「天ヶ瀬皐月は馴染まない」-⑭
◇◇◇
「お待たせ、皐月ちゃん」
ゴールデンウィーク三日目。私と愛染さんはグラウンドの端、芝生の部分で待ち合わせをしていた。ほんの数日会わなかっただけなのに、かなり久しぶりな感じがする。
「おはよ、愛染さん」
「久しぶりの皐月ちゃんだー」
愛染さんは私の隣に立つと、私の手を握る。近くで見る愛染さんは、疲れているようにも見える。
「…愛染さん、大丈夫? なんか疲れた顔してるけど…」
「…ちょっとね、やっぱり実家は色々精神的にも疲れちゃうから」
愛染さんのご両親は厳しい方らしいし、お兄さんも3人いるらしい。気を遣ったりで肉体的にというか、精神的に疲れてしまったのだろう。
「でも…」
愛染さんは私と正面から向き合うように移動し、片手で握っていた私の手にもう片方の手を重ねる。
「皐月ちゃんと会って、元気出てきたよ」
「…わ、私で元気になれるなら、いくらでも」
「えー、いくらでもいいだと、練習しないでずっとこうしちゃうよ?」
それは困る…訳でもないのかもしれない。愛染さんがそうしたいならそれでもいいかなと思う。私の手を握って多少元気は出てきたのかもしれないけれど、ここに来た直後の愛染さんは本当に疲れているっぽいと私でも分かるほどだったから。
「いいよ。今日は練習休みにして、のんびりするのもありだと思う」
「…ううん。練習しよ。疲れてるのは精神的な部分だし、むしろ運動したらすっきりするかも?」
「分かった…あ、後で続きするのは、構わない、から」
「…うん!」
私たちは一度芝生に腰掛ける。そして、二人三脚のバンドを取り出す。
愛染さんが体育の先生に聞いてくれたところによると、毎年同じベルトを使っているらしい。私が聞こうかと思ったけど、体育教師は男性だったのでそれとなく愛染さんに聞いてもらった。貸し出しもしてくれるらしく、愛染さんが借りてきてくれたのだ。
今日からはこれを使って、走るトレーニングの予定だ。歩きに関しては、かなりスムーズになっていて、それこそ掛け声がなくてもちゃんと歩けるようになった。
何なら移動教室や登下校で一緒に歩いている時も、歩幅も速度も私たちはまるで鏡写しのように完璧だったりする。
「じゃあ、今日からは少しずつ走るトレーニングをする訳なんだけど」
「はいっ、皐月先生」
「基本的には歩いている時と同じように縛っていない足から交互に踏み出していこう。歩幅は実際にやってみて決める感じで」
おおよその目安はつくけれど、基本的には愛染さんに合わせる形になる。私の方が身長が高い事もあり、私に合わせると愛染さんがちょっと無理に足を動かす必要が出てくるかもしれないからだ。
「距離は100mで、コーナーは無し。曲がる事は考えなくて大丈夫だから、まっすぐ進むことだけを考えようね」
「うん。歩くのと違うから、上手くできるかなぁ…」
「まぁ最初のうちは結構転んだりしちゃうかもしれないけど、そこは順次修正していこう。あ、でも転ぶ回数は増えちゃうから、怪我は注意だね」
いくら芝生の上とはいえ、転んだら怪我のリスクは間違いなくある。愛染さんに怪我はさせたくないから、できる限り早くリズムを合わせたいところではある。
「じゃあ…ジャージも履いた方がいいかな?」
「そうだね。ちょっと暑いかもしれないけど、そっちの方がいいかも」
私たちは今、シャツにハーフパンツだ。この上にジャージを着るのはちょっと暑いけど、背に腹は代えられない。
ハーフパンツの上にジャージを履く。冬場はいつもそんな感じだけど、流石に5月となるとちょっと暑い。
「…流石に暑いね。細かく水分補給と休憩しながらやろう」
「うん。何か冬に戻ったみたいだね」
「ははっ、確かに。ちょっと前まではこれでも寒いって思ってたのにね」
冬の体育は体育館での授業が多いけれど、体育館は体育館でとんでもなく寒い。冷気がこもるというか。そんな中だと、上下長袖でもかなり寒い。動いて温かくなると気にならないけど、動かずに休憩すると途端に冷える。身体を動かすのは得意だけれど、あの感覚は何年経っても慣れないものだ。
「そう考えると、皐月ちゃんとお友達になってもう3ヶ月も経ったんだなぁーって思うなぁ。ふふっ、もう3ヶ月も一緒にいるんだ」
確かに、1月下旬に愛染さんと話すようになって、2月頭に友達になった。あれから3ヶ月。あっという間だった。その間、愛染さんとは毎日連絡を取り合ったり、2年生になってからは毎日のように一緒にいる。通話もして、かなりの時間話している。
でも、話題は尽きることがない。いつだって新しい話題が出るし、いつだって愛染さんと話す事が楽しい。
「確かに、あっという間だったね。けど、高校生活はまだ2年弱残ってる。まだまだ楽しい事はたくさんあるよ」
「…! うん、うん!」
そう、学校生活はまだまだ続く。半分も終わっていない。だから、たくさんの思い出を作っていきたいと思う。この体育祭も、最高の思い出にしよう。
「だから、体育祭も頑張ろう」
「おー!」
◇◇◇
「皐月ちゃん…わたしの事は置いて、先に行っていいからね…」
「二人三脚だよ愛染さん」
まぁ予想はしていたけど、中々にズタボロだった。
走るというのは歩くよりも合わせることが難しい。歩くというのは一定のペースを確保しやすいけど、走るとなると体力により足の回転数も変わってくる。特に愛染さんは体力が少ない。その影響もあってか、足の回転数にムラがかなりある。その関係でタイミングが合いづらいのだ。
「…だってぇ…わたし、ぜんぜんダメでぇ…」
今の愛染さんは、走る際の歩幅と回転数にムラがありすぎる状態だ。一歩一歩がランダムな状態となると、私がいくら反応できたとしても合わせ続ける事は難しい。
「…とりあえず、アレかな。愛染さんが100mをブレなく走り切れるペースを模索した方がいいね。そこを見つけて、歩幅と足の回転を均一化させていこう」
「うん…ごめんね…わたしがもっと運動出来たらよかったのに」
愛染さんが運動得意じゃなさそうなのは、話す前から何となく気づいてはいた。ちょっとだけ、ちょっとだけ予想していたよりは低かったけど。でも、別に悲観する事ではない。これがガチの体育会系学校なら話は変わってくるけれど、麗女はそうではない。極論を言えば、愛染さんが普通に100mを走る速度で二人三脚をしたら間違いなく勝てる。もちろんそう簡単には行かないけど、まだ2週間以上ある。いくらでも修正はできる。
「大丈夫。まだ時間はあるよ。じっくりやっていこう。それに…」
「それに?」
「確かに今は上手くいってないけど、ここから二人の息があって上達するのは楽しいよ、きっと」
そう、成長というものは楽しいのだ。私は中学時代にその経験があった。愛染さんにそれがあったのかは分からないけれど、私と愛染さんが一緒に成長していくのはきっと楽しい。
「それと…その、愛染さんと一緒に作り上げていくの、嬉しいから」
「……皐月ちゃん。うん、そうだね。き、共同作業…だもんね…!」
共同作業という言い回しはちょっと恥ずかしい気もするけど、概ねそうだ。
「うん。だから、私たちのペースで、一歩一歩成長していこうよ」
私は愛染さんに手を伸ばす。愛染さんは私に手を伸ばしてきたところで、私は愛染さんの手をぎゅっと握り、愛染さんを起こす。
「もう少しできる?」
「もちろん!」
それからも転んだりしながら、私たちは練習を重ねる。けれど、愛染さんは弱音を吐くことはそれ以降無かった。愛染さんの表情は真剣そのものだ。その姿が綺麗だなぁ、なんて思ってしまう。
お昼。私たちは9時に待ち合わせをしてそこから練習していたので、3時間弱も練習していたことになる。お互い真剣に、でも楽しくやっていたからか、お互い気づいたらお昼になっていたことに驚く。
「もうお昼か。今日は想定以上に練習したし、ここらへんで切り上げようか」
「分かった。あ、皐月ちゃん。お昼ご飯はどうする?」
「ん? 普通に帰ってシャワー浴びてから食堂かなと思ってたけど」
「あ、あの、じゃあ…」
そう言って愛染さんは自身のバッグの所まで行く。今更だけど、随分大きいバッグだ。
愛染さんはバッグから一回り小さいバッグのようなものを取り出した。
「あの…お、お弁当、作ってきたんだけど…一緒にどう…かな?」
「え、愛染さん、作ったの?」
「う、うん。その、良かったらでいいの」
愛染さんの手作りか。というか愛染さん料理も出来るのか。こんなに可愛くて性格も良くて料理もできるとか、理想のお嫁さんじゃん。
つまりは、愛染さんはわざわざ早起きをして、私と一緒に食べるためにお弁当を作ってきてくれたという事か。
…嬉しい。その、私の勘違いでなければ、私の為に作ってくれたという事だ。他の誰かではなくて、私の事を考えて作ってくれたのだ。
「もちろんいいよ。むしろ、食べたいな」
「…うんっ! たくさん食べてね」
愛染さんはバッグに入れていたレジャーシートを広げる。
学校のグラウンドの隅で遠足みたいな状態になった。まぁ校則に校内で遠足禁止なんて書いてないから大丈夫だろう。そもそも、グラウンドには私たち以外誰もいない。咎める人もいないと思う。
どうやら一回り小さいバッグはお弁当を入れる保冷バッグだったようだ。中から出てきたのはお弁当箱が一つと、その上にはおにぎりが乗っている。
愛染さんはお弁当箱を開ける。中に入っていたのは卵焼きや唐揚げ、エビフライにきんぴらごぼう、ポテトサラダと多種多様だ。量的にも、二人で食べる為に作ったんだなと分かる。
「す、すごい。え、これ全部愛染さんが作ったの?」
「うん。実は昨日戻ってくる前に買っておいたの。昨日のうちに下ごしらえとかしておいて」
帰ってきた連絡が来たのは確か22時近くだったと思うけど、そこから準備していたのか。ただでさえ疲れているはずなのに、それでも私の為に作ってくれたというのはとても嬉しい。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。料理上手なんだね」
まだ食べていない、見た目だけの話にはなるけれど、美味しそうな見た目だ。チラッと愛染さんの手を見るけれど、別に絆創膏が貼ってある訳でもない。漫画でよくある、不器用な子が好きな人のために苦手な料理を頑張る…とかそういう感じではなさそう。多分普通に料理ができる人なのだろう。
「一応、小さいころから習ってはいたからね。でも、こうやってお弁当を作って食べてもらうのは皐月ちゃんが初めてだよ」
つまり私が初めての相手か。いや、ちょっとこの表現には語弊がある。語弊というか意味合いが変わってしまう。私はそんな煩悩に似た考えを振りほどき、お弁当を眺める。
「…すごく美味しそうだね。えっと…いただきます」
どれから手を付けようか悩む。私は割と苦手な食べ物というものは無い。強いて言えば茄子はちょっと得意ではない。それでも出されたら普通に食べれる。アレルギーもない。私は意外と健康体で、あまり風邪は引かないし、花粉症とかのアレルギーもない。食べ物も大体は食べれる。まぁ、精神的な部分で大きい問題はあるんだけれども。
そんなこんなで悩んだ結果、ここは定番の唐揚げを選ぶことにした。
「あ、皐月ちゃん最初何食べるの?」
「んっと、どれも美味しそうだから悩んだけど唐揚げにしようかなぁって」
「そっか、じゃあ…」
愛染さんは箸を持ち、唐揚げを掴む。そしてそれを私の方に持ってくる。
「はい、あ、あーん」
その行為を理解するのに数秒の時間を要した。愛染さんが、私に食べさせてくれるということだろうか。いや、あーんって言ってるしそうなんだろう。愛染さんも照れたようにしている。
いいのだろうか。愛染さんみたいな世界クラスに可愛い子のあーんを私が享受しても。でも、照れたように頬を紅くする愛染さんを見ていると、きっと勇気を出しているのだろう。
「い、いただきます…あーん」
髪をかき分け耳にかけ、私は愛染さんが差し出してくれた唐揚げを口に運ぶ。
口に運んだ唐揚げを噛むとカリっと音がする。そして、唐揚げに閉じ込められていた旨味が口の中にじゅわっと広がっていく。
「ん……美味しい…すごく美味しい!」
脳内食レポは結構様になりつつある気がするけど、口に出すとありえない程にシンプルな感想しか出てこない。けれど、他の言葉が無用なほどに、本当に美味しいのだ。
「ほんと? よかったぁ…えへへ」
「冗談抜きで美味しいよ。っていうか、お弁当の唐揚げってこんなにサクッとするものなんだ…しっとりしてるものだと思ってた」
中学時代は給食で、お弁当となるとバスケの試合の日とかだけだ。そんな中でお母さんはお弁当をよく作ってくれた。お母さんのお弁当はもちろん美味しい。ただ、唐揚げはこんなに歯ごたえがある訳ではなかった。
「最初に低温で揚げて、その後に高温でもう一度揚げるの。そうするとカラッとした仕上がりになるんだよ。あと、下味にマヨネーズを使う事でお肉自身をやわらくしてくれるの」
「へぇ…凄いなぁ。しっかり味も染み込んでて、噛むたびに口の中に味が広がるっていうのかな。愛染さん、本当に上手だね」
私はそこまで料理ができる訳ではない。というかほとんどしない。一応レシピを見ながらならできなくもないけれど、こんなに上手にはできない。
「皐月ちゃんに美味しいって言ってもらえると、頑張ってよかったなぁって思う。皐月ちゃんに美味しいって言ってほしいなって思いながら作ったの」
「…ありがとう。こんなに美味しいお弁当作ってもらえるなんて幸せだよ」
「…ふふっ。喜んで貰えて嬉しい。ね、他のも食べて」
愛染さんはニコニコしながら私に他のおかずを差し出してくれる。
全世界の皆、私は今世界で一番の贅沢をしているよ。
「おにぎりって明太子あるでしょ?」
愛染さんは明太子にドはまりしていた時期があるとのことだったので、あるんだろうなと思って聞いてみる。
「……あ、ある…よ」
やっぱりね。私もだいぶ愛染さんに詳しくなったものだ。
「やっぱり愛染さん、明太子好きなんだね」
「す、好きだけど…もぉー!」
愛染さんはじたばたしている。そんな所も可愛いなと思う。いつも可愛いって思うけどね。
おにぎりの包みを開く。ご飯と海苔のほのかな香りが心地よい。
これ、愛染さんが握ったのか。え、愛染さんが握ったのか。それを私が食べていいのか。
私は別に潔癖症という訳ではないので、普通に握ったおにぎりは食べられる。いや、今は男性が握ったってわかるものはだめかもしれないけど。
「…これも愛染さんが?」
「え、うん。皐月ちゃんに食べてほしいなって…その、あ、愛情込めたから!」
私、愛染さんに愛されすぎじゃないだろうか。こんな幸せがあっていいのだろうか。これは何かの前触れなのだろうか。
というか、素直に愛情と言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。全然嫌じゃないけど、ここまでストレートな好意をぶつけられるのは慣れていない。つまり、私は今とてつもなく顔が紅い。
「あ、ありがとう。その…い、いただきます」
私はおにぎりを口に運ぶ。しっかりとした甘み、硬すぎず、べたつきのない口当たり。つまりは美味しいのだ。
「ん…美味しい。すごい。愛染さんって本当に料理が上手だね。おかずもおにぎりも美味しい。それに、私の舌にぴったりというか、すごく馴染む」
「よかった…ふふっ、頑張ってよかった…」
「何ていうか、こんなに美味しいものを食べさせてもらえて嬉しい。ありがとう、愛染さん」
「どういたしまして。その、また作ってもいいかな…?」
「もちろん。いつでも大歓迎だよ」
実際、毎日食べても飽きないだろうなと思う。私と愛染さんは色んな部分で相性がいいんだなと思う事はあるけど、食の部分でも相性がいいのかもしれない。
私と愛染さんは、二人でお弁当を完食した。多分私の方が食べている。いや、食い意地が張っている訳ではない。美味しいんだから仕方ないのだ。それに、愛染さんが結構な頻度であーんってしてくるんだから食べないわけにはいかない。これは普通に言い訳だけど。だって、そうしてくれるのは嬉しいから。
「ごちそうさまでした。ありがとう」
「どういたしまして。わたしも、皐月ちゃんに食べてもらえたのがとっても嬉しい」
本当に至福の時だ。ちょうど日陰の所で食べていたのでほどよい気温。そんな中で美味しいお弁当を食べる。ここが学園内だという事も忘れてしまう程に満喫してしまった。
そして私は中々に怠惰というか、素直な身体をしているもので、ご飯を食べて心地よい気温の中にいると意識がぼやけてくる。
端的に言ってしまえば眠い。でも流石に寝るのはまずい。かといってここで帰るのもなんか寂しい。
「ふふっ、皐月ちゃんご飯食べて眠くなっちゃった?」
普通に愛染さんにバレていた。
「ね、ネムクナイヨ」
「目がとろんとしてるよ皐月ちゃん」
え、そんなになっているのか。普段は学校だからお昼休み後は何とか耐えてはいる。いや、それでも私は午後の授業結構眠いなと思うけど。ただ、今は愛染さんと二人きりで、休みの日だ。更に言えば私たちは午前中に運動をして体力を消費している。眠くなっても仕方ないのだ、うん。
「…ね、お昼寝しても大丈夫だよ。あと、わたしの膝、使っても…いいよ?」
愛染さんは正座をして、ぽんぽんと自身の膝を叩く。
「…え?」
膝を使う。それはつまり
「…膝枕、してあげようか…?」
膝枕。愛染さんが? 私に?
いいのだろうか。私の頭を愛染さんのふとももに乗せるという事だ。そんなことをしていいのだろうか。
したくないかと言われたらしてみたい。いやでも、もし他の人に見られたらと考えるとリスクがある。でも愛染さんがしてあげようかと提案してきたのだ。断りたくない。
「…えっと、お、お邪魔します?」
「はい、どうぞ」
私はおずおずと横になりながら愛染さんのふとももの上に後頭部を乗せる。
愛染さんの手を握った事はあるし、抱き合った事もある。でも、ふとももに触れるのは初めてだ。愛染さんのふとももはやわらかくて、すべすべしている。それにあたたかい。
「…どう、かな?」
「…その、やわらかい」
あれ、何かこれセクハラみたいになっていないかな。
「や、やわっ…!? その、寝心地とか、だよ」
「あ、うん…えっと、すごく快適」
私は仰向けになっている状態なので、愛染さんを見上げる形になっている。愛染さんと目が合う。その照れたような仕草が可愛くて、でも今のこの状況がめちゃくちゃ恥ずかしくて私はつい目を瞑ってしまう。
「…ふふっ、皐月ちゃんはいつも頑張って偉いね」
そう言って、愛染さんはそっと私の頭を撫でてくる。愛染さんの手が私に触れると、私は身体が熱くなることを実感する。
親友ではあるけれど、同い年の子にこうやって膝枕をしてもらって、頭を撫でられている。普通に考えたらあまりない体験だ。
冷静に考えれば恥ずかしいはずなのに、それを受け入れている自分がいる。
「は、恥ずかしいって…」
「そんな皐月ちゃんも可愛い。ふふっ、体育祭頑張ろうね」
愛染さんの私の頭を撫でる手は優しくて、あたたかい。私は普段、あまり人に触れられることがない。小さい頃はよくお兄ちゃんと手を繋いで歩いていたし、お父さんは褒めるときにいつも私の頭をポンポンと撫でてくれていた。けれど、中学3年以降は私に触れる人は今までいなかった。大切なはずの家族でさえ、触れられるのが怖かった。
けれど今、私は愛染さんの膝を枕にして、愛染さんに撫でられている。私はきっと、他の人が膝枕してあげると提案してきたら断っていたと思うし、他の人が私に触れるのはあまりいい気分ではない。新藤さんは最初こそいきなりふとももを触ってきたけど、それ以外で直接接触してくることは無かった。
つまりは、これはトクベツな事。愛染さんだけは、トクベツなんだと思う。
「うん…ありがとう…愛染さん」
「えっ?」
「…私を、こんなにも受け入れてくれて」
愛染さんのあたたかい手とふとももの感触に、私の意識は少しずつぼやけていく。正直、私は今何を言っているのかも曖昧だ。
「さ、皐月ちゃん…」
「私…愛染さんと友達になれてよかった…私は、幸せ…だよ」
ほどよく心地よい気温と環境に、私の意識は微睡へと落ちていったのだった。
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