第2話 ハジメテ村の警備隊
ふざけた名前だと思う。
ゲームのスタート地点になる村が「ハジメテ村」。そのまんまだろって感じだし、捉え方を間違えると卑猥な感じにも受け取られかねない。
そんな名前の村が俺こと『聖痕伝説』主人公の故郷である。
俺、というより主人公はこの村を守るために体を鍛え、警備隊に入った。
そこから始まるのが本編のストーリー。
多分この後、大きな事件が起こる。そこから主人公は村を離れ、自由に生きる。
せめてこのあたりくらいは先回りして対応することができるはず。
流石にプロローグの展開は覚えてる。ミスさえしなければ大丈夫だろう。
「よく来た新人たち! 私がハジメテ村警備隊の隊長、ガレスである!」
威勢のいいおじさんが俺たちの前に立って叫んでいた。
本人が言った通り、警備隊の隊長を務める、ガレス。スキンヘッドにひげに強面という結構なインパクトの男だが、ゲーム的に言えば結構ステータスが強い。うるさいくせに結構重宝されてしまうキャラクターだ。
ハジメテ村警備隊とは言うけれど、実情としては規模の小さい自警団。村人が武装してそこそこの訓練をして、自分たちの村を守ってるに過ぎない。
ガレスはその中で「なぜ?」ってくらい強いことで有名だ。
「我々の仕事はもちろん村の警備! 外からやってくるモンスターを退け、村人同士のいざこざを回避し、村の治安を守ることである!」
警備隊の総数は、改めて現実として数えてみたけど、俺たちを含めてほんの7人。新入隊員は俺とスノウだけ。
片田舎の小さい村にしては結構多い方か。
「皆、気合いを入れて村を脅かす危険に目を光らせるように!」
ハジメテ村の人間は大体が農業や木こりをやってる。
人の往来がほぼないような隅っこの土地だから宿屋も機能してなくて、兼業してる酒場に来るのは地元の人間ばかり。
武器を持って訓練する人間の方がよっぽど珍しい。
今、俺が冷静に現状を受け入れて、警備隊の集まりに参加していられるのは、この世界で15年くらい生きていただろう「キコ」の記憶と体験があるから。
「俺」という個人は前世というか、前の世界の記憶を保持したままで、この世界が元々ゲームのものだと理解したままでいる。ところがこの肉体の本来の持ち主である「キコ」が今まで生きてきた記憶も持っていた。
今や俺は誰からも「キコ」として認識されている。
そのことに対する拒否感がなくあっさりしてる受け入れられてるのは、この体と記憶のおかげで俺が「キコ」でもあるからなんだろう。
「キコ! お前ぼーっとしているな!」
「してません。ちゃんと聞いてました」
「よろしい! では今日の連絡事項を伝える! 皆、キコのように私の言葉を一つも漏らさず聞き取るように!」
別にそこまでは言ってないんだが。
ステータス的に強いガレスは、悪いやつではないんだけどやたら喋るのか、セリフが多くて会話が長引きがちになる。そのせいで「うるさい」とはよく言われていた。
実際に対面すると本当に声がでかくて「こんなにうるさいのかぁ」と思う。
まあ、正義感は強いし情に厚いから嫌われてはないんだけどさ。結構なネタ枠だ。
「木こりのマーズが近くの森でモンスターの姿を見かけたらしい! 放置しておいては村人の危険に繋がるかもしれん! そこで我々がこのモンスターを討伐する!」
チュートリアルだ。
最初にバトルを学ぶために弱めのモンスターと戦う。
ゲーム通りだと先輩警備隊員と主人公とスノウで森に入り、人間サイズのでっかいカエルとバトルになる。
「キコ! スノウ! お前たち新人に経験を積ませる! 私についてこい!」
……あれ?
隊長のガレスが直々に行くって? 本当なら俺の左隣に立ってる、ヤンバと一緒に行くと思ったんだけど。
「モンスターと言えども、近辺に現れる個体はそう強くないのが定説だ! しかし決して油断しないように! 油断や慢心は予想外の事態を招き、ほんの些細なミスが命を落とすきっかけになる! そのことを全員、胸に刻み込んでおけ!」
ガレスは元々、国境警備隊に所属していたとかっていう裏設定があった気がする。
何があってそこをやめたのかは知らないけど、元兵士だからこの態度と声の大きさなんだろうって考察を見たことがあった。
油断する気も手を抜くつもりもないのは、俺の意思なのかキコの性格なのか。どちらにしろ指示にもこの状況にも全く不満はない。
ただ気になったのは、前の世界の俺が持つ記憶とは展開が少し違っていること。
「勘違いかな?」とも思ったけど、流石に序盤は間違えない気がするんだが……。
「他の者たちは村の警備を頼むぞ! よし! では早速出発する! 行動開始!」
なんだろう、さっきまで冷静だって自覚があったのにちょっとドキドキしてきた。絶対に不安を抱えてる。
いや、まだ何も起こってないんだから怖がる必要はないんだろうけども。
たまたま外れただけかもしれない。
前世の記憶が役に立たないと決まったわけじゃないんだ。
指示を終えたガレスが俺と俺の右隣に居るスノウの前に立つ。
歩き方から立ち方までビシッとした人だ。元兵士って話がすごく納得できる。
かといって俺たちの立ち方を細かく指摘して直す人でもなくて、この時点でそこそこの自由度があるらしい。そこはありがたかった。
「剣は持っているな? では行くぞ! お前たちの初陣だ!」
いちいち声がでかくて仰々しい人だ。
俺とスノウはいかにも一般モブですよって感じのラフな服装。『聖痕伝説』自体はよくあるヨーロッパ風のファンタジー。そこに大したことなさそうな、言っちゃ悪いがどこにでもありそうな剣を一つ提げてるだけ。
警備隊とは名ばかりな雰囲気なんだが、実はガレスだけ胸と腰回りに革製の防具を身に着けていたりする。
それでも兵士を髣髴とさせる鉄の甲冑とは全然違う。あんまり強そうじゃない。
「ようやく初任務だね。緊張してる?」
歩き出してすぐ、ガレスの後ろへ続きながらスノウが俺に聞いてくる。
どう答えたものか。
「うーん……緊張はしてないと思う。けど、色々考えてはいる」
「だね。不安そうには見えないけど、困ってそうではいるよ」
「顔の話?」
「うん。キコが考えてることは見ればわかるからね」
そうなの? そんなにわかりやすいかな?
幼馴染ってそういうものなのか。前の世界じゃそんな存在居なかったから新鮮だ。
っていうか今更だけどスノウ、男から見ても可愛いな。顔面はもちろん「君のことなら全部わかってるよ」ムーブが嬉しくなってくる。
「いつもは平和なのに、今日に限って全然違うことが起きるとか……」
「あるかな? そんな気配はしてないよ」
「バカ。物語っていうのは大体そうやって始まるんだ。お前の方が本読むだろ」
「読むけど、だったらなおさら考えたって仕方ないんじゃない? いつも起きないことなんて想像しきれないよ。なら直面してから考えるしかない」
可愛い顔して意外に肝が据わってる。このあたりもキコの不思議な魅力を感じるポイントだ。
確かに心配したところで仕方ない部分はある。
だが、俺はこの先の展開を知っている。
問題なのはそうならなかったときの展開だ。
「俺は未来で起きることがわかるぞ」なんて余裕ぶっこいてると、もしもそうならなかったときがヤバくて。恥ずかしいだけじゃなくて知ってるつもりから一転して虚を衝かれることになる。
油断は禁物ってのはまさに。色んなパターンを考えておく必要がある。
こうなるとフリーシナリオ制と自由度の高さがネックになる。
知り尽くしてないことが弱みになるし、予想外のことは十分にあり得そうだ。
前の世界の知識があまりアドバンテージになってない気がする。
「キコ! スノウ! 近場の森とはいえ油断するなよ! モンスターは訓練と違ってどんな弱者であろうと我々の命を狙ってくる! 村を一歩外に出れば死の危険性がある危険な現場だ!」
「はい」
「わかってますけど、ガレスも気をつけてくださいよ? あなたがやられたら俺たちなんてひとたまりもない相手ってことですから」
「心配するな! 私には油断も容赦もない!」
生意気に聞こえるかもしれない俺の発言にも寛大で、ガレスは堂々と答える。
声がでかくてうるさいけどやっぱりいい人だ。
とりあえず序盤はこの人さえいれば大丈夫だろう。油断しないように気をつける。とはいえ、今はなんとなく安心感があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます