第12話 黒い雪

 バイクのエンジンを止めた。しん、とした冷気が体を包み込む。激しく舞い落ちる黒い雪が、車体や肩に積もっていく。

 標高一千メートル級の山脈を貫く観光道路の中間付近に幸雄は立っている。ベンチがひとつあるだけの、小さな展望台だ。見下ろす街には、今夜も人々の想いをともす明りがまたたいている。

 重い灰色の空の下、闇に包まれた微かな視界の中に雪だるまが見えた。さっきまでなかったはずだ。いつの間にできたのだろう。

 手足が生えた。立ち上がって、よろよろと歩きだす。つまずいてこけた。新雪に埋もれてもがいている。

 ゆっくりと近づいて助け起こした。髪についた雪を払い、じっと見つめる。

「おかえり」

 白い息とともに声をかけると、大きな瞳が揺れた。

「ただいま」

 雪だるまの中から出てきた遊希は、力が抜けたように幸雄の胸にもたれかかり、顔を埋めてしがみついた。

「雪女最大の能力。それは、死と再生。春に溶けた雪は、冬になるとまた降るんです。でも、それには条件があります」そう言いながら、遊希は上目づかいに幸雄に微笑みかけた。「あなたが忘れないでいてくれたから、私はもどってくることができました」

「忘れるわけ、ないじゃないか」

 冷たい唇に、幸雄はそっと口づけた。時が止まったかのような静寂の中、雪は降り続いている。

「餃子、食いにいこうか」

「はい!」

 落ちこぼれのB級雪女。しかしその存在は、幸雄にとってかけがえのないものだ。ふたりの未来を確かめるように、幸雄は遊希を強く、強く抱きしめた。

 風が吹いた。桜の花びらのように雪が舞い、空には月が――

「あの」闇の中から、声をかける者がいた。「お取り込み中、申し訳ないのですが」

「由紀乃お姉ちゃん?」

「今すぐ、一緒に来ていただけませんか。あなたたちの力が必要なのです」

 やれやれ、と呟いて、幸雄は雪女の手をしっかりと握った。握り返してくる確かな想いを胸に、ひとつ、息をついた。

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B級雪女 宙灯花 @okitouka

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