第3話 わたしのおばあちゃん

 ことの始まりは、おばあちゃんの体調が悪くなってしまったことだった。


「寝てれば治るから心配いらないわよ」


 おばあちゃんはそう言うけれど、わたしにしてみれば、72歳という年齢じゃ、なにがどう転ぶかわかんないと思う。


 わたしのおばあちゃんは、若い頃から建設コンサルタント系の会社でバリバリ働いてきた人だった。当時の女性で技術職って珍しかったんじゃないかと思うけど、おばあちゃんが在職中に取った資格は技術系のものばかりだ。

 そんな現役時代から病院嫌いを名乗っているおばあちゃんは、前期高齢者となった今でも、相も変わらずなかなか病院には行きたがらない。そもそも体調を崩すことも少ないけれども。

 しかし今回、珍しくぐったりするおばあちゃんを見て心配したママが、半ば強制的に近所のクリニックに連れていくことになった。

 診察の結果は、風邪だろうということだった。


「ぜんぜん大したことなかったわよ!」


 部活を休んで早く帰ってきたわたしに、おばあちゃんはそう言って元気に胸を張った。

 でも、その元気そうな様子には疑いがある。

 なぜって、おばあちゃんはわたしを前にすると強がるからだ。孫には弱いところを見せないように、気を張っちゃうというか。


「お母さん、実夏みかの前だからって意地張らないで。病院の先生が安静にしてくださいっておっしゃってたじゃない」


 横からママの小言が入ると、おばあちゃんは「そうだったかしらねぇ」とおどけながら自分の寝室に戻っていった。


「ほんと、お母さんったら意地っ張りよね」


 おばあちゃんが寝たあと、台所で洗い物をしながらママが言った。どうやらわたしに話し掛けたらしい。

 ただ立っているだけなのも落ち着かず、布巾を持ってくると、洗いあがったお茶碗をママから手渡された。


「おばあちゃん、ほんとに大丈夫なのかな……」ぽつんとつぶやくわたし。

「そうねぇ。先生は風邪だって言ってたし、安静にしていれば大丈夫だとは思うけど」


 でも、もう歳だから心配よね、と続けられ、わたしはお茶碗を見つめたまま手が止まった。

 うちのおばあちゃんは、年齢のわりにとても若々しいとは思う。よく一人で出掛けていくし、庭だっていじるし。

 だけど本人に「心配ない」と言いきられると、なんとなく不安になってしまう。


「わたし、明日は学校休んでおばあちゃんのそばに居ようかなぁ」


 しかしわたしの提案は、ママに「だめよ、そんなの」と却下されてしまった。


「看病のために実夏が学校休んだなんてお母さんに知られたら、私が大目玉食っちゃう。それに、実夏がずっと家に居たら、それこそお母さんは見栄を張り続けるじゃないの」


 わたしは反論できずに押し黙るしかなかった。

 それもそうだ。わたしがずっと付いてたら、おばあちゃんの気が休まらなくて、むしろ無理をさせてしまう。


 そう思って、わたしは翌日学校に行き、普通に授業を受けた。

 放課後、少し悩んだけれど、部活も休まずに出ることにした。

 2日ぶりの部室で会うきゃほりん先輩は、まぶしいくらいにいつも通りだった。


「きもりん、今日のあたしのパンツの色当ててみ?」


 この度3年生が引退したことで、卓球部の女子部員はわたしときゃほりん先輩の二名だけになってしまった。

 部室も今のところ二人きりで悠々と使えている。おかげで、こんな茶番だってやりたい放題だった。

 まあ、3年生がいた時期も、きゃほりん先輩は自由人だったけど。


「ええと、じゃあ……黒で」

「黒か。おっけー」


 そう言うと、きゃほりん先輩はバサッとスカートを捲りあげた。

──見えたパンツの色は……黒。


「じゃーん、大当たり〜!」


 小さな部室に、きゃほりん先輩の大当たりコールが響き渡る。


「え、わたし、入部2ヶ月めにして初めて当たりましたよ」

「まじで? 超めでたいじゃん」


 部活行くのやめて赤飯とか炊く? と大マジメな顔で言ってくるきゃほりん先輩を見て、わたしは思わず吹き出した。


「それもいいかもしれないです」


 きゃほりん先輩は、わたしにとって太陽みたいだ。

 わたしは、この小さな幸運に救われた気持ちになっていた。

 おばあちゃんの体調も、すっかり良くなっている気さえするくらいに。

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