第3話 名前を呼ばれたい
みんなはこういうニュアンスの違いについてこだわりが無いのか、私が熱弁したところで「けっきょくさー嫌いってことでしょ」なんて雑にまとめてしまう。
そんなのフリマサイトで買ったお皿が、緩衝材も入れてないピザの箱に入れられて送られてくるくらい雑なことじゃないの?
ふつうの人はそんなことに耐えられるの? もしそれが常識なら、わたしはもうピザは食べない。たった一人だけど、この世からピザの箱が消えるようにささやかな抵抗をするだけだ。
話が脱線するのは私の悪い癖だ。
茉歩ちゃんは高校の同じクラスの女の子だ。ボーイッシュで、女子バスケットボール部に入っていて運動神経がすっごくよくって、明るく元気でクラスの人気者。ちょっと元気が有り余り過ぎちゃって、男子と喧嘩をしていることもちょこちょこあるけれど、裏表が全然なくってそこがとっても――だいすきだなぁって思っちゃう。
高校生になると中学生の頃とちがって、みんなよそ行きの顔の使い方が上手になっている。
私がニュアンスのことを話し始めると、雑なまとめ方をするか、もしくは「ああ、うん、そうだよね」と何が「そう」なのかを明言せずに、面倒そうだからと、もやっとまるっとまとめてポイしようとする。
もちろん直接面倒だなんて口に出さないし、表情もなるべく平静を装っているように見える。でも、本気で隠そうと思っていない感情なんて駄々洩れと一緒だ。向こうだって面倒だと思っていると伝わればいいと心のどこかで思っているだろう。
でも、それは仕方のないことだ。高校生にもなれば、気の合う友人ばかりじゃないし、表面上の付き合いだって増えていく。我を通さずに事なかれでやり過ごすことは悪いことばかりじゃない。
でも、だからこそ――茉歩ちゃんは特別だった。
「ん、待って。嫌いとイヤってちがうの?」
茉歩ちゃんは不思議そうに、そのくりくりの目の上の眉をハの字に曲げて聞いてきた。そこにバカにする感情はまったくなくて、純粋に心から疑問を口にしたんだろうってことが伝わってきた。
茉歩ちゃんはよそ行きの顔をもっていない。いつだって茉歩ちゃんは茉歩ちゃんだし、思っていることは口にする。そんなの普通だって思うかもしれないけど、その普通がなによりの特別なんだ。
少しだけ喉に引っかかったようなハスキーな声で「瑞季」って名前を呼ばれることが、私にとっては何よりの幸せなんだ。
だから、茉歩ちゃんが私のことを「ねえ」って呼ぶのはとってもイヤ。嫌いじゃない、大好きだから、イヤ。いつだって私は茉歩ちゃんに名前で呼んで欲しい。ねえの後に続く名前の位置を、私の名前で独占したい。
ねえ茉歩ちゃん、気づいている?
だから、私はぜったいに茉歩ちゃんが「ねえ」って言っても振り向かないって決めてるんだからね。
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