブ姿の怪しい人物が店内にいた。

 宿屋と併設してるから食事するために来たのかもしれない。

 それ自体はおかしいことじゃないから、行動する必要はないと思うんだが……。


「なんでこの村に来たんだろうな」

「だね。何もないのに。あの人、今日は宿から出てこなかったみたいだった」

「な? なんか変だ」

「物語が動くとしたら、ああいう人がいるからだよね。日常の変化」

「そう。だから気をつけないと。田舎だからじゃなくて」


 俺が覚えてる限りでは、イベントが起きるのは明日の朝。

 あいつが主人公とスノウに“聖痕”を与えて、二人がスキルを取得する。しかしその固有スキルが暴走したことで村が壊滅。喪失のスタートになる。


 それから二人は行く当てもなく、故郷を失くして、自分たちに“聖痕”を与えた謎の人物を追って旅を始める。

 ただそこから先は自由度の高いゲーム。

 謎の男を追ういわゆるメインストーリーもありながら、他の選択肢も多彩。


 そこが人気の理由だった。

 主人公は色んな生き方を選ぶことができる。

 謎の男を追うもよし。新しい村を作って平和に暮らすもよし。悪堕ちして犯罪を繰り返すのもよし。王族になることだってできる。

 とにかく色んな未来があり得るフリーシナリオ。


 俺もいくつかのエンディングを見た。

 謎の人物についてもある程度知ってるが、今言ってもスノウが変な顔するだけだ。


「ねぇ」

「ん?」

「聞こえちゃったかな」


 振り向くと謎の人物が俺たちの傍に立っていた。

 マジか。


 いや、でもイベントが起きるのは明日の朝のはず。

 確かこのあたりの描写ってゲームになかったと思う。だから、何も起こらないだけで実はこういう時間があったのかもしれない……。


「ごめんなさい。あなたのことを悪く言うつもりはなかったんですけど。勝手なこと言って傷つけたなら謝ります」


 スノウが謝った。まだ何も言われてないけど「怪しい」って言ってたのを聞かれたと思ったらしい。

 それは一応言っておいた方がいいとは思う。ただ今は嫌な予感がした。

 ひょっとしてここにいない方がいいんじゃないか?


「エスルテ……」

「え? なんですかそれ?」

「えっと……」


 なんだっけ? なんか聞いたような気がするんだけど。

 やばい。俺のど忘れでなんか警戒すらできそうにない感じになってる。


「エスルテ……」


 必死に考えてる間になんか指を差されてた。

 あれ? もしかして始まってる?

 確か明日の朝に起こる予定のイベントが今始まってるような……。


 突然、胸元が熱くなってきた。

 間違いない。これは、俺の体に聖痕が刻まれているっ。


「あっつ⁉」

「え? キコ⁉」


 胸が最初だったが全身が熱くなってきた。耐えられないくらい熱くて、ほんの一瞬で何も考えられないくらい辛いっ。

 だから、俺は勢い余って言ってしまったんだろう。


「お前っ、“天使”だろっ!」


 思いっきり言ってやった。そしたらびっくりしてたみたいだ。

 謎の人物の体がびくって反応した後、俺の目の前は真っ暗になった。

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