サクラと少年

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サクラと少年


 少年は夢を見た。


 殺した人間を土に埋める夢だった。


 おぞましい夢にもかかわらず、背景が見事なサクラだったせいか、彼は嫌だとは思わなかった。


(————そう、これは夢だ)


 何人殺したところで心は動かない、ただの夢。


 智哉ともやは秋でも満開の桜をうっとりと眺める。


 花弁が普通より濃い色をしているせいか、とあることを思い出した。


 よく聞く都市伝説だ。


 桜の下には死体が埋まっている、という話。


 薄赤い桜は、他のどの桜よりも見事に咲いていた。


 そして智哉が近くのベンチに腰かけていると、どこからともなく声がした。


「……次は誰を埋めるんだ?」


 見れば、すぐ傍に男がいた。 


 年は十七の智哉より少し上だろうか。


 だが知らない男に恐ろしいことを言われたところで心は動かなかった。


「どうしてそんなことを? 僕が埋めたのを見たの?」


「ああ、何度も見たよ。おかげで赤い桜ばかりになってしまったよ」


「ふうん」


 どうでも良さそうな返事をする智哉に、男は少し尖った口調でたずねた。


「どうして殺したの?」


「別に。ただ、退屈だっただけ」


 夢だからか、すらすらと理由を口にした。


 どうせ夢だから、何を言ったところで捕まる心配もないのだから。


「理解できないね。同胞を手にかけるなんてとんでもないことだ」


「同胞じゃない。ただの他人だよ」


「同じように生きている人間だろう?」


 至極真っ当な言葉に、智哉は思わず噴き出した。


「アハハ――くだらない。同じように生きているからって、僕と同じなわけじゃない。だから同胞なんかじゃない」


「同じじゃないから、殺したのか?」


「そうかもしれない」


 それ以上、智哉の言葉は続かなかった。


 男もまた、同じように黙り込んだ。


 理由を聞いてどうするのだろう。聞いたところで、楽しい話でもないだろう。


 男が智哉に殺しの理由を聞く意味がわからなかった。


 そして智哉自身も、なぜここまで素直に話しているのかがわからなかった。


 (夢の中の自分は、現実よりもずっと愚かだ)


 そして短い沈黙のあと、先に口を開いたのは男のほうだった。


「君の退屈なんてどうでもいいが、これ以上埋めるのはやめてくれ」


「無理だよ」


「どうして?」


「今度は君を埋めなくてはいけないから」


「次は僕を殺すのかい?」


「ああ。知られてしまったから、仕方ない」

 

 智哉は静かに笑った。


 まるで新しい獲物を見つけて喜んでいるような目に、男は険しい顔をする。


 きっと、殺しを繰り返す智哉を嫌悪しているに違いない。


 だが嫌悪されようが、夢の中ではどうでもよいことだ。


 智哉はそっと男に近づいて、首に手をかける。


 智哉よりも高さのある男だが、彼は逃げたりはしなかった。


「逃げないんだね」


「ああ。僕は動くことができないから。でも逃げられないのは君も同じだよ」


「なんだ? 体に桜の枝が絡まってくる……」


「君にとって僕が最後の殺しであるように、僕にとっても君が最初で最後の殺しだ」

 

 男はそう言って消えた。


 そして代わりに現れたのは太い桜の木だった。

 



 ———翌日、今日も平穏な桜並木道を通行人が何気なく行き交う中、ふと誰かのスマートフォンからニュースの声が漏れる。


『きょう未明、……町の公園で少年の遺体が発見されました。少年の死因は不明で、ベンチに座ったまま眠るように……また他にも、桜の下から次々と死体が——』


 その誰かのスマートフォンは、全てを告げる前に閉じられた。

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