第3話 チュートリアル
俺たちが住むハジメテ村は深い山の奥にあって、周りは森に囲まれてる。
交通の不便から知らない人が来ることは滅多にない。村自体が懇意にしている行商人ですら数ヶ月に一度のペース。知らない人に会うことはほぼない。
環境がそうさせるのか、基本的には静かで平和な村で、モンスターの発生もほとんどあり得ない。
たまに現れても大抵は弱いやつ。警備隊が対処してその日の内に終わる。
だからどうか、今日もそうであってくれと願った。
俺とスノウと隊長のガレス、三人でモンスターが目撃された森へ入った。
流石は大自然。ビビるくらい広くてすぐには見つからない。
「ううむ、妙な気配は特に感じないが……もっと奥か? それとも大きく移動して村の近くに潜んでいるのか?」
ガレスが怖いこと言ってる。
仮説とかって大事なんだろうけど、嫌な想像してしまいそうだな。
「回り込んで僕らを回避したとか? モンスターがそこまでしますかね?」
「わからん。だが私の勘はあまり良くない事態だと告げている。注意して進め」
スノウに返事をしてから、ガレスが先頭でさらに森の奥へ進む。
いつの間にか声が小さくなっていた。
ゲームとしてはずっとうるさい印象だったけど、流石にこういう場面じゃ空気読むんだなぁ、なんて関係ないことを考えずにはいられない。
それくらい森は静かだった。
本当にモンスターがいるのかってくらい平和な風景だ。
できればモンスターなんてただの勘違いで、でかめの動物を目撃したとかならこのまま安心して帰れるんだけど、流石にそこまで能天気な展開はないよな。
多分、戦闘はある。今は冒険とバトルのチュートリアル中のはずだ。
思えば、体が覚えているとしても、俺自身は剣を振ったことすらない。
バトルをするとなると参加しないわけにはいかないだろう。
どうせなら別のゲームみたいに、作戦だけ考えてバトルを見守るとかなら、こんなにドキドキしなくて済んだんだろうけど。主人公だとそれは無理だろう。
「できればいないでほしいけど、村の方に行ってるくらいならここにいてほしいな」
「そうだね。お互いを守ればいいから、注意するものが少なくていいし」
「待て。いたぞ」
俺とスノウが周りに気をつけながら小声で喋ってると、先頭のガレスが止まった。
どうやら本当にいてしまったらしい。
村より森の方が、とは言ったけど実際いるとなると緊張する。俺は深く息を吐きながら剣の柄を強く握った。
「大きいな。少なくとも見た目は強そうだ」
どれどれ、と前の二人の肩口からモンスターを確認すると、俺の予想は、というより原作の展開とは完全に外れていた。
ちっともでっかいカエルなんかじゃない。
そこにいたのは人間と同程度のサイズの狼だった。
本来俺たちが戦う予定だっただろうでっかいカエルの上に乗って、その体をガツガツ食べてるみたいだ。
背中側が紫、腹側が白っていう目立つ毛色で、森の風景から完全に浮いている。
めちゃくちゃ食ってるって光景もぞっとするが、あっちの方が全然強そうだ。
原作にない展開が早過ぎるし、なんで難易度が上がってるんだ。
「おそらく素早いぞ。爪と牙に注意しろ」
ガレスは音が鳴らないようにゆっくり腰の剣を引き抜いていく。
直線距離にして100メートル以上。
狼は突然ぴくっと反応して顔を上げた。この距離で気付いたのか?
「私が前へ出る。キコ、スノウ、援護しろ」
「わかりました」
「了解……」
いよいよ初バトルが始まろうとしている。
問題の狼型のモンスターは俺たちに気付いているみたいで、カエルを食うのをやめると完全に俺たちの方を向き、歩き始めていた。
喉を鳴らして警戒とか、そんなのもない。勝って当然みたいな余裕があった。
「先手必勝! 行くぞ!」
いつも通りのでっかい声になって、ガレスがいきなり駆け出していった。
俺とスノウもすぐに続いて、もう隠す必要もないから思い切り鞘から剣を抜く。
狼も俺たちに向かって走り出していた。
口の端からだらだらよだれを垂らしながら、俺たち以上のスピードでガレス目掛けて走ってくると、あっと思う暇もなく飛び掛かる。
ガレスは素早く剣を振り上げて、殴りつけるみたいに狼の顔に剣を当てていた。
とても現実とは思えないスピード感。俺たちが駆け付けた時にはもう狼は一旦距離を取り終えている。
一撃食らったとはいえ軽傷。どうやらガレスを警戒しているようだ。
「毛も体も硬いな。もっと強く踏み込む必要がある」
ガレスは汗一つかいてない。
俺とスノウが緊張だけで微妙に息が切れてるのに対して、歴戦の勇士感がすごい。
ステータス画面じゃ確認できない雰囲気だった。この人は強い。
「二人とも心を落ち着けろ。焦る必要はない。目の前にあるものを、一つずつ対処していくのみだ」
「はい」
「ふーっ……」
深く息を吐く。
自分を落ち着けようと努める。
狼はガレスを警戒して距離を測っていた。すぐ傍には俺とスノウがいるもんだから不用意に近付いてこない。
素早い上に頭までいいらしい。っていうか狼ってそういうものか。
「カエルよりよっぽど強そうじゃん……」
「だって倒されちゃってるわけだからね。そりゃそうだよ」
「クールっ」
「慌てずにねキコ。離れず力を合わせよう」
俺より冷静なスノウが指示をくれる。
言われるまでもなく俺だって離れたくない。下手すりゃ俺よりでかい狼に飛び掛かられたら、普通に押し倒されて顔とか食われかねないのだ。
犬じゃないんだから。見た目に惹かれても受け入れるわけにはいかないな。
「さあ来い! 犬!」
だから違うって。
ガレスがでかい声で叫ぶと、狼が勢いよくこっちに走ってきた。
俺はスノウに合わせることだけ意識していた。
狼を意識すると怖くなる可能性がある。そう思って敢えて深く考えず、スノウと息を合わせて動き、ガレスより前へ出て走った。
向かってくる狼を迎え入れるように、スノウと同時に剣を振るった。自画自賛したくなるくらいぴったり合ってた。我ながらぞくっとしてしまう。
避ける気配が見られなかった狼の胴体を、剣先でガリガリって削る感覚。
それだけで腕が痺れてると、突進してきた狼は気にしていなかったみたいだった。
俺たちを通り過ぎて、大口を開けてガレスに噛みつこうとしている。
ガレスは、多分アドリブだろうけど、素早く腕を引くと剣で顎を貫き、下から突き刺して無理やり口を閉じさせた。
そのまま柔道みたいに投げて狼を地面に押さえつける。
何か言われる前にわかっていた。多分「キコ」としての経験と判断だ。
俺とスノウはもう走り出していて、ガレスが顔を上げる頃には跳んでいた。
思いっきりジャンプして、着地するより先に剣を狼の体へ突き刺す。
「よぉし! それを貸せェ!」
言われた瞬間、「何言ってんだ?」と思ったが、体はほとんど勝手に動いてた。
俺とスノウが剣を離して狼から離れると、叫んだガレスがその二本を掴んで、強引に振り上げる。刺さったままの刀身が狼の体を無理やり引きちぎって、赤い血が大量に辺りへぶちまけられた。
それでも狼は叫び声をあげてまだ動こうとしていた。
ガレスがパッと剣を手放す。
俺とスノウがその剣を手に取った瞬間、自分の行動ながら体が震える。
「刺せっ‼」
とどめを、って意味だったんだろう。
俺が狼の頭に、スノウが首に、同時に剣を突き刺す。
思い切り力を込めて刺し、独特の感覚が手に広がるのを感じながら、手加減は一切しなかった。
狼は苦しそうな声を発して、しばらくバタバタ動いて抵抗した後、急所を刺したからどうしようもなかったんだろう。
やがてバタッと倒れて動かなくなり、絶命する。
少し待って、もう安全だ、と思えた後になって一気に汗が噴き出してきた。
動いた疲れというよりきっと精神的な疲労だ。本当に俺が、俺たちが殺したんだ。
「よくやった! もう力を抜いてよし!」
言われるまで俺は剣を手放せなかったことに気付いた。ガレスに言われてハッとしてからようやく剣から手を離す。
スノウも同じだったらしい。珍しいくらいに汗をかいていて、いつも冷静沈着なのに落ち着かない顔で荒れた息をしている。
倒れた狼に剣は刺さったまま。動く気配も、生きてる気もしない。
ゲームとして見てたときとは全く違う。
本物のバトルを終えて、俺は呆然としてしまっていた。
「二人ともよく動けていた! あとは経験を積めば戦闘中も冷静に考えられるようになるはず! ひとまず今日はよくやった!」
ガレスの言葉を適当に聞きながら狼を見ていると、その体が胸元あたりからぐじゅぐじゅ溶け出して、ボロボロと塵になって消えていく。
モンスターってこういうものなのか。倒した後の様子を初めて見た。
「モンスターは多くの魔素に侵されて自我を失っている。死を迎えると魔素はより強力になり、肉体は耐えきれなくなり崩壊していく。これがモンスターだ」
そうだったのか。そんな設定初めて知った。プレイヤーみんな知ってるのかな?
「ともかくこれで任務は終了だ。おめでとう。村へ帰るぞ!」
はやっ。
感動してる暇も与えてもらえず、ガレスはあっさり自分の剣を仕舞って歩き出す。
ぼーっとしてた俺とスノウは、剣を回収するために狼の死骸へ駆け寄って、改めてその姿を見下ろした。
そりゃ、虫を殺したことくらいあるし、動物の死骸を見たこともあるし、死んだ人間の顔を見たことだってある。
そういうもんだと理解しているが、初めてのバトル。その結果。
色々考えずにいられなかったし、何かはわからないけど感じ取ってもいる。スノウもきっとそうだっただろう。
「すごかったね……」
「うん。ガレスの主張もすごかったけど」
「あの人はいつもああだから。でも、いつも通りのガレスさんが、今ならすごいって思えるよ。僕らはやっぱり緊張してた」
こうやってレベルアップしていくんだなぁと、俺は感動とも寂しさとも思えるような何とも言えない感情を覚えていた。
スノウも少なからず動揺してるらしいが、剣を握って、強引に死骸から引き抜く。
「とにかく生き残れてよかった。さあ、帰ろう」
「おう……」
返事をしてから俺も剣を抜く。
何回か振って血を落として、ある程度きれいにしてから鞘に納める。
チュートリアルが終わった。これからこうやって生きていくのか。
嬉しいのかなんなのか。自分でもよくわからないが、とりあえず最初の一歩は無事踏み出せたみたいだ。
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