第5話 夢のなかの或る少女
気が付いたら、葬儀場の前にいた。
いつ、どうやってここに辿り着いたのか分からない。
だけど、目の前の白い建物が葬儀場だってことだけ、どうしてか妙な確信がある。
そうだ、おばあちゃんのお葬式で来てるんだ、とわたしは思い直す。
白い建物の前に、さめざめと泣いているわたしの姿が見えた。
泣くのも当たり前だ。
あんなに大好きだったおばあちゃんが亡くなって、悲しくないわけがない。
わたしが見ている間、わたしは一度も顔を上げることなくずっと泣き続けていた。
「ここはあなたの夢の中よ」
唐突に背後から声が聞こえて、わたしは振り返った。
「可哀想に。大切なおばあさんのお葬式の夢を見るほど、心が弱ってしまってるのね」
見ると、金色の髪で、西洋風の顔立ちの女の子だった。耳たぶに光る赤い石のピアスが目を引く。
少なくとも地元では見たことのないセーラー服を着ているから、この辺りの子ではないだろう。
「だれ?」
親しく話す気分には到底なれなくて、素っ気ない声になってしまった。
けれども、西洋風の少女は余裕そうな表情を全く崩さず笑う。
「そう警戒しないでも大丈夫よ。私はアカガメ」
アカガメか。なんだか見た目にはミスマッチな名前に思えてしまう。てっきり、もっとヨーロッパ系の名前を言ってくるかと思った。
少女ことアカガメは、「あなたは?」と聞き返してくる。
「わたしは……
素直に答えると、アカガメは「へぇ……」とつぶやき、「おもしろい名前」と微笑を浮かべた。
おもしろい名前、か。
普通なら気分を害するところだろうけど、わたしの場合はちょっと事情が違った。
カミキミカ。逆さに読んでもカミキミカ。
これは、偶然の産物らしい。
実夏と名付けたのはママだ。けれどその後、回文になっていることに気付いたのはおばあちゃんだったそうだ。
「大発見だったのよ!」とお茶目に自慢するおばあちゃんが可愛くて、その時にわたしは「実夏」と名付けてもらって良かったな、なんて思ったんだ。
「わたしもそう思う」と返すと、アカガメは柔らかな微笑のまま言った。
「同意してくれる割には、浮かない顔をするのね」
そりゃそうだ。おばあちゃんが亡くなってしまったんだから。あの、人懐っこく溌剌とした笑顔を見ることは、もう永遠に叶わないんだ。
鼻の奥がつんと痛んで、視界がぼやけた。胸が苦しい。
「さっきも言ったでしょ。ここはあなたの夢の中」ぼやける視界の先で、アカガメの声がする。「大丈夫。まだ、おばあさんは生きているわ」
え、と喉の奥から声が漏れた。
「ほ、本当なの?」
震える声でなんとかそれだけ言いながら、目元の水分を袖に吸わせる。
視界がクリアに戻りゆく中、アカガメが「ええ」とうなずくのが見えた。しかし安堵する間もなく、少女はすぐに表情を曇らせてしまう。
「けれど、急がないと危ないわ」
「危ない……?」
不安に押し潰されそうになって、「ねえ、どういうこと?」とアカガメに詰め寄った。
アカガメは視線を落としたまま、ゆっくり口を開く。
「あなたのおばあさんは、ただの風邪じゃないの。あれは呪いみたいなものよ」
呪い。
ごくりと唾を飲み込む音が、やけに頭に響いた。
「この地域には六ヶ所の池があるでしょう。それらは江戸時代初期から霊力を引き寄せ続けてきた、呪われた人工池なのよ。今は……そうね、
眉唾ものの話だけど、どこか嘘だとも思えなかった。
確かに、この近所には「六ツ池」という地名の由来ともなった6つのため池がある。
定期的に人の手で管理されているらしいが、鬱蒼とした森林の中に突如として姿を現す人工池は、観光資源と言うよりも、心霊スポットとしてのほうが有名だった。特に、一番上流に位置する「一の池」では、すすり泣く女性の霊らしきものを見たという噂が絶えない。
そしてうちの近所には、ため池から水を引いている大きな水路があるのも事実だった。買い物のためにその水路のそばを通るおばあちゃんが目に浮かんで、心臓がざらりと撫でられたような気持ちになる。
「ど、どうしたらいいの!?」
気が付いたら、ほとんど泣き叫ぶような声でアカガメにすがっていた。
「祠を壊せばいいの」
アカガメは声を低くして言った。両耳に付けられた赤いピアスが妖しく光る。
「6つの池の周辺には、人目を
わたしはごくりと唾を呑みこんだ。
「……それを壊せば、本当におばあちゃんが助かるの?」
「もちろん」
アカガメの凛とした声が響く。
「夢から醒めたら、外へ出なさい。どこへ向かえば良いのかは、自然と頭の中に浮かんでくるはず。私があなたの道しるべとなるわ──」
はっと目覚めると、自分の部屋の天井が見えた。どうやらアカガメの言う通り、あの葬儀場前のできごとは本当に夢だったらしい。
良かった、と心底安堵した。と同時に、夢の中とは言え「おばあちゃんが亡くなった」なんて言ってしまった自分がいやになる。
おばあちゃんのために、わたしができることをしないと。
わたしはベッドからそろりと足を下ろした。いやな汗をかいたみたいで、首のあたりを触ると少しべたついた。
シャツだけは着替えた。下はジャージのままでいいか。それから髪の毛は手櫛でまとめ、簡単に1本に束ねる。
わたしは忍び足で階段を下り、暗いままの玄関でスニーカーを履いた。こっそりと家の玄関ドアを開けると、既に夜が明け始めている。
──急がなきゃ。
わたしはアカガメの道しるべに従って走り出した。
大好きなおばあちゃんを助けるために。
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