ウズルダロウムの少女
まず綴るのは、始まりの舞台と、戦いの主役たるファジルという名の少女の生い立ちである。
ハイパーボリア大陸に存在したかつての大都市、コモリオムが想像を絶する恐怖によって廃都になり六十年と少しが経つ頃。コモリオムの南方には、都を逃げ出した人々によってウズルダロウムという新たな大都市が築かれていた。このウズルダロウムこそ、かの戦いの始まりの舞台だ。
ウズルダロウムは立ち並ぶ家々、天を貫く数々の尖塔、王の住まう壮麗な城、神を讃える厳かな神殿、そのほぼ全てが大理石や御影石で形作られた大都市で、かつてのコモリオムを彷彿とさせる繁栄を大陸中に知らしめていた。
このウズルダロウムを擁する国は王の定める法によって統治される法治国家である。法を犯すものは適切な裁きを受けた後、懲罰官によって罰が下された。
懲罰官の行う罰は罪の重さによって様々であり、単に投獄され自身の行いを省みる時間を過ごす罰から、気の狂わんばかりの苦痛を与えられる罰まで多様である。(処刑のみは専属の首斬り役人の仕事であったが)
あまりに多様な罰が存在するために懲罰官は特殊な訓練を受けた者のみが就ける職業となり、それは次第に一部の家系による世襲制に移行していく。この家系の一つが、ファジルの一家であった。
この一家には当時、ファジルと、ファジルの父親であり、当主であるマンガイのみが名を連ねていた。親戚はほぼ老人ばかりで、一家は半ば滅亡の危機であった。
マンガイの妻は彼を逆怨みした罪人の凶刃によって早くに帰らぬ人となっていた為、家の存続を考え、周囲からは再婚を促す声が多かったが、それが為される事は無く、二人きりでの生活だった。 マンガイの妻は生前、夫と娘との間に何者にも引き裂けぬ絆を築いており、ついには死すらもその絆を断ちきることは出来なかったのである。親子共々、後妻をと囁く周囲の意見を受け入れる気など到底無かったのだ。
再婚をしないことには意見の一致を認めるマンガイとファジルであったが、一つの事柄については言い争いが絶えなかった。懲罰官の後継問題である。
母を殺した罪人への怒りに燃えるファジルは、罪人はすべからく罰を与えられなければならないと信じ、自らそれを果たそうという決意に満ちていた。マンガイの後を継ぐのは自分だと言って憚らなかった。
マンガイはこれに困り果てた。自身の職業によって妻を死に追いやった上、愛しい一人娘に、妻の忘れ形見に、あんな薄暗く、罪人からもれる様々な悪臭に満ち、苦悶の声が木霊するあの懲罰房での仕事に一生の大半を費やさせるなど到底認められることではなかったのである。
マンガイとしては、懲罰官を継いでくれる者をファジルの伴侶に迎えることが唯一の選択肢であった。しかし、これも諸手を上げて推し進める気にはなれない。末席ながら貴族に列せられるマンガイであったが、政略結婚というものには消極的であった。自身が恋愛結婚によって幸福に満ちた人生を送ってきただけに、ファジルにもそんな結婚をさせてやりたいと常々思っていたのだ。
マンガイが頭を抱えているうちに、その若さに見合った行動力を誇るファジルは懲罰官として必要な技術を身につけるべく動き始めていた。家の倉庫から鞭や鎖といったものを持ち出し扱いに習熟する、書庫から書籍を引っ張りだし、医学や心理学に精通する、懲罰に用いられる魔術を学ぶ等、マンガイの目を気にすることなく堂々と行動した。自分が後継であるのだから何も問題無いだろうと言わんばかりの態度であった。
これにはマンガイも大いに気を揉まされた。道具の方も危険ではあるが特に魔術は一歩間違えれば死が待っている。指導者もつけずに学ぶのは危険だと何度も叱るが、ならば自分が教えてくれれば良いと言い返されると弱い。 自分が教えればファジルは自分が後継である確信をますます強め、暗い人生にのめり込むだろう……
考えに考えたマンガイは一つの結論に達した。ウズルダロウムで最も多くの弟子を持つ魔導師の下にファジルを通わせることだ。一人で魔術を学ぶより危険はずっと少なく、その魔導師の下で出会った弟子同士が結婚をしたという話も聞く。もしかすると、懲罰官を継いでくれ、ファジルにも納得される相手が見付かるかもしれない。更に、ファジルと幼い頃から交流のあった、ウマルという少年とムーサという少女も通っているという話なのでファジルも不安が少ないだろう。
これだと確信したマンガイは思いついたその日に魔導師への弟子入りをファジルに提案した。魔術を良い指導者の下で習うことができ、ついでに将来の相手も見付かるかもしれないと。
ファジルはマンガイの狙いが後者であることはわかりきっていたが、大人しく了承した。懲罰官を継がせるかどうかはともかく、将来の相手を探すことはファジルも乗り気だったのだ。
両親の深い絆を見て育ったファジルは、マンガイが娘にそうあれと願っているのと同じく、幸せな結婚を夢見ていた。無論、懲罰官を志す以上自らの手は汚れ、それを受け入れてくれる者が少ないだろうことは覚悟していたが。
――――そして願わくは、その数が少ないであろう者の中に、
ほどなくして、ファジルは名をアイモスという魔導師に弟子入りした。ファジルが十二歳の時である。
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