第6話 決まりが悪かったんで


 青川あおかわ先輩に付いてくるように言われたわたしは、雑木林を抜け、両脇が山林に挟まれた細い砂利道を歩いていた。

 その間、ろくな話はできていない。

 ずんずんと先を行く先輩に付いていくのでやっとだったせいもある。特に雑木林の中はかなり歩きづらかったから、つい下ばかりを見て歩いてしまっていた。

 青川先輩も、道中ぜんぜん喋ってくれなかった。砂利道に入ってからはずっとスマホを触っている。清々しいほど、がっつり歩きスマホだ。


「あの……青川先輩」


 おずおず先輩の背中に呼びかける。

 すると、意外とすんなりスマホを下げて足を止めてくれた。しかし、振り向いた顔は不服そうにくちびるを尖らせている。


「だから、僕はアオカワなんて名前じゃないんですけど」


 まだそう言い張るらしい。わたしはちょっとげんなりしてしまった。

 ずっと別人のふりをするのはなぜなんだろう。生徒会なんて目立つことをしている分、他の生徒が名前を見る回数だって多いのに。


「じゃあ、マリン先輩って呼べば良いんですか?」


 ちょっとくらい言い返したっていいだろうと、わざと揚げ足を取った。「アオカワじゃない」とは言われたけど、「マリンじゃない」とは言われてない。

 案の定、目の前の人物は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 何を言われるかと身構えたものの、先輩は「チッ」と舌打ちだけして、進行方向に向き直ってしまった。


「えっ、今舌打ちしました?!」


 わたしがびっくりして声を上げると、先輩は首だけちょっと傾けて、「したけど何か?」と完全に開き直っている。

 なんなんだ。

 しばらく無言でその背中を見ていると、先輩はばつが悪そうに体ごと向き直り、やがて小声でつぶやいた。「……セイカワ」


「セイカワ?」

「そう、青川せいかわ。アオカワって字を書くけど、正しい読みはセイカワ」


 え! とわたしはぎょっとした。


「つまり、わたしはずっと間違えてたってことですか!」

「……まあ」

「うわぁ、ほんとにすみません」


 すこぶる申し訳ない気持ちになると同時に、最初から言ってくれたらよかったのに、と思わなくもない。とか思ってたら、先輩はぶつぶつと何かを唱え始めた。


「いや、いいよべつに。間違えられるのには慣れてるし、気にしないし。ただ、さっき神通力を使った直後で、なんかその、決まりが悪かったんで」


 それで咄嗟に別人のふりをして……と先輩の言葉が続けられるけれど、それよりも、しれっと口に出された神通力という単語にわたしは固まってしまった。

 青川先輩について、わたしは何も知らない。

 なんで光ってたのかとか、どうしてあんな不思議な力が使えるのかとか、知りたいことは山ほどある。

 でも、まずわたしが聞いておくべきことはなんだろうか。


「……先輩。わたしが壊してしまったあの祠って、霊力を増強してしまう悪いものなんですよね?」


 わたしは迷いながらもそれだけを尋ねる。

 ばつの悪そうな顔をしていた先輩は、一変、不愉快そうな顔になってこっちを睨んだ。


「はあ? そんなわけないじゃん。なんの言いがかりなの、それは」

「夢で聞いたんですが」

「夢って」


 まさに『何言ってんだこいつ』みたいな顔をされてしまう。確かにちょっと説明が足りなかったかもしれないけど。

 先輩はその呆れ顔のまま口を開いた。


「最近、全国各地で祠が損壊される被害がポツポツ増えてるみたいなんだよね。肝試しとか、いたずらとかで」


 どうせあんたもそういう類なんじゃないの? と決めつけて、先輩はまた砂利道をザカザカと進み始めてしまった。


「ち、違います!」わたしは慌てて否定する。


「アカガメっていう女の子に、祠を壊せばおばあちゃんを助けられるって聞いて」

「──アカガメ?」


 先輩が弾かれたように振り返ったので、わたしは驚いてちょっと仰け反った。


「し、知ってるんですか」

「そっちこそ、アカガメなんて妙な名前どこで……」

「夢の中で、本人がそう名乗ったんです」

「…………」


 先輩は黙り込んでしまった。

 これは確実になにかあるんだろうな……と思うと、胸の中で不安が渦を巻いた。

 祠を壊した直後にも不安に思ったのは確かだ。怪奇現象が起きて。おばあちゃんのためと信じてやったけど、本当にこれで良かったのかなって。

 アカガメって。


「あのー、アカガメって、怖い存在とかじゃ、ないですよね……?」


 びくびくしながら尋ねてみると、先輩はぐっと口を引き結んだあと、素っ気なく「さあね」と言った。


「僕が昔、その名前の怪異に殺されそうになったことがあるっていうだけ」

「な、」

「でも、どうなんだろ」わたしの声を遮るように言って、先輩が首を傾げる。「アカガメって、普通に男の姿だったような」

「……わたしが見たのは、セーラー服を着た金髪の女の子でしたよ。洋風美少女って感じの」

「いや、なにそれ……」


 先輩はしばらくドン引きしていたけれど、不意に「あ」と口を開いた。


「……耳飾りは?」

「耳飾り?」

「赤い石の耳飾りをしてなかった?」

「ああ、たしかに、してました」


 アカガメの耳に付いた赤いピアスを思い浮かべながら答える。

 先輩は、またも虚空を見つめながら押し黙ってしまった。


「も、もしかして何かまずいんでしょうか」

「うぅ……ん」

 

 絞り出すような声で唸ったのち、先輩は何とも言えない顔でこっちを見た。


「まあ、それもひっくるめて、事務所で熊沢さんに聞いてもらうんで……」

「熊沢さん?」

「そう、なんでも知ってるスーパー事務員の、熊沢さん」


 じゃあ行きますか、と言ったその手には、いつの間にか、あの長柄の武器が握られていた。

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