「天ヶ瀬皐月は馴染まない」-⑦

 ◇◇◇



 2年生が始まり数日が経過した。私と愛染さんは、修学旅行のアンケートで宮城・秋田を記入して提出した。周囲の話を聞く感じだと、傾向通り大阪が人気のようだ。逆に宮城・秋田に行くという声は私たち以外で出ている感じではなかった。

 戸鞠さんと中江さんも大阪にしたようだ。戸鞠さんが言うには、中江さんは大人しく見えて意外とアグレッシブらしく、USJのコースター系を全部乗りたいと言っているらしい。軽く調べてみたけど、ハリウッドドリーム・ザ・ライドというジェットコースターには通常版とバックドロップ版があるらしく、バックドロップは進行方向から背を向ける、いわゆる普通のジェットコースターと向きが反対らしい。そして、落下する時に頭から落ちていくような感じになるとか。怖すぎるでしょ。私はコースター系は別に苦手ではないし割と好きな方だとは思うけど、頭から落ちていく感覚は普通に怖いと思う。

 戸鞠さんは私と愛染さんにも物怖じすることなく話しかけてくる。私は相変わらず距離感を掴み切れずにしどろもどろな対応になっている。そして、戸鞠さんが話しかけてくるので一緒にいる中江さんとも少し話した。けれど、お互いに人見知りというか、距離感を掴むのが苦手と言うか、かなり他人行儀な会話になってしまった。

 それでも、戸鞠さんがこちらに来るたびに一緒に来て、私に話しかけてくれたりするあたり凄く良い人なんだろう。

 他の人は、愛染さんとは話すけど私とはあまり会話をしない。いや、軽く話しかけてはくれるんだけど、中々うまく返せないだけだ。

 分かりきってはいたことだけど、愛染さんと話していると視線を感じる機会は間違いなく増えた。けれども私に探りを入れてくる人はいなかった。序列一位の愛染さんの手前、下手には動けないのかもしれない。

 何とか、普通に他のクラスメイトとも接する事ができればいいんだけど、愛染さんと話すようになるまでまともな会話を家族以外としていなかったツケが今回ってきているような感じだ。


 今日の4・5・6限目、つまり午後全ては体育だ。体力測定を行う。この体力測定というのは、体育祭の参加種目にも関係してくる。

 麗女の体育祭は5月中旬に行われる。種目は複数あり、必ず2種目以上の参加をしなければならない。

 陸上競技のようなものから借り物競争、綱引き、そして部活や委員会等のダンス等幅広い。

 借り物競争等はともかく、この陸上競技は麗女ではとんでもなく人気がない。いや、人気がないは少し語弊がある。参加は人気がない。観る方は人気だ。まぁ、100m走とか速い人はかっこよく見えるもんね。去年は3年生の先輩が国体出場レベルに足が速い人がいて、その圧倒的な速さに学年問わずに見惚れていた。実際、その人は体育祭後はかなりモテていて、告白されたこともかなりあったとか。

 ちなみに私は去年200mと1000mに参加だった。去年はかなり体力測定で手を抜いていたけれど、それでもクラス上位だった。おかげで特に人気のない1000mに駆り出されてしまった。まぁ、チーム戦じゃなかった分多少は気楽だったけど。

 今年に関しては、体力測定は本気でやろうとは思っている。もちろん、この1年マトモに運動はしていない。強いて言うなら、勉強が行き詰った時に軽く筋トレをしていたくらいだ。かなり体力は落ちていると思う。

 それでも本気でやろうと思った理由は、まず学校生活をちゃんと楽しもうとしようと思ったから。それと、愛染さんが見ているから。普段良い所のない私が、ちょっとだけ活躍できるのが運動だ。まぁ、アレだね。ちょっとだけ、愛染さんにかっこつけたいっていう邪な思いもあるのだ。ちょっとだけね。

 体操服に着替え、体育館に向かう途中、愛染さんはあまり乗り気ではないのか、渋い表情を見せていた。

 愛染さんは運動があまり得意ではない。クラスでも下位なのは間違いない。体育のランニング後なんかはこの世の終わりみたいに息を切らしている。吐息がちょっとえっちだとかそんな事も思わない程に、ぜーはー言っている。

 まぁこれは他のクラスメイトも同じだ。うちのクラスで運動できそうなのは、1年の時から同じクラスだった、バレー部所属の新藤さんくらいだろうか。戸鞠さんも運動できそうな感じではあるけど、あまり覚えていなかった。今年同じクラスになった人はちょっと分からない。バドミントン部に所属しているらしい加瀬さんは運動できそうな感じではある。

 麗女は運動系の部活が盛んではない。運動系でそれなりに活動しているのはバレー部とバドミントン部くらいだと思う。部活や委員会の参加は強制ではないけれど、委員会やインドア系の部活が盛んだ。

 生徒会は結構人気だ。海外の大学への進学を考えている人にとっては、麗女の生徒会に所属していたという実績は結構なアドバンテージになる。生徒会選挙の時期は、女子校とは思えないほどに盛り上がったりする。私はよく分からないのでとりあえずやる気のありそうな人に投票したくらいにしか覚えてはいないけど。

 愛染さんは生徒会に立候補するのかと思って聞いた事があるけど、特に立候補する予定はないらしい。海外の大学に行くわけでもないので、やる理由がないとか。思ったより現実的と言うか、てっきりご両親の意向で立候補させられるものだと思っていた。

 なので、私的に重要な行事といったら体育祭と修学旅行くらいのものだ。


 「…体力測定、かぁ…」

 愛染さんは非常に味のある、渋い表情を見せたまま体育館へ向かっている。

 「麗女で体力測定得意な人は少なそうだよね」

 「皐月ちゃんは運動できるもんね…皐月ちゃんの測定を見れるのは楽しみだけど、わたしも走ったりするのはね…」

 「ま、今日だけだし頑張ろう」

 うぅーん、という肯定なのか否定なのか曖昧な返答を見せる愛染さん、新鮮だ。


 麗女の体力測定は、文部科学省の定める「新体力テスト」を行う。握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、1000m持久走、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げだ。持久走かシャトルランは選択式らしいけれど、麗女では1000m走らしい。

最初に体力測定の説明を受けてから準備運動を行う。中学時代の部活では毎日のようにやっていた準備運動も何だか懐かしくさえ感じる。

 体力測定はペアで行う。去年は入学してすぐだった為、出席番号の前後でやることになった。今年は自由だ。私と愛染さんは隣り合って立っていたし、すぐに目が合ったのであっという間にペアが決まった。

 最初は握力。中々ユニークな形をした握力計がペアに渡される。正式名称はスメドレー式握力計というらしい。右手、左手の順番で計測し、それぞれ2回計測して数字の良いものを採用する。今回は私からやることになった。

 直立し、軽く深呼吸をして体勢を整える。そして、一気に力を放出するように握る手に力を込めた。

 32kg、結構いい感じじゃないだろうか。計測器の数字を見た愛染さんは

 「え…すごい…」

 と、なんか怯えたような、信じられないといった表情を見せる。もしかして私ゴリラだと思われてる?

 「まぁ運動してたしね」

 測定器を愛染さんに渡す。愛染さんも説明の通りの所作でその場に直立し、少しこわばった表情で測定器を握る。

 「ふぅ…んっ…!」

 漏れ出る吐息と声、ちょっと色っぽいな。そんな事をつい思ってしまった。

 「お疲れ様。じゃあ測定結果書くよ」

 基本的に麗女では体力測定は自身で結果を記入せず、ペアとなった相手に書いてもらう方式になっている。不正防止の意味合いがあるんだと思う。

 「……」

 愛染さんは私に測定器の数値を中々見せてくれない。

 「いや、愛染さん。測定結果書かないと」

 「う…うん…」

 おずおずと、ゆっくり、まるで断腸の思いといわんばかりに渋々と測定器を渡してきた。

 「…はい、19kgね」

 「ね、ねぇ、測定結果言わなくてもいいんじゃないかな?かなぁ?」

 「え、いや確認必要じゃない?間違ってたらいけないし」

 まぁ、想像通りというか、あれだ、めちゃくちゃ低い。でもそんな所もチャームポイントだと思う。

 「う、うぅ…」

 私は右利きなので、左手の計測は当然のように右手以下だった。それでも、平均は超えているんじゃないだろうか。

 愛染さんの左手は、彼女の名誉の為に控えておこう。とりあえず右手以下で、測定結果を見て赤面している愛染さんが可愛かったという事実だけにしておく。


 次は上体起こし。要は腹筋だ。私はちょっとだけ腹筋には自信がある。何故なら、部屋で現実逃避にやっていた筋トレは主に腹筋だからだ。いや、めちゃくちゃ後ろ向きな理由だけど。

 「んじゃ、測定前にちょっとだけ練習というか」

 私はマットの上に座り体育座りをするように膝を曲げて座る。

 「愛染さん、しっかり固定してね」

 「う、うん」

 愛染さんは私の足首を掴む。柔らかい手が私の足首に触れ、あたたかさを感じた。

 「違うよ、そっちじゃなくて膝ね」

 「え、あ、うん」

 愛染さんは私の指示通りに膝を掴む。でも、しっかり固定されていない。これでは回数がこなせないのもそうだし、愛染さんに危険が及ぶ。

 「あ、えっとね…ちょっと違う。愛染さん、一旦胡坐をかくように座って」

 こくこくと頷き、愛染さんは胡坐をかく。ちょっと新鮮だ。愛染さんが胡坐をかいて座る姿は初めて見た。

 私は愛染さんの胡坐をかいた中心部の隙間に、自分の両足を突っ込んだ。

 「ひゃ…っ!?」

 愛染さんの小さな悲鳴のようなものが聞こえる。いや、これが正しい固定のやり方なんだけどね。

 「愛染さん、私のつま先に乗って」

 「は、はい…」

 愛染さんのお尻の部分が私の足のつま先部分に乗る。

 「次は足をもう少し閉じて。私の足を絞める感じで」

 愛染さんは言われたとおりに足を閉じる。だいぶ固定されてきた感じだ。

 「んで、両手で私のふくらはぎを抱きしめる感じで」

 「だ、抱きしめる…!?」

 愛染さんは顔を真っ赤にしながら、腕を回し、優しく私のふくらはぎを包むようにする。

 「もっと強くしてもらえると嬉しいな」

 「つ、強く!?」

 「いや…足固定しないと危ないし」

 「あ、うん、そ、そうだよね!」

 何か勘違いをしていたのか、愛染さんはちょっと声を裏返しながらぎゅっと力を入れる。

 「うん、良い感じ。あとお尻ももうちょっと力を入れるというか、体重かける感じで」

 「わ、わたし重い!?」

 「へ?いや軽いと思うけど…体重乗せてしっかり固定しないと危ないよ」

 「は、はいぃ…」

 最後に、つま先に重さを感じた。準備はばっちりだ。

 自分の腕を胸元でクロスさせるようにし、肩をマットにつける。そしてぐいっと、身体自分の肘がふとももに当たるまで起こす。うん、良い感じだ。

 「おっけー、あとは測定中、体重乗せるの辞めないでね」

 「わ、わかった」

 体育の先生が合図をする。私たちは全員寝転がるように肩をマットにつける。

 そして笛の音と共に測定が始まった。

 先ほどのお試しとは違う、割と本気の上体起こし。さきほどの倍以上の速さで身体を起こしては、肩をマットにつける。そのたびに脚にも力を入れる。その力強さが予想外だったのか、愛染さんは驚きつつも、私の伝えた通りにしっかりと力を込めて固定してくれている。

 身体を起こすたびに、愛染さんと顔が近くなるのは正直ちょっと恥ずかしい部分はあるけれど、測定中なのでどうすることもできない。恥ずかしさで上体起こしをやめるなんて流石に情けないし。

 二度目の笛と共に、測定が完了した。流石に久々だったこともあり結構疲れた感じがする。

 「何回だった?」

 「えっと、33回」

 「おー、いい結果だ。愛染さんがしっかり支えてくれたからね。ありがとう」

 周囲からもちょっとざわつく声が聞こえてきた気がする。バレー部の新藤さんは「ほぉ…」と感心したような表情を見せていた。多分。

 「人間って、1秒に1回以上のペースで腹筋できるんだ…」

 「男子はもっと回数多いと思うけどね」

 信じられないと言いたげな愛染さん。さて、次は愛染さんの番だ。

 「んじゃ、準備しようか。愛染さん、座って」

 「う、うん」

 愛染さんはさっきの私と同じように膝を曲げて座る。私はその曲げた膝の間に脚を入れ、愛染さんの足のつま先の上に座る。

 「脚、開かないようにね」

 腕をふくらはぎに巻き付けるようにして固定する。

 「痛くない?」

 「だ、大丈夫」

 愛染さん、腹筋できるんだろうか。あまり運動得意じゃなさそうだし、苦手なのかもしれない。まぁ、腹筋は全くできない人もいるからあまり気にしなくていいとは思うけど。

 そして、笛の音と共に測定が始まった。

 「ふぅ…んっ…」

 ぐぐぐ、とゆっくり上体が起き上がる。

 「うぅ…ん…ふぅ…っ」

 腕がふとももにつき、身体を倒す。

 「ん…うぅ…っ」

 再び、身体を起こす。

 「ふぅ…んぅ…」

 「…………」

 いや、これ、あまりにもえっちすぎないだろうか。これは良くないと思う。顔も赤いし息遣いも。これを意識せずにやるんだから愛染さんはずるいな。でも、中々見れるものでもないだろうし、まぁ役得という事にしておこう。

 「お疲れ様。10回できたね」

 「はぁ…はぁ…っ…ふぅ…」

 倒れたまま、息を荒げて私を見上げている。

 ちょっと、どころか大分センシティブだと思う。でも友達をえっちな目で見るのはよくない。さっきまでちょっと思ったり思わなかったりしないこともなくもない感じであれだったけど、よくない。うん。

 「愛染さん、起きれる?」

 そう言って私は愛染さんに手を伸ばす。愛染さんが私の手を掴んだことを確認すると、力を入れて愛染さんを引き起こす。

 「あ、ありがと…つかれた…ぁ」

 「まぁまだまだ測定は残ってるけどね」

 「うぅ…」


 そんな気落ちしていた愛染さんだけど、長座体前屈はかなりの好成績だった。私が想像していたより遥かに身体は柔らかい。測定結果を見てどや顔をしていた愛染さんはかなり可愛かった。

 私は運動不足で劣化していたとはいえ、これも結構良い結果だった。中学時代のバスケ部は結構ガチな部活で、こういった柔軟性もかなり叩き込まれた。あの血反吐を吐くんじゃないかというレベルでキツかった部活がこんなところでプラスに働くなんて、当時の私は思いもしなかっただろう。

 反復横跳びは流石に得意分野でもある。何だかんだでクラスで一番の回数だったらしい。新藤さんと思われるクラスメイトの視線を感じた。気がする。

 次は1000m走。バスケ部時代は地獄のような走り込みをしていたので、全盛期ならまぁ負けないんじゃないかと思うけど、今は流石にキツい気がする。

 ここからはグラウンドへ移動となる。私と愛染さんは二人でグラウンドへ向かっていた。その後ろから声がかかる。

 「天ヶ瀬さん」

 振り向くとそこには新藤さんがいた。身体測定の結果を見る限り、クラスで一番運動ができる人だ。

 ショートヘアのアスリートという感じ。身長もクラスで一番高く、爽やかな見た目だ。私から見ても、引き締められた美しい肉体だと思う。不要な脂肪のない、筋肉質。でもゴツゴツしている感じではない。

 「えっと…新藤…さん?」

 「えぇー、ウチら去年も同じクラスだったのにそんな曖昧なの?」

 苗字と顔は一致する。でも下の名前はちょっと分からない。というか、クラスでフルネームを覚えているのは愛染さんと戸鞠さんくらいかもしれない。戸鞠さんに関しては隣にいる中江さんが戸鞠さんを彩ちゃんと呼んでいるから覚えただけなんだけど。

 「あ、ご、ごめん」

 「あぁ、いいよ。というか、怖がらせに来たとかじゃないからね」

 「そ、そう」

 もっとこう、気の利いた言葉を言えればいいなと思うのに、中々上手くいかない。愛染さんと初めて話したときは、ちょっとぶっきらぼうだったけどこんなにひどくは無かったはずなんだけどな。

 「いやぁー、天ヶ瀬さん凄いね、運動してるの?」

 「え、いや…今は特に」

 「じゃあ昔運動してたとか?」

 「まぁ、中学時代はバスケ部だったけど…」

 その言葉に新藤さんはやっぱり!と納得がいったように頷く。

 「やっぱりバスケだったかー。いやね、反復横跳びとか凄かったし何ていうのかなー、ステップがめちゃくちゃ慣れてる人の動きだったんだよね」

 「あと一番はこの脚だよ、脚!」

 そう言って新藤さんは私に近づきしゃがむと、両手で私のふとももを触り始める。

 「ひゃ…っ!?」

ふともも全体を撫でまわすような手つき。手を触られたりするのは愛染さんがよくしてくれるから慣れてきたけど、流石にふとももを触られるのは初めてだ。くすぐったい感覚に、普段上げない声が出てしまう。

 「うんうん、麗女に来てからあまり運動してないって感じの口ぶりだったけどちゃんと引き締まった脚だね。きっと試合を通して出場できるだけのスタミナをつけるための走り込みはもちろん、瞬間的に加速するための筋肉も鍛えたんだろうね。きっと何週間かトレーニングすればすぐに感覚を取り戻せるだろうし、まだまだ成長できるだけの余地もある。いやぁ、美しい!こんなに素晴らしい肉体を持った人が麗女にいたなんて!きっと卒業した風見先輩が見ていたら天ヶ瀬さんの事を全力で陸上部に引き入れただろうなぁ!」

 息を荒げながら私のふとももだけでなくふくらはぎまでまさぐってくる。

 もしかしなくてもこの人、筋肉フェチなのだろうか。

 「あ、あの!あんまり触られるのは…ちょっと…」

 流石に愛染さんが見ている中でこんな羞恥プレイは恥ずかしすぎる。それと、やっぱりあまり他人に触れるのは良い感じはしない。新藤さんも女の子だから発作が起きるとかはないけれど。

 「あぁ、ごめんごめん。素晴らしい脚だったものでね、我を失っていたよ」

 「さ、流石に買いかぶりすぎでしょ…それこそ麗女以外なら私なんて全然でしょ」

 「いやいや、体力測定の結果、全部高2女子の平均以上だし、何なら上体起こしとかも全国平均から考えたら上位20%には入るよ。どう、バレー部入らない?」

 「え、お断りします…」

 中学時代の青春をバスケにぶつけてきたところはあるけど、流石にもう運動に本腰を入れるつもりはない。何より部活してたら愛染さんと会えないし。

 「即答かー!残念!まぁ、気が変わったり助っ人参加したいとかあったら言ってねー」

 「は、はぁ…」

 「…おっと、愛染さんのプレッシャーが怖くなってきたから、ウチは退散するよ。やだなぁ愛染さん、ウチ別に変な事してないよ。怒らないでよー」

 「お、怒ってないよ!」

 愛染さんは頬を赤くしながら新藤さんの言葉を否定する。新藤さんはあははと笑いながら手を振ると、足早に私たちから離れ、駆け足でグラウンドへ向かっていった。

 「……なんというか、嵐のようだ…というか戸鞠さんといい、新藤さんといい、なんか令嬢っぽくないね…」

 「そ、そう、だね。新藤さん、だいぶ良い所のお嬢様なんだけどね…」

 「そうなの?」

 「電子機器最大手、キーオリエンタル社長の娘さんだよ」

私は会社とかに詳しい訳ではないので、正直ピンとこなかった。鍵を作っている会社なのかな、なんて予想したくらいだ。

 「キーオリエンタル…?」

 「あまり私たちの身近ではないかもだけど、例えばスマホの精密機器なんかにもキーオリエンタルの製品が使われてるんだよ」

 「へぇ…新藤さん、何というかお嬢様って感じには見えないけどね。筋肉フェチという事くらいしか分からなかった」

 「…むぅ」

 愛染さんは頬を膨らませていた。機嫌を損ねることを言ってしまったのだろうか。

 「あ、あの、愛染さん?怒ってる…?」

 「…あ、ううん。ごめんね。違うの」

 「じゃあ何で…?」

 う、と少し躊躇った後、愛染さんは少し上目遣いで私を見上げる。

 「あの、わたしも…皐月ちゃんのふともも触ってみたい」

 「へ…?」

 愛染さんも筋肉フェチだったのだろうか。

 「し、新藤さんだけずるいもん…!」

 ふむ、つまるところ、愛染さんも私のふとももを撫でまわしたいのか。

 「ま、まぁいいけど…」

 少しばかり、愛染さんが私のふとももに触る姿をイメージしてみる。さっきの新藤さんはかなり勢いがあってちょっと怖い部分もあったけど、愛染さんなら嫌ではないなと思った。

 愛染さんは意外と私の身体を触ってくる。主に手と髪だけど。恥ずかしいか否かを問われれば恥ずかしいんだけど、嫌か否かを問われれば否だ。嫌じゃない。多分私は、自分の身体を触っていいのは愛染さんだけだと認識している。次点で家族。でもお父さんとお兄ちゃんであっても、頭を撫でる以外は駄目かもしれない。やっぱり私は愛染さんに甘いんだろうなぁと思う。

 「じ、じゃあ…今度、さ、触る…ね?」

 「え…なんかえっちな言い方じゃん」

 「え、え、えっちじゃないよ!」

 ぶわっと顔を赤くして、必死になって否定してきた。

 愛染さんがえっちなのかどうかはともかく。いや、結構興味はあるな。愛染さんが下ネタ話している所なんて見たことない。興味があるのかどうかも分からない。でも少しくらいは知ってみたいなぁとは思う。けどこの反応を見る限り、多分だけど耐性ないんじゃないかと思う。

 まぁ、この後も身体測定あるからここで疲弊させてしまうのも申し訳ないし、またいつか聞いてみることにしようと思う。




 ◇◇◇

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