第5話 おかしいね

 最近、茉歩ちゃんの様子がおかしい。変じゃなくておかしい。茉歩ちゃんが変なのは前からだ。


 男子としょっちゅう喧嘩したり、「勝負だ!」とか言って、いきなり2人で校庭に出ていってどっちが早く3周して戻ってくるかとかしたり、早食い競争とかしてパンを喉に詰まらせたりも、まあ変だ。


 だから変なことはいまさらって感じで、そうじゃなくておかしい。


 まずおかしいと思ったのは、急に声色を変え始めたところ。私は茉歩ちゃんのハスキーな声に脳が痺れるような心地よさを覚えるくらい好きだ。あの声で名前を呼ばれるたび、身悶えするのをどれほど必死に我慢していることか!


 それなのに、最近の茉歩ちゃんは引き攣った顔をして「ねえ」とハイトーンの声を出すことにご執心だ。


 チラチラと茉歩ちゃんが私を見ているから、その呼びかけの相手は私なんだろう。でも反応しない。そうしていると、今度は「ねーえ」「ねぇー」「ねぇーん」と2文字の発声方法のバリエーションの限界に挑むかのように、あれこれと試してくる。もはや狂気だ。


 茉歩ちゃんがおかしくなっちゃったのかなぁとちょっぴり心配してると、田村くんがまた「きもちわりーな」と横からチャチャを入れて、2人で喧嘩を始めてるうちにいつもの変なだけの茉歩ちゃんに戻っていた。


 そのうち飽きたのか、茉歩ちゃんはいつものハスキーな声に戻っていた。うん、やっぱりその声が素敵。でも名前で呼んでくれないと振り向かないけどね。


 もうおかしなことはしなくなったのかな、なんて思っていたら、ある日、茉歩ちゃんの様子が朝からおかしいことに気がついた。


 朝の「おはよう」の時から目が真っ赤に充血していて、表情がぎこちなかった。


 これはアレだ。体育祭の当日に、楽しみすぎて寝れなかった時に茉歩ちゃんが見せる顔そっくり。何か楽しみなことがある時に、茉歩ちゃんはそれを隠すことができない。


 うーん。それにしても今日はなにかあったっけ? 茉歩ちゃんの好きな体育はないし、イベントもない。お弁当の中身が好きなもので埋め尽くされていたとしても、ここまでにらならない気がする。


 なんていうか、それは勘みたいなものだった。茉歩ちゃんがまた声色を変えるみたいに何かをしようとしているんじゃないかって。


 その疑惑はお昼前に確信に変わる。お昼前の授業終わり前から、茉歩ちゃんの落ち着きのなさは最高潮に達していた。教室の前方の壁にかかった時計を、1分に1回くらいの頻度で確認していた。


 傍目には板書を真面目に取っている生徒にしか映らないだろうけど、首を上下に動かす様は無音の音楽にヘッドバンキングしてる不審者みたいにも思えてくる。ほんと、茉歩ちゃんはちょっとおかしい。

 

 授業が終わってお昼の時間になると、茉歩ちゃんは逃げるようにトイレを宣言して外へと飛び出した。たぶん何かをやるんだろう。


 茉歩ちゃんの企みに乗っかってあげてもいいんだけど、それだと面白くない。偶には私から茉歩ちゃんに仕掛けてもいいんじゃない?


 そんなわけで私もトイレを宣言して席を起つと、そろりと教室の後ろから抜け出して、廊下の端っこに身を隠して、トイレの方をじっと観察した。


 茉歩ちゃんがやってきた。両手は空気を揉みしだくような仕草をしつつ、いつもより大股開きの忍足でやってくる。あれはもうおかしいっていうカテゴリーでくくっていいのかわからない。獲物を追い込む狼?みたいな。


 そんな不審者全開の茉歩ちゃんは、教室の前の扉じゃなくて後ろに回ると、顔だけを中に入れてキョロキョロと見渡し始めた。


 誰かを探してる。自惚じゃないけど、その相手はきっと私。もしかしてこっそり後ろからきて驚かせようとでもしてた? それを考えてあんな目を充血させて?


 なにそれかわいすぎる。


 いてもたってもいられずに私は音を立てないよう駆け寄ると、茉歩ちゃんの産毛が立ったうなじに息を吹きかけるように、彼女の名前を呼んだ。



「茉歩ちゃん」



 振り返った茉歩ちゃんはクリクリした目がおっきく開いて、ツヤツヤの肌を真っ赤に染めて、



「なんでぇぇぇ!!!??」


 と叫んだ。企みが失敗したことに気付いたのか、涙目になってる。


 あぁ、おかしい。私の大好きな茉歩ちゃんは、変でおかしくて、たまらなく愛おしい存在だ。


 だから、もっと名前を呼んでほしい。




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