こんな展開、ゲームになかった!
ドレミン
プロローグ
第1話 ここはゲームの世界?
体をゆすられて目が覚める。
こういう経験ってあまりない。
そもそも俺を起こす人って誰だろうって考えた。親なわけないし、恋人はいない。友達を家に泊めた覚えもない。誰が俺の部屋に入ってるんだ。
「キコ。起きてよ。もう朝だよ」
涼やかな声が聞こえる。女の子みたいにも聞こえるけど、男の子にも思える。ただ聞き覚えはない。
っていうか、キコ? 誰に言ってるんだろう。
「こら、まだ寝ぼけてるの? 今日から仕事だよ。遅刻厳禁、でしょ」
何か変だ。
眠かったけど必死に目を開けて確認する。
ベッドの脇に立って俺を見下ろしていたのは、失礼ながら知らない人だった。でもさらに正確に言うなら、作品を通して知っている人でもある。
「……スノウ?」
「そうだよ。ひょっとしてまだ寝ぼけてる? みたいだね」
俺の目の前に居たのは、かなり可愛い女の子に見えて実は男の子という、その作品に触れたプレイヤーの性癖を破壊してきた人物。
名前はスノウ。
水色の髪の中性的な美少年で、その人に間違いない。
俺はまだ夢を見てるのか?
なんて思いもしたけど、正直、そんなわけもないなと思って。ってことは、ってことで意外にも冷静に考えられていたように思う。
俺はゲームの世界に来てしまったのか?
確かに寝落ちするまでプレイしてた気はするが、なんか間抜けな理由だな。
「おーい。聞いてる?」
「あ、あぁ、うん……俺ってキコなの?」
「まだ寝ぼけてるね。君以外にキコなんて人、少なくとも僕は知らないよ」
普通に会話できてる。これが俺の夢とか妄想じゃなければ、異世界に、しかも奇妙なことにゲームとして知ってる世界に来たとしか思えない。
こういう内容は作品として知ってる。だから、なんでそんなことがあり得るんだとか思いながら、我ながら受け入れるのは早かっただろう。
その手の作品に明るいわけじゃないが、今のご時世、珍しくもない。
異世界転生とかゲームの世界に行くなんて、最近では大して不思議でもなかった。
つい最近になってリメイクされた昔のゲーム『
神から与えられる“
ストーリー自体は割とわかりやすい勧善懲悪ものだけど、なんせ選べる仲間が異常に多かったり、キャラクターごとに細かい設定があったり、途中変な選択肢から意外なストーリーに行ったりと面白要素が多くて人気が高かったらしい。
らしいというのは、俺自身がリメイクで初めてプレイしたからだ。
世代が違うからあくまで昔の作品。リメイクされて初めて知ったのである。
リメイクされた作品を買って俺はハマった。面白いようにハマった。
別に寝食や学校を犠牲にするほどではなかったけど、暇さえあればやるくらいに。
その程度でゲームの世界に来てしまうなんて、理由としては弱くない? なんて思いはするけれど、悲しいとか怖いとかより、今は喜びを感じている。
「マジかぁ……俺、なんか変じゃない?」
「ん? 寝坊するのは珍しいけど、他はそんなに」
キコっていう名前に聞き覚えはないけど、スノウとここまで親しい関係ってことはほぼ間違いなく『聖痕伝説』の主人公だろう。
転生や転移とかってより憑依ってやつらしい。
俺はゲームの主人公になったようだ。ちなみに俺が設定した名前じゃない。
今までの記憶が一気にぶわっと蘇ってくる。
前の世界の俺自身のものじゃない。この世界の、いわゆるキコの記憶。
本当に成り代わってしまったみたいだ。
そもそもこの作品、主人公はプレイヤーの分身で細かい設定はほとんどない。名前は変わってるし、容姿も俺自身のものじゃないだろうけど、周りからはすでに俺はキコとして受け入れられてるみたいだ。
自分の顔を触ってみて、顔立ちが違いそうだな、って感じた。
まず手がでかい。俺はこんなに指が長くなかったし、なんとなく強そうに見えた。
「大丈夫? 病気?」
「いや……あれ? さっき仕事がどうとか言ってた?」
「言ったよ。警備隊の仕事。今日からだって」
多分ゲームのプロローグからだな。
フリーシナリオ制である程度は好きなストーリーが作れる『聖痕伝説』は、主人公が故郷の小さな村で、警備兵として働き始めるところから始まる。
プロローグの展開が終わったらメインストーリーが進行するんだが、どの勢力に所属するか、どこにも属さないか、いっそメインストーリーをガン無視するか。好きなように生きることができる。
どう進めたかによってプレイヤーが見るストーリーは全然違うのだとか。
仲間になるキャラクターも全然違ってくるし、SNSで共有してる人は多かった。
「うーん……大変そうだな」
「仕事は大体そうだよ。ほら、さっさと起きて。準備して行くよ」
スノウに腕を引っ張られて無理やりベッドから降ろされる。
この「スノウ」って気安い呼び方は、俺がそうしようと思ってしてるというより、幼馴染って設定がそうさせるのか、半ば無意識的にしてしまうらしい。どうやら主人公の生き様がそのまま今の俺にフィードバックされてるみたいだ。
ゲームの世界で生きるって、普通なら、あらかじめ決まったストーリーがあって、「後にこうなるから先回りしてこれ」ってことができるものなんだろう。
ただ、選択肢が多いフリーシナリオ制って、決まった展開が少なくて結構厄介だ。
原作知識がかなり重要そうな気がする。
しかし好きと詳しいはまた別物。俺はこのゲームの全てを知ってるわけじゃない。
スノウはいいやつだ。
俺の着替えを用意してくれて、着替えてる間に朝食まで用意してくれていた。これで女の子ならもっと違った好きになっていたかもしれない。
ところが、分岐によってはこんなに優しいスノウと敵対する展開もある。
「警備隊か……なあ、魔王が世界を征服しようとしたらどうする?」
「んー? 僕らが倒さなきゃいけないって思ってる? そうはならないよ。魔王が出たら魔王を倒す人が現れる。僕らはあくまでも村を守るのがお仕事」
いきなり質問したのに「頭おかしくなったの?」とか言わないで答えてくれる。
理解が早いというか、俺の扱いに慣れてるというか。
このツーカーの雰囲気。ゲームキャラだっていうのに、とても嬉しい。
「それより君の場合、クビにならないようにまず真面目に仕事すること。いい?」
「はーい……」
「よろしい」
この世界の俺、キコってやつは不真面目なんだろうか。いきなり釘を刺された。
まあ、こんなやり取りも嫌じゃない。
仲のいい幼馴染として心配してもらってるのは伝わるし、にこっと微笑まれると見惚れてしまうくらいイケメンだ。
男だっていうのは知ってるし、何を考えるまでもなく納得してたつもりだった。
ただこうして実際に自分が顔を合わせられるようになると、幼馴染だし、スノウが女の子だったらなぁ、と思わずにはいられなかった。
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