第7話 だいきらい

 なんだ、これ。


 世界は色を失ったみたいにモノクロに作り替えられてしまった。茉歩ちゃんが必死になって何かを弁明してるみたいに見えるけど、古いモノクロ映画のワンシーンみたいに音声は何も聞こえてこない。


 なんて言ったっけ、あの映画。ああ、そうだ、確かチャップリン。音がなくても話が通じるってすごいよね。世界もそれくらい単純だったら、きっと幸せでいられるのに。モノクロで音がない世界にずっとなればいいのに。


 話を脱線させるのは悪い癖だけど、いまはずっとこうしていたい。現実なんて見たくない。


 いま見ているのは悪い夢。目を覚ませば明るい色とりどりの世界で、茉歩ちゃんはまたアレコレ考えてちょっとズレた行動をして笑わせてくれるはず。「ねえ、ねえってば!」なんて必死な声を出して。


 それなのに。


 いつまで待ってもこの世界からは目覚めない。


 それどころか音がないはずの世界なのに、さっきから茉歩ちゃんの「ちがう!」「だから田村はさ!」だなんて声が聞こえてくる。やめて、この世界は嘘で悪夢で、音がないはずなのに!


 いやだよ、なんであの男子のことは名前で呼ぶの? 私のことは全然名前で呼んでくれないのに。




 そっか。




 特別なのはあの男子で、私は特別でもなんでもなかったんだ。茉歩ちゃんが私に構ってくれてるだなんて妄想もいいところで、これは自惚れて驕り高ぶっていた私への天罰。


 私のことを見てくれない、名前を呼んでくれない茉歩ちゃんなんてもう知らない。きらい。


 イヤなんじゃなくて、きらいだ。もう、ぜんぶ、どうでもいい。


 あぁ、もう。なんでこんなタイミングで涙が流れるかな。頬を伝うあったかい涙がなんだかとても惨めで、認めたくないから拭うこともできなくて。




 茉歩ちゃんが私を見て、びっくりした顔をした。最悪だ。一番見られたくない人に見られるなんて。


「ねえ」


 困惑したように、くしゃっと眉間に皺を寄せて茉歩ちゃんがそう呟く。

 でもやっぱり、名前は呼んでくれないんだね。



「茉歩ちゃんなんて、だいきらい」




 その言葉は劇薬で、口にしたそばから粉薬を飲んだ時みたいな苦味が口中に広がった。


 明確に茉歩ちゃんを傷つける言葉を投げかけたくせに、茉歩ちゃんがどんな顔をしているのか見る勇気なんてなくてーー。


 私は茉歩ちゃんに背中を向けて教室を飛び出していた。


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