第4話 初イベントの兆し
風にあたって、少し歩くとだんだん落ち着いてくる。
命を奪ったことに対して多少の動揺はあった。特に前の世界の「俺」だ。価値観が全然違うから、剣を振ることにも慣れていないし、命のやり取りにビビるのも当然。
その一方、この世界で生きてきた「キコ」の感覚と経験が、「俺」とは違ってこの世界の常識を持っていて、命を奪うことへの覚悟を持っているようだった。
それぞれが合わさって今の俺になっているのだと改めて自覚する。
感覚的には前の世界の「俺」が強いように思っていたのに、いざとなれば「キコ」の存在を強く感じる瞬間があって、早くもこの世界に順応できている気がする。
「いやぁ、本当にすごかったね」
隣を歩くスノウが声をかけてくる。
さっきのバトルで興奮しているのは同じみたいで、徐々に落ち着きつつあるとはいえモンスターと命のやり取りをしたのだ。そう言いだすのも不思議じゃない。
「ああ。せめてカエルだったらな。急にあんなでっかい狼来るからびっくりした」
「それもそうだけど、僕が言ってるのはキコのことだよ」
俺? なんか会話が噛み合ってなかったらしい。
「俺がすごかった?」
「そうだよ。正直言うと結構余裕なかったんだ。だからせめてキコをサポートするために動こうと思ったんだけど、君に引っ張られるみたいに僕も動けた」
そうなの?
それを言うなら俺だってスノウに合わせようと思っただけだ。というより余裕なんかほぼなかった。これは多分まさに「キコ」のおかげなんだろう。
「俺だってスノウに合わせるつもりだった。それだけ頑張ろうって思ったら、意外になんか動いちゃってて。だからまあ、スノウのおかげだと思ってる」
「じゃあ二人のおかげだ」
「そうしとこう。ほんとは無我夢中でよくわからなかったんだけど」
「それでも勝てたのは事実さ。よかったよね」
本当によかった。ほっとしてる。
勝てたことだけじゃなくさっきのバトルを経験して、俺もこの世界で生きていけそうだなって思えたのは大きな収穫だと思う。
前の世界の「俺」だけじゃここまで上手く戦えなかった。多分剣なんてろくに使えずに食い殺されてただろう。だけどこの世界観で生きた「キコ」の経験がある。
記憶があるから演技する必要はないし、「俺」なんだけど「キコ」でもある不思議な感覚。やがて慣れれば上手くやっていけるだろう。
何より俺はこのゲーム『聖痕伝説』について知っている。
熟知とまではいかないが、ある程度は有利な立ち回りができるはずだ。
「うむ! 今日も無事に安全である! 村の平和は守られた!」
村に到着した。
モンスター討伐のクエストが終われば、警備隊は本来の仕事である、村を守るって仕事をするだけだから、不必要に森をうろうろする必要はない。
またうるさくなったガレスの声を聞いて、村の人たちが俺たちに気付く。
「おや、ガレスs。帰ってきたのかい」
「森のモンスターは倒した! もう危険はないぞ!」
「おおっ! やってくれたか!」
「さすがはガレス! 暑苦しいが仕事は早い!」
結構なことを言われてる気がするんだが、ガレスは真剣に力強く頷いただけだ。
近くにいた村人たちが集まってくる。
なんせ小さい村だ。知らない人なんて一人としていない。俺とスノウが初めて警備隊として戦いに行ったことだって当然知られてた。
「キコ。スノウ。仕事はどうだった?」
「緊張したよ。でも平気だった」
「キコと僕の息が合ってたからね」
「ほっほ、それも当然。お前たちは子供の頃からずっと一緒だったからねぇ」
小さくてふっくらしたマルイばあちゃんが俺たちに話しかけてきた。
別に俺たちと血の繋がったばあちゃんじゃないんだけど、村の子供はみんなマルイばあちゃんの授業を受けて育つ。資格を持ってるような教師じゃないが、村のみんなのために教師の代わりを務めているのだ。
比喩表現になるけど、この村の人間のほとんどがマルイばあちゃんの子供と言っても過言じゃない。
俺にも「キコ」の記憶があって、優しいばあちゃんのことが好きだ。
「初任務で疲れたんじゃないかい? 今日はもうゆっくり休んでいいんだよ」
「ばあちゃん、まだ朝だよ」
「お手伝いくらいするよ?」
「いいのいいの。最近子供も少ないから、時間が有り余っててねぇ」
ものすごく平和ボケしている。
田舎だから村に来る人間なんてほぼいないし、すでにほぼ限界集落。俺たちより年下の子供もいるとはいえ、そもそもの人口が少なくて、老人ばっかりになるのも時間の問題でしかない。
年齢もあるけどマルイばあちゃんが暇になる日はそう遠くないだろう。
「この村もいつまでもつか……」
「そんな寂しいこと言わないで。都市に向かった誰かが帰ってくるかもしれないよ」
「縁起でもない。セリフにするとフラグになるからやめよ?」
タイムリーな発言に思えてならないから気をつけてほしい。
俺が覚えてる限り、ゲームの展開だとこの村は……。
それがプロローグだから仕方ないんだけど、「キコ」の記憶があってこの村の人たちが他人とは思えない今、それだけはどうしても避けたい。
ふと気になって視線を動かしてみると、俺はそれに気付いた。
村の中に見知らぬ人物が立っている。真っ黒いローブで全身を隠して、顔どころか頭まですっぽり覆っている。
来た。
あれがプロローグの事件を引き起こすキャラクターだ。
「あれ? 誰か来てるの?」
スノウが俺の視線に気付いてから、そこに立っているそいつに気付いたようだ。
「あぁ」と声を出してマルイばあちゃんが反応する。
「旅人さんだよ。無口な人だから何も教えてくれなかったみたいでねぇ。ただ、仕事だってことははっきり言ったようだけど」
「ふーん。なんだか怪しい人だね」
「はっきり言ってる……」
スノウが特別鋭いとかじゃなく、あれを見れば誰でもそう思うだろう。
パッと見た瞬間に怪しいんだからしょうがない。
ただスノウがそう思ってくれるなら好都合。あれは警戒した方がいいやつだ。
「でも俺もそう思う。見るからに怪しいな。何かしでかさないか、ちゃんと見てた方がいいと思う」
「どうしたのキコ? 急にそんなやる気出して」
「やましいことでもあるのかい?」
「なんでそんな反応に……スノウも怪しいって言っただろ」
「そこまで本気になるとは思わなくてさ」
なんか俺が悪いみたいな、ちょっと引いてるみたいな感じになった。
原作を知ってて先回りしようとするとこういう感じになるんだな……。先回りするなら違和感を持たれないような説得力が必要かもしれない。
「確かに怪しさはあるけど、まだ何もしてないんだから。外から来た人を無暗に警戒するのは田舎の悪いところだよ」
「じゃあ大丈夫だって?」
「とりあえず様子を見ようよ。警備隊としてはいいこと言ってると思う」
「えぇー……?」
「何かあれば僕がちゃんと一緒になんとかするから」
ってことは俺が対処することは決定されたじゃないか。
まあ、この先に何が起こるのかを知ってるのは俺だけなんだし、俺が対処してなんとかするのは当たり前とも言える。助けてくれるだけ優しいってもんだろう。
問題のローブの男は宿屋に入っていく。
普段利用者がいないもんだから店主のシュクさんは嬉しそうだ。
「とりあえず……休むか」
「だね」
「休むだと⁉ それはいかん! 我々は村を守る立場にあるのだぞ!」
一息つこうと思ったらガレスが割って入ってきた。そうだ、この人がいたんだ。
「我々の仕事には村人たちの生活を助けることも含まれている! 日中に休んでいる暇はないぞ! 他の者たちの仕事も手伝うのだ!」
「って言ってもみんなのんびりしてるし」
「特にやることなさそう」
「では見張りをするのだ! 万が一を考え、モンスターが村へ入らないよう、お前たち二人で入口を見張れ!」
そんな必要があるのかって感じだけど、実際モンスターが出たばかり。まあ、それも必要っちゃ必要かなと思った。
それより気になるのはローブのやつ。とはいえまだ時間はあるはず。
「しょうがない。行くか」
「結局ゆっくりできるからね」
俺とスノウは村の入口に移動する。
と言っても結局は何も起こらないわけで、その後何やってたかっていうと、二人で駄弁ってただけだった。
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