第16話 帰る楽しみがある

「マスター! 私達が作った初心者ダンジョンが国から正式に認可されましたっ!」


 昼休みにエリンから電話があり出てみると、嬉しい報告があった。もしかしたら悪い知らせなんじゃないかと焦ったけど。


「確か昨日申請したばかりだよな。そんなに早く結果が出るものなのか?」


「通常なら国選冒険者が実際に攻略してみて、それから会議を開いて、さらにそこから手続きがあるので、本当はもっとかかると思いますよ」


 だよな。いくらなんでも一日は早すぎる。きっと剣聖アナスタシアさんが直々に申請したことによるものだろう。

 そんな剣聖様が、まさかそのダンジョンでくっころしたなんて誰も思うまい。


「それで認可されたら、あのダンジョンはどうなる?」


「冒険者の皆さんに開放されて、たくさんの人が訪れることになりますね」


「それっていつから?」


「えっと、今日のうちに冒険者ギルドの掲示板にポスターを貼ることになって、受付嬢さんも宣伝してくれるので、早ければ今日にでも誰かが来てくれるかもしれません」


「おお、マジか! その様子も俺達は見ることができるんだよな? 帰るのが楽しみになったぜ」


「はい、見ることができますよ! ダンジョンマスターとして、実際の様子を見て改善点を見つけることは大事なことです。だからですね、あの、その……今日は早く帰って来てくださいね、マスター」


 うおぉぉ! マジかっ! そんなこと初めて言われたぞ! 電話だから、まるで耳元でささやかれているようだ。よし決めた、今日は絶対早く帰る!


「分かった、速攻で帰るから! だからエリンは美味しいご飯を作って待っててくれ」


「はいっ! マスターのために作ります!」


 ところがそんな日に限って、嫌いな40代の上司に呼び出されるという不運。


「課長、どのようなご用でしょうか?」


 俺は課長の席まで行き、知りたくもないことを聞く。


三田川みたがわ、今日中に今度の会議の資料を作ってくれないか」


「私がですか? それは確か別の人が担当してたはずだと思いますけど」


「ああ、あいつな。あいつなら辞めた」


「えっ?」


「辞めたというか来なくなった。もう耐えられません、だとよ。根性ねえよな。仕事ってそういうもんだろうが」


 俺にとってこれは結構ショックだった。俺がサービス残業をしてる時によく見かけて話すようになった人で、俺のほうが10歳も年下なのに敬語で丁寧に話してくれるから、仲間ができたみたいで嬉しかったんだ。


 来なくなったってことは、心身の健康を維持できなくなったのかもしれない。ボイコットとかするような人だとは思えないし。


「でもいいんですか? 引き継ぎもしてませんし、正直に言いますと分からない点が多いので、課長に聞きながらになりますけど」


「はぁ? なんで俺がお前に付き合う必要がある? こんなの一人でできるだろ」


「でももう夕方ですから……」


「そうだな、もうすぐ定時だ。特に最近はなるべく残業しないようにって流れになりつつあるな。でもお前が残って作業するというのなら、俺にそれを止める権利はねえよ」


 要するに『終わるまで帰るな』ということだ。


(自分でしろよ! 従業員が来なくなるなんて普通じゃないぞ! 時代を考えろ時代を!)


 言いてえなあ。でも今はエリンもいることだし、定収入を失うわけにはいかないんだ。



 今日も安定の22時帰宅。困ったな、まさかエリン、夕食待ってたりしないよな? それはさすがに申し訳ないから、むしろ先に済ませておいてほしい。先に食べててとメッセージを送りはしたけど。


 ドアの前に立ち、中に入ろうとする。でも鍵がかかっているので俺は鍵を取り出した。


(よかった、ちゃんと鍵かけてる)


「ただいま……」


 後ろめたさからか、つい小声になってしまう。でも帰れば部屋に明かりがついていることが本当に嬉しい。


 すぐさま足音が近づいて来て、銀髪ロングの女の子が現れる。


「マスター、お帰りなさい!」


 ずいぶんと待たせてしまったのに、怒るそぶりなど微塵も無く、笑顔で出迎えてくれた。


「ご飯はもう食べたのか?」


「いえ、まだです」


 思った通りというか、俺が帰るまで何も食べずに待っていてくれたようだ。もうこの子は絶対に幸せになってほしい。


 もはや当たり前になった二人での食事。話題は今日あった出来事やお互いの好きなものについて。そしてダンジョンのこと。

 他の人では味わえないこの時間が今、俺が一番大切にしたいものになっている。


「あのねマスター、私達が作ったダンジョンに今日は50人も来てくれたそうですよ!」


「凄いじゃないか!」


 50人って凄いの? 基準が全く分からんけど、エリンがそう言うならきっと凄いのだろう。


「その時のダンジョンの様子、見ますか?」


「その時のって、過去ってことだよな。そんなことできるの?」


「バッチリ録画してありますっ!」

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