「天ヶ瀬皐月は馴染まない」-⑨
◇◇◇
翌日のホームルーム。体育祭の種目決定が行われた。
新藤さんは100m走と障害物競走、戸鞠さんは200m走、私は1000m走。そしてクラス対抗スウェーデンリレーにこの三人と、バドミントン部所属の加瀬さんを加えた四人で出場する。
スウェーデンリレーとは、1000mを100m、200m、300m、400mで分担して走るリレーだ。加瀬さんが100m、戸鞠さんが200m、私が300m、新藤さんが400mだ。
私はそれとは別に、二人三脚にも参加する事になった。
というのも、愛染さんに誘われたからだ。体育祭は基本的に少なくとも2種目には参加する必要がある。愛染さんは借り物競争と二人三脚だ。一緒にやりたいと言ってくれた。
「その、皐月ちゃん、がんばろうね」
「うん。今度練習しようか」
二人三脚はお互いの動きが一致しなければすぐに転んでしまう。つまり、意思疎通をしっかりできないといけない。更に言えば、ペースは愛染さんに合わせる必要がある。
せっかく二人で出るんだから、良い結果にしたい。
「うん、足引っ張らないようにしないと…」
「ははは、大丈夫だよ。まだ一ヶ月ちょいあるし」
放課後、私たちは教室に残りそんな感じで話していた。
今日は金曜日。愛染さんは明日明後日と時渡さんとの会談がある。もう少ししたら迎えの車が来て出かけるそうだ。
つまり、今週の土日は暇だ。寂しい。
「明日から練習できれば良かったんだけどね…予定入っちゃってごめんね」
「気にしないで。毎月あるんだから仕方ないよ」
「ん…その、明日とか夜電話してもいい…?」
「もちろん」
明日の夜は少しだけ退屈がなくなりそうだ。
「やった…!じゃあ、電話できそうな時にメッセージ入れるね」
「分かった。楽しみにしてる」
「うん、わたしも!」
その後、迎えが来たようで愛染さんと昇降口で別れた。愛染さんが見えなくなるまで見送った後、私は普段行かない場所へと向かう。
図書館方面に向かい、途中の分かれ道を逆方向に。ここにあるのは麗女の生徒が自由に使えるジムがある。
割と立派だけど、中はガラガラだ。数人しか人がいない。
このジムには筋トレ用のマシンがそろっていて、その他ランニングマシン等もある。この先にはプールもある。プールは水泳部が使う事も多いけど、そんなにがっつり活動している訳ではないので空いている日も多い。
麗女はあまり運動系が盛んではないこともあり、ジムの使用者もそこまで多くないらしいとは聞いていたけど、本当に少ない。結構広い空間に、私含めて人数は一桁だ。
私はロッカールームへと向かい、体操服に着替える。靴も体育で使う用の運動靴。体育の授業と体育祭以外で体操服を着る機会があるとは思わなかった。
麗女は制服はかなり可愛らしいというか、凝ったデザインだ。ちょっと私には似合わない感じはしないでもないけど、そこは流石の制服。私でも案外違和感はないように出来ている。愛染さんなんかは元が完璧なのに制服を着ると更に可愛い。
なんだけど、体操服は非常にシンプルだ。何なら私の中学時代と大差が無い。入学した年によって色合いが違う。私の代は青色だ。パンツが青、シャツが白、ジャージは上下ともに青。何となくだけど、日本っぽい感じはする。偏見だけど。
私はスカートの下からハーフパンツを履いてからふと気付く。
シャツだけだと下着が透ける。周りあんまり人がいないし、そもそも女同士だし別にいいかと思わなくもないけれど、これから運動して汗かいて下着が透けているのはやっぱり恥ずかしい。今日は元々ジムに行ってみようと考えていたわけではなかった。体育祭の種目が決まって、出るからにはせっかくだし勝ちに行こうと急にやる気を出しただけだ。なので、運動用の準備をしてきた訳ではない。
一旦寮に戻った方がよかったかなとちょっと後悔。でも今から寮に戻ってまたここに行くのは正直面倒くさい。
まぁ今日は軽く流す程度の運動に留めておくことにしよう。
そういう考えに落ち着いて、私はジャージを羽織る。これなら透けても問題ない。めちゃくちゃ暑くなりそうだけど。
トレーニングルームに入り、私は奥にあるランニングマシンの近くに行った。近くのベンチにスポーツドリンクやタオルを置く。
麗女のジムは、タオルやドリンクはいくらでも使用可能となっている。更にはプロテインやらクエン酸なんかも窓口に言えば貰える。
私はプロテインの味が結構苦手なのであまり使ったことは無い。逆にクエン酸のスティック粉末は嫌いじゃない。
貰ったのはスティック状の袋だ。中にクエン酸やアミノ酸なんかが入っていて、スポーツドリンクや水に溶かして水分補給として使う。すっぱさが運動後に染みて、運動したなぁという感じになるのだ。
タオルなどを置いた後は準備運動だ。全身のストレッチ。中学時代の部活前もよくやっていた。
ストレッチをするのとしないのでは、運動時のパフォーマンスが変わってくる。
大雑把に言うと、運動前の身体は運動をするための状態ではない。なので良いパフォーマンスで運動ができない。だから、その良いパフォーマンスで運動できるような状態に持っていく。
大体私は10分前後の時間をかけて全身の筋肉をほぐしていく。その後、ランニングマシンに行き、遅めのスピードで動かし始める。メニューにウォーミングアップというセットがあったのでそれを選んだ。最初はウォーキングで、徐々に軽いジョギングみたいなものに変わっていく。おおよそ20-30分程。バテない程度の速度。
懐かしい感じだ。私は案外走るのが好きで、中学時代もよく一人でランニングをしたりしていた。おかげでバスケ部の中でも体力だけなら1、2位を争えるほどだと思う。中学時代の学校行事にマラソン大会があったけど、大体1位か2位だった。ちょっと自意識過剰だけど、中学時代の私ってだいぶハイスペックだったなと思う。まぁ麗女では勉強は全然ダメだけど。
ウォーミングアップのセットメニューが終わる。夜の時間もあるし、とりあえず30分のランニングをすることにした。先ほどまでのウォーミングアップよりもペースを速める。早すぎても意味がないので、30分間走りきる事を意識した速度を目指す。
最初は走りながら速度を少しずつ上げていく。ちょうどよさそうな速さで速度を固定。
うん、良い感じ。
まっすぐ前を向く。体勢を崩さず、フォームを保ったまま。私はただひたすらに走り続ける。
しばらくサボっていたけど、やっぱり運動は良いなと思う。人目を避けたいと思ってジムに行くのもしなかったけれど、もっと前から来ておけばよかったなと思う。
30分後。マシンからタイマーの音が鳴る。私はボタンを操作し、クールダウンのメニューを押す。
今のペースから徐々に速度を落とし、最後はウォーキングになるメニュー。速度が落ちる度に、身体が熱くなるのを感じる。それと同時に、汗が噴き出ているような感覚。走り切ったんだなという実感が、走る事の楽しさとして感じられる。
大体1時間前後のトレーニングといった所だろうか。今日はこんな感じでいいだろう。初日からこれ以上やった所で続かなくなるかもしれないし。
「天ヶ瀬さん、おつかれー」
ランニングマシンから降り、タオルで汗を拭い水分補給をした所で後ろから声がかかる。
振り返ってみれば、そこには新藤さんがいた。
「新藤さん…新藤さんもジム来てたんだ」
「まぁね。今日は部活無くて暇だったからさ、筋トレでもしようかなってね」
新藤さんはグッとポーズを決め、力こぶを見せつけてくる。
「そうだったんだ」
「そういう天ヶ瀬さんこそ、珍しいじゃん?ウチ、結構ジム通ってるけど見たことなかったよ」
「まぁ、今日初めて来たからね…」
新藤さんは確かにジムに通っててもおかしくなさそうだ。腕や脚はしっかり鍛えられている。このジムにはウェイトトレーニングの機器も多くあるので、それを使っていたのだろう。
「結構ガッツリ走ってたねぇ」
「そう…かな。今日は初日だから割と抑えた方だと思うけど」
「それだけ走れる生徒、麗女じゃ少数派だよ」
確かにそうかもしれない。昨日の体力測定も大半のクラスメイトは疲れ果てていた。何なら今日は筋肉痛に苦しむ人も結構いたし。
「天ヶ瀬さん、体育祭に向けてのトレーニング?」
「まぁ、そんな所かな」
「真面目だねぇー。随分やる気じゃない?」
確かに、今年の私は体育祭へのモチベーションは高い。じゃなければジムには来ないだろうし。
「まぁ、せっかくだしね」
「ふぅん。それって愛染さん絡み?」
新藤さんは少しばかり目つきを変えた気がした。もしかして、私は試されているのだろうか。値踏みされそうになっているのだろうか。あまり麗女の生徒らしくないと思っていた新藤さんも、ここに愛染さんがいないから私に探りを入れようとしているのだろうか。
「…いや、ど、どうかな」
私は意図的にはぐらかすかのように答える。その言葉に、新藤さんは少し目を丸くした後、
「あ、ごめんごめん。何か怪しい事考えてるとかじゃないよ。単純な興味ってやつ。だって、去年はクラスメイトとまともに会話してなかった天ヶ瀬さんが、進級したらいつの間にか愛染さんと仲良くなってたからさ」
そう言ってきた。実際、私は愛染さんと話すようになるまで本当に最低限の会話しかしてこなかったし、愛染さんと友達になってからも一年生の間は同じスタンスだった。
対外的には、春期講習でたまたま隣に座って話すようになったという事にしている。
「まぁ、春期講習で仲良くなったから」
「にしてもだよ、今まで誰とも話してなかったのに、何で春期講習で愛染さんと話すようになったの?」
「席が隣で…」
「ってなると、愛染さんから話しかけてきてって感じ?」
「ま、まぁ…そうだね」
結構ぐいぐい来る。とりあえず私は、事前に愛染さんと話をまとめていたので、その通りに答え続ける。
「…愛染さんから、か」
ふと、新藤さんは珍しく考え込むように腕を組んだ。
「…どうしたの?」
「…いや、何でもないよ。ねぇ、天ヶ瀬さん」
「なに?」
「麗女、楽しい?」
新藤さんは私の目を見ながら問いかけてくる。
楽しいかどうか。少なくとも入学当初から年明けまでは楽しさなんて一つも無かった。
愛染さんと友達になった今は、学校生活は楽しめていると思う。けれどそれは、愛染さんと過ごす日々が楽しいのであって、麗女という環境が良いからなのかと言われるとよく分からないというのが本音だ。世間から隔離された場所の女子校。少なくとも私のトラウマは刺激されない場所だ。そう思えばここは私にとって安全ではある。
「まぁ、今は結構楽しめてるとは思うけど」
「そっか、それならいいんだ」
「…新藤さんはこの学校嫌いなの?」
新藤さんが何でそんな質問をしてきたのかは分からない。けれど、何らかの意図はあるのだろう。
「うーん…どうかな。友達はいるし、そういう意味では、高校生活としては楽しんでるよ」
「何か、含みのある言い方だね」
「はははー、まぁね。ウチは高校生活は楽しいけど…うん、正直に言うと、麗女は嫌いだよ」
少し意外だった。いや、新藤さんは結構体育会系っぽいし麗女っぽさは無いなと思っていたけど。でも中等部から通っているこの麗女を素直に嫌いと言う事が意外だ。
「…そうなの?」
「まぁね。天ヶ瀬さんはさ、中等部からの生徒は序列があったりとかって話は聞いたことある?」
「まぁ、それはね。あとは何か駆け引きやら打算があるとかっていうのも」
実際、私はそういった部分を見たことはない。愛染さんが言っていたから知っているだけだ。なので、正直本当にそんなことがあるのかはちょっと疑わしいと思っていた。
「天ヶ瀬さん的にはどう?本当にあると思う?」
「…どうなんだろ。私は外部入学生だし、特に令嬢って訳でもないから、正直よく分からないんだよね」
「だろうねー。まぁ、言っちゃえば、あるよ。そういうの。まぁ表立ってバチバチにやりあうとかは無いけど」
あるんだ。愛染さんが特殊な立ち位置だからだと思っていたけど、新藤さんもそういうのであれば、事実なのだろう。
「ウチはさ、そういうのあんまり好きじゃないんだよね。何ていうかなー…人間関係ってそんな薄氷の上を歩くようなものじゃないと思うんだよね」
「…なるほど」
「常に誰かの顔色を窺ったり、自分の地位の為に誰かを利用するとかさ。ウチはそういうのを見てきた」
中等部からそんなことが行われているというのは、何というか恐ろしさを感じる。私たちのような一般人が部活に励み、勉強に嘆き、恋の花を咲かせている間に、麗女では華やかな舞台の水面下でそういった駆け引きが行われていたという事だ。
「…その、天ヶ瀬さんにこういう事言うのもアレなんだけどさ」
「ウチ、愛染さんが苦手なんだ」
嫌い、とは言わなかった。どちらにしても、愛染さんが苦手な人っているんだなというのが最初の感想だった。でも、だからと言って私は特段怒ったり等はしなかった。誰にだって苦手な人はいる。だから例え愛染さんが嫌いだという人がいてもそれは仕方のないことだ。もちろん、愛染さんに悪意を向けるというのであればまた別の話ではあるけれど。
「珍しいね。愛染さんなんて、それこそこの麗女のトップなのにそれを鼻にかけないと思うけど」
「あぁ、もちろん愛染さんが嫌いな訳じゃないんだよ。ただね、何というか…罪悪感、かな」
「…罪悪感?」
珍しく、新藤さんは言葉を濁すというか、詰まらせるような素振りを見せる。
「愛染さんってさ、中等部2年まで仲のいい子がいたんだよね」
「…ふむ」
「でも、仲がいいと思っていたのは愛染さんだけだった」
それは、つまり。
「その子は、っていうかその子の家は、愛染さんと仲良くするふりをして、愛染ホールディングスに探りを入れる…天ヶ瀬さんに分かりやすく言うならスパイみたいな感じかな」
「……」
「裏ではさ、その子は傲慢だった。まぁ性格に難があったんだけど猫を被っていたって訳ね」
「…話は分かるんだけど」
分かるけれど、それが何で新藤さんが愛染さんを苦手に思うのかが分からない。
「…その子が裏で愛染さんの事を話す相手の一人がウチだった」
「…そういう事か」
「うん。ウチはその子が愛染さんの内情や愚痴を吐くところを何度も見てきて、聞かされてきた。でもね、ウチはそれに対して何かアクションを起こす事はしなかった」
つまりは、新藤さんはスパイの存在、そして愛染さんを利用しようとした本人からその話を聞かされていて、でも何もしなかった。
でも、それは果たして悪い事なのだろうか。正義感の名のもとに糾弾すべきだったのだろうか。それはきっと難しい。それをして、もし上手くいかなければ新藤さんは麗女での居場所を失うだろう。
「結局、中等部2年の終わりにこの事が愛染さん本人にバレたんだ」
「…泣きそうな顔をしていたよ。愛染さんにとっては大切な友達だと思っていたんだろうね。2年の時はウチも愛染さんと同じクラスでさ、結構話してたんだよ。あの子から貰ったシャープペンシルを大事そうにしてた」
「さんざん利用されて、でも裏切られた。なのに愛染さん、泣きそうな顔をするだけで、怒ったりしなかった。きっとあの子にも事情があったんだと言って、愛染さん自身はあの子を許した」
「最終的に、この一件は愛染ホールディングス本家に話が行ったみたい。その子は3年に上がることなく、自主退学したよ」
つまり、その子の家は愛染ホールディングスに消されてしまったという事だろうか。流石に物理的に排除したという訳ではないだろうけど。
「あぁ、殺されたとかそういう物騒な話じゃないよ?愛染ホールディングスに買収されて、結果的には解体されたって話」
「十分物騒じゃない?」
「あはは、まぁ買収とかなんてよくある話だよ」
私は社会情勢等に詳しい訳ではないし、そもそも会社とかそういった事もよく知らない。でもたまにニュースで合併とかの話は出てくるし、まぁありえないという話ではないのだろう。
「まぁ、それ以来ウチは色々罪悪感とかあって、愛染さんと上手く話せないんだよね」
「…でも、嫌いじゃないんだよね?」
「もちろん。好きか嫌いかで言えば好きだよ。ただ、ウチはその子と愛染さんの事を知っていながら何もしなかった。見て見ぬふりをしていたんだよ」
「…それは、仕方ない事だと思うけど」
少なくとも、その一件に入り込みすぎたら、新藤さんの立場が怪しくなっていたかもしれないし、最悪新藤さんに罪が擦り付けられていた可能性だってあったのかもしれない。なら、何もしなかった事は決して悪くない。にも関わらず新藤さんは罪悪感を覚えている。それはきっと、何もできなかった無力感もあるのかもしれない。
「それにね、きっと愛染さんはウチがあの子から色々聞かされていた事を知ってると思うんだよね。でも、それを咎めることもしなかったし、糾弾する事もない。あくまで愛染さんとその子の問題であって、話を聞いていたウチらは悪くないって判断だろうね」
「まぁ、だろうね。話を聞いている感じ、新藤さんには悪意は無さそうだし」
それなら、愛染さんなら許す…というか、関係者じゃないと判断しそうだ。
「もちろん悪意なんて無いよ。ただね、何も言われないからこそ罪悪感があるんだ。ウチにも怒ってくれたりしたら、きっとウチは全力で謝ってたと思う。でも、愛染さんはウチを悪いなんて思ってないんだよ。だからウチが謝罪をすることに意味はない。それがね、ずっと引っかかってるんだ」
やっぱり人間関係というものは面倒だな、と思う。お互いの考えがすれ違っているからこそ起こるズレだ。多分、愛染さんは事情を説明して謝罪した所で、新藤さんは悪くないと言うと思う。許す許さないの所にいないのだ。でも新藤さんは自分の罪を償いたいと思っている。正直な所、罪ではないと思うけど。許してほしいというものではなく、単純に謝りたいと思っている。これはきっと、交わる事が無いだろう。
「……」
ただ、私はそれをどうすることも出来ない。これはあくまで二人の問題であり、2年以上前の事だ。私が軽率に首を突っ込んでいい話ではない。
「私は正直、二人がこの後仲良くするかどうかなんて知った事じゃないんだけどさ」
「…」
「私は愛染さんと楽しい学校生活を送りたい」
「…うん?」
新藤さんは呆気にとられたようにしていた。うん、私が唐突に話したのが悪い。
「そのためにはさ、私も変わっていかなきゃいけないんだよ。少しずつでも」
「だから私は、去年までの考えを変えた。天ヶ瀬皐月は築かない。人間関係を築かないと決めていたけど、それを変えて愛染さんと友達になった」
「…考えを、変える」
「愛染さんと友達になってからは、愛染さんとは話していたけど他の人とはあまり話していなかった。天ヶ瀬皐月は馴染まない。愛染さん以外とは今まで通りでいいと思ってた」
いつの間にか、新藤さんは私の目をじっと見ていた。私の後に続く言葉を待っているかのように。
「でも、私は愛染さんとこの学校生活そのものを楽しんでいきたいと思うようになった。そのためには、私は少しずつでもクラスの皆に馴染んでいきたいと思う」
「それは新藤さんに対してもね」
「新藤さん、私は変わるよ。新藤さんはどうする?」
そう。私はこの数ヶ月で一気に変わった。誰とも関わらないと思っていたはずなのに愛染さんと友達になり、親友に進歩した。愛染さんだけでいいと思っていたけど、クラスメイトとも少しずつ関わっていこうと思うようになった。
キッカケは何でもいい。人間というものは変わる事が出来る。
新藤さんが抱えている罪悪感がどのくらい大きいのかは、正直分からない部分がある。私の思っている以上に根深いのかもしれない。それでも、そうやって避け続けるのは余計に辛くなる。私が言えた話ではないのかもしれないけど。
「…はははっ、いやぁ、天ヶ瀬さんは面白いね!」
「…笑わせるつもりはないんだけど」
「いやいや、馬鹿にしている訳ではなくてね。変わる…かぁ。確かに今の天ヶ瀬さん、1年の頃と比べると全然違うよ」
他者から見た私はそういう感じだったのか。もしかしたら表情にも出ていたのだろうか。
「…ウチもね、中等部時代は結構愛染さんと話す仲だったからさ。またあの時みたいに話したいなぁとは思っていたんだよね」
「もちろん今すぐに、とはいかない。天ヶ瀬さんの話を聞いても、罪悪感は消えないからさ。でも、努力はするよ。このまま天ヶ瀬さんに負けるのも癪だしねぇ」
「え、なんでさ」
勝ち負けの話ではなかったはずなんだけどなとは思うけど、どうやら少しばかり前向きになってくれたようだ。
「ウチ、こう見えて負けず嫌いなんだよ」
「え、えぇ…? 勝負してなくない?」
「してなくてもね。でも、ありがとう」
「…?」
「キッカケをくれてさ。うん、愛染さんが天ヶ瀬さんを気に入る理由が何となくわかった気がするよ」
私を気に入る理由か。何だろう。今度愛染さんに聞いてみよう。
「えっと、どう…いたしまして」
「それと、せっかくだしウチとも仲良くしてくれると嬉しい」
「それは、もちろん」
「やったね。じゃあお礼に愛染さんの事教えてあげるよ。寮に戻りながら話そうか」
私たちはシャワーを浴び、制服に着替え、寮へと戻る。
ちょっとだけ、愛染さんについて詳しくなった。
それと、多分二人目の友達ができたと思う。私のスマホに登録された、家族以外で二人目の名前。ちょっとだけ、誇らしく感じた。
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