第4話 策士は策を練れず

 「ねえ」だけで振り向いてもらうには、やっぱり2人きりの時に声をかけるのが1番だ。


 でも、瑞季は部活動に入ってないし、わたしは有り余る力を使い果たさないと寝れないほどの体力オバケだから、バスケ部に入っている。だから、2人きりで帰るなんてシチュエーションはいくら願ったところでやってこない。


 なにか適当な嘘をついて呼び出して2人きりになることも考えたけど、やっぱりムリだ。瑞季はわたしと比較にならないくらい頭が良いから、こっちの考えなんてすぐに見破られちゃうだろう。


 それに2人きりの時に「ねえ」で振り返られても、それってなんだかズルみたいな気がする。会ったことはないけど、きっと神様はそういう後ろめたさのある行為を許さない。


 ここは正面突破でいくしかない。

 わたしの本気を見せてやる。


 作戦その1。


 わたしの声は恋愛には向いてない。

 いくら2文字に想いを込めても、それがわたしのかすれた声に変換された瞬間に、想いは木っ端微塵のバラバラに砕け散ってしまう。


 瑞季はハスキーな声でいいよね、なんて言ってくれるけど、無理やりに捻り出したお世辞が心に染みる。


 「ねえ」の代わりに「おい」と言おうもんなら、喧嘩を売られたと勘違いした有象無象と、その瞬間に即席のファイトクラブが開幕されること間違いなしだ。


 だから頭の中で1番可愛い声を想像して「ねえ」と呼んでみた。瑞季の顔はぴくりとも動かない。代わりに田村が横で「うお! なんだその声、きもちわりーな!」と反応した。よし、ファイトクラブ開始だ。


 それからも何度か試してみたけど、友達からは爆笑されたり、わたしの頭がおかしくなったと心配されるばかりで、瑞季にはまったく届かなかった。


 これはダメだ。


 作戦2。


 不意打ち大作戦。

 改めて考えてみると、わたしの呼びかけには距離と位置の問題があるような気がしてきた。


 思い返せばいつもわたしは瑞季の正面から呼びかけてばかりだ。それは瑞季の可愛い顔に眼福を噛み締めつつ、反応してくれそうな頃合いを見計らっているからで。

 

 不意をついたら反応することもあるんじゃない?なんてのは甘い考えだろうか。でもおまじないのためにできることはやっておきたい。


 昼休みはいつも仲の良い友達4人で、教室の窓際の席でご飯を食べている。


 この日、お昼のチャイムが鳴るのと同時に、わたしは「ちょっとトイレ!」と誰に聞かれたわけでもないのに宣言して前の扉から教室を飛び出した。


 視界の端で瑞希がこっちを見ていることには気づいた。


 瑞季の定位置は黒板を正面に捉えた窓際の席。わたしはその正面に座る。つまり、瑞季たちは当然席に近い前の扉からわたしが帰ってくると思っているだろうし、後ろへの警戒は薄い。


 あとはわたしの席の隣に座るみゃーこが横を向いている隙でもつけば、誰にも悟られることなく瑞季の後ろに迫れる。


 椅子の後ろに忍び寄って「ねえ」って言えば、さすがの瑞希だって振り向いてくれるんじゃない? ちょっと脅かしてるみたいでズルい気もするけど、仕方ない。神様、ちょっとだけ目を瞑っていてください。

 

 トイレに行って時間を潰して、準備は整った。後ろの扉に周り、あとは頃合いを見計らってーーって、あれ?? 瑞季がいない。


 教室に戻るとわたしの席の前がぽっかりと空いていた。周りを見ても彼女の姿はない。どこだ。せっかく策を練ったのに、これじゃあ…。


「茉歩ちゃん」


 ふぅっと耳に熱い吐息を感じ、





わたしは絶叫した。

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