第6話 おまじないの効果
「可愛かったなあ」
ベッドの上で転がりながら枕を抱き寄せ、目を閉じながらふわふわの感触に身を委ねていると、間近で見た瑞季の顔が蘇る。
ほんわかとした笑顔がトレードマークの瑞季が、イタズラっぽく笑うあんな顔はじめて見た。
「可愛すぎてしぬんですけど――?!」
こっちが叫んだ姿を見てケラケラ笑う姿は小悪魔そのものだ。でもあんな悪魔になら心どころか身体だってどうされたっていいのに。はぁ、たまらない。
「可愛かったけど、作戦はぜーんぶ失敗しちゃったなあ」
やっぱりわたしの浅知恵じゃあ瑞季を振り返らせることはできない。
次なる妙案はいつまで経っても浮かぶことはなく、やがて訪れたまどろみに目を閉じた。
学校にきても何も変わり映えしない。ぼんやりと思考の海に浸っていると、いつの間にか外の音は音楽の終わりみたいにフェードアウトしていった。
やっぱりおまじないに頼らず、ここは真正面からぶつかるべきなのかな。
ふとした瞬間にそんな弱気が頭をもたげる。
喧嘩ならいくらでも真っ向からぶつかっていけるのに、恋愛になった瞬間に小動物よろしくプルプルと震えているとか冗談はよしてくれと言われそうだ。特にそう、こいつ田村なんて腹を抱えて笑うに決まってる。
ていうか田村、なんか辛そうじゃない?
真っ赤な顔を俯かせてプルプルと体を震わせる田村の横顔をじっと見ていると、幻聴が聞こえてきた。
「おまじないとかまじかよ、田村くーん!」
そうそう、まじかよ。田村。
お前はおまじないって顔じゃないだろ。まあ、わたしだって他人のことはいえないけどさ。
「見ろよ、これ。あいつロッカーの中にこの手紙隠してたんだぜ。好きな相手の名前を7回書いてしまってると結ばれるんだって。えーと、手紙は1、2、3だと、惜しい! 全部で6枚か!」
あれ、なんかおかしくない? これってもしかして幻聴じゃなくてリアル??
意識した途端、ダムが決壊したみたいに怒涛の勢いでざわめきが耳になだれこんできた。
まさかの展開だ。あの田村がクラスの男子に秘密を暴露されている。
田村は戦友みたいなもので、それが辱めを受けているところを見るのは惨たらしい。そんな悪趣味に、せめてわたしだけは付き合わないでいてやろう。
すっと席を立って教室の外へ行こうとしたその瞬間、田村を囃し立てていた男子がわたしの前に立ちはだかった。
「? なに? 邪魔なんだけど」
「なに、じゃないでしょうがー。それでー、どうですかぁ? 田村くんに好きだって思われていた感想は?」
「は?」
なんの冗談だ。笑えない。
ほら否定しろよ田村。お前とわたしはそんなもんじゃないって。おい、いつまでも俯いてるんじゃねー。
それでも田村は真っ赤な顔で机をじっと見たまま固まってて、額からはぽたぽたと大粒の汗が滴り落ちていた。
追い討ちをかけるように、男子が田村の持っていた手紙を「じゃーん」と反吐が出るような効果音をつけて見せびらかしてきた。
そこには――。
下手っぴでガタガタで、でも田村らしいなあと思うような力強い線で書かれた茉歩という名前が書いてあった。
「あれれれー。この反応は、もしかしてまんざらでもないってことですかぁ?? おまじないが効いちゃったりしちゃってぇ?」
違う。
田村のことは異性として意識したことはない。だからこれがもし本気なんだとしたら、答えは決まってる。ごめんなさいだ。
でも。
田村の姿に自分を重ねてしまう。
どんなに強がって見せても、口にする勇気がない時におまじないに頼る心の弱さ。わたしはそれを知っているし、そこにすがっているから。
田村のことを否定してしまったら、この胸に秘めた思いが届く前に全て粉々になって消えてしまうような気がして。
おまじないを、わたしを、否定することはできない。
胸が詰まって何も喋れない。囃し立てる周りの声にますます追い詰められていく中、チラリと視界の隅に映ったのは――ひどく冷たい目でこちらを見返す瑞季の顔だった。
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