第32話 ゲームだとダメージが見えるから

 難なくボス部屋へとたどり着いたアナスタシアさん。


「なんだ、案外普通だったな。一部おかしいところはあったが、そこは交流戦までに直せばいいだろう」


「じゃあ合格ですか?」


「何を言っている。まだボスが残っているじゃないか」


 ボス部屋の広さは学校の体育館くらい。そこは初心者ダンジョンと同じだ。

 ただ今回は炎のダンジョンということなので、岩肌からまるで血管のように溶岩が流れている感じを演出。そして床の一部には溶岩によるダメージ床を設置した。


「ほう、なかなか雰囲気が出ているじゃないか」


 珍しく褒められた。難易度を上げる方法は何もボスを強くすることだけじゃない。バトルフィールドを変えることも有効だ。

 本当なら床の全面をダメージ床にして、特殊な装備じゃないと常にダメージを受け続けるようにしたかったんだけど。


「さあ、かかって来るがいい」


 アナスタシアさんが右手に剣を構えて戦闘の意思を見せる。するとそれに反応して天井から巨大な何かが降って来て、アナスタシアさんから10メートルほど離れた位置で対峙した。


「ほう、バーニングスライムか」


 バーニングスライム。その大きさは10メートルほど。スライムといっても超有名ゲームや大人気アニメに出てくるような可愛らしい姿ではない。


 ブヨブヨと横に広がっていて、顔なんて呼べるものは付いていない。知能があるのかどうかすら怪しい。要するに、まっっったく可愛げが無い。モンスターなんだからこれでいいんだよ。


 特徴的なのはその姿がメラメラと燃え盛る炎に包まれていることだ。

 どんなモンスターをボスにしようかと俺が火属性ボス一覧を眺めていた時に、一番火属性っぽい見た目だから選んだ。ここのボスは分かりやすくしたかったんだ。


「スライムはその見た目通り、物理攻撃が効きづらい。特に剣との相性は最悪といってもいいだろう。なるほど、確かに私が得意とする武器は剣だ。これは私への挑戦状ということだな?」


「まさか。そんなわけありませんよ。ただの偶然です。武器以外での攻撃手段が必要なこともありますよという、俺からのメッセージです」


 これは俺の本心だ。見た目の分かりやすさだけでボスを選んだわけじゃない。アナスタシアさんは一人で攻略してるけど、本来ならパーティーで来ることになるはず。


 おそらく前衛で活躍するのは剣士などのジョブが多いだろうから、魔法使いなどの支援職は活躍の場がそれほど多くはないはず。


 そうなるともしかしたら、「いつも安全圏で魔法使ってるだけじゃねえか!」なんて不満が前衛のメンバーから出てくるかもしれない。


 そしてそれが追放へと繋がってしまい、ざまぁ物語が始まったり始まらなかったりしてしまう可能性があるなと俺は考えた。

 だからこれはそんな悲劇を防ぐための選択でもあるわけだ。


「まあどんな相手であっても私の敵ではない。特に今回は火属性ダンジョンということが前もって分かっているのだからな」


 氷属性の装備を身にまとい、右手で構えた剣は氷で包まれている。アナスタシアさんでなくとも、誰だってそのくらいの準備はしてくるだろう。


 ジリジリとバーニングスライムとの距離を詰める剣聖姉さん。スライムには顔が無いため表情から動きを予測することはできない。


 その距離が5メートルほどになった時、バーニングスライムから火の玉が吐き出され、剣聖姉さんへと一直線に飛んでいく。

 いわば巨大な火の玉から火の玉が飛んできたようなもので、迷彩のようになっている。


 俺とエリンは画面越しに斜め上から見ているのですぐに気が付いたが、実際に戦う者からすれば気が付かずに被弾することもあり得る。


「甘い! そんなもの気が付かないわけがないだろう!」


 だがさすが剣聖姉さんはそれを横ステップでひらりと避けて、着地と同時に剣を振り下ろした。すると身長よりも大きな凄まじい氷の塊が、まるで意思を持ったかのようにバーニングスライムめがけて飛んで行く。


 多分何かの技なんだろうけどこれはアニメじゃないから、いちいち技名を言ったりはしないんだな。やっぱり技名を言ったほうがカッコいいかも。


 それはスライムを包む燃え盛る炎さえも切り裂き、赤色をしたスライム本体へと当たる。その瞬間まるで花が開いたかのように氷がブワッと広がった。やがて氷が消えると、その部分だけが凍傷のように紫に変色していた。


 これは見るからにダメージが通っている証拠。しかも弱点属性による傷つき方だ。

 だがスライムを包む炎だけはすぐに元に戻っている。


「全身が炎に包まれていては、さすがの私も近づけない。だがこのように魔法を使わずとも攻撃はできるのだ。いい機会だから魔法も見せてやろう」


 剣聖姉さんはそう言うと左手を開いて前に突き出し、「アイシクルショット!」と言葉を発した。すると先の尖ったデカい氷柱がバーニングスライムめがけて猛スピードで飛んでいき、炎をかき分けて本体に命中する。


「これはDランクの魔法使いなら誰でも使える魔法だ。あとはボスからの攻撃に注意しつつ、これを繰り返せば難なく勝てるだろう。弱点属性をつけばこんなものだ。貴様にしては普通だったな。いいことだ」


 そして30分ほど経ったが、ボスとのバトルはまだ続いている。


「くっ……! もうとっくに倒せていてもおかしくないのだが……! 弱点をついているのに……っ!」


 なかなか辛そうな表情を見せ始めた剣聖姉さん。確かに弱点をついていることだし、とっくにクリアしているはずだ。

 ただし、それが本当に弱点だった場合の話だけど。


(実はそいつ、氷属性を吸収して回復するんだよなぁ)

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