第14話 ダンジョンを出るまでが試験です

「初心者ダンジョンだと言っただろうがあぁぁーっ!」


 アナスタシアさんの叫び声がボス部屋内に響き渡る。


「もちろん分かってます。初心者ダンジョンだからこそですよ。初心者のうちからあらゆるパターンを体験していれば、いざという時に慌てなくて済みます」


「だったらこれはどういうことだ! なぜ私は泥まみれになっている!」


 今アナスタシアさんは顔以外、泥まみれになっている。ボスを倒して現れた宝箱を開けるとそうなるように俺が設定した。


「さっき言った通りですよ。アナスタシアさん、あの宝箱が罠だなんて思わなかったんじゃないですか?」


「いや、全く疑わなかったわけじゃないぞ」


「でも実際アナスタシアさんはあの宝箱を調べませんでしたよね。このダンジョンに入って最初に見つけた宝箱はあんなに念入りに調べていたのに」


「そっ、それは本当に罠をしかける奴がいるとは思わなかったからだ」


「それも油断なんだと俺は思いますよ」


「それよりもっ! 中身はどこにある! 見る限り何も入ってないように見えるぞ! 二重底なのか!?」


(あ、ごまかした……)


「宝箱の中身ならもう手に入れてるじゃないですか。そう、ここで経験したこと。その全てが人生においての宝物になるのです……」


 いやー、これって便利なセリフだなー。『俺達の戦いはこれからだ!』と並ぶほどの使い勝手のよさ。


「貴様は何を言っている! そんなわけがなかろう! 宝箱には宝を入れておけ!」


 異世界の人には通じないかぁ。なんとなく感動的になっていい雰囲気になると思ったんだけどなー。


「もういい! 一刻も早く帰って風呂に入る! 鎧も洗う! スカートも洗濯する!」


 顔以外が泥まみれの気持ち悪さ。地味に嫌だな。ダンジョンの中層あたりでそれをやられたら、気になって仕方なくなるだろうな。


「あの、アナスタシアさん、俺は合格でしょうか?」


 忘れてしまいそうだけど、これは俺がエリンと一緒にいてもいいという許可をもらうための試験だ。そのためにあえて性格の悪いダンジョンにしたんだ。なので俺自身の性格とはリンクしていない。……本当です。


「そんなもの後日でいいだろう! 明日にでもエリンのほうから連絡をくれ!」


 そんなものって。さっきから怒りっぱなしのアナスタシアさんが出口へ向かって歩き出す。だがもう少しで辿り着くというところで、盛大にコケた。


 道の端に杭を打ち込み、足元にロープを張っていたのだ。これも最後まで油断しないようにという、俺なりの配慮のつもりだ。

 こんな発想が出てくるのは、普段から会社で嫌な上司を見てきている影響もあるのだろう。


「貴様あぁぁーっ!」


 最後までアナスタシアさんの声がダンジョンに響き渡っていた。


「あんな感じなんだけど、どう?」


 アナスタシアさんがダンジョンから出たのを見届けて、俺はエリンに感想を聞いた。お姉さんのあんな姿を見せてしまって聞きづらいとは思うけど、エリンのためにという思いは本当なんだ。


「えっと、きっと私では一つも思い浮かばないことばかりで凄いと思いました」


 一つでも思い浮かんでもらっては困る。エリンは今のままでいい、汚れちゃいけない。

 泥をかぶるのは俺とアナスタシアさんだけでいい。アナスタシアさんの場合は本物の泥だったけどね。俺のせいで。


「エリンはそれでいいんだ。むしろ今のままでいてくれよ」


「えっと、それだと私は家に戻ることができません……。ダンジョンマスターとして成長しないと」


「あー、えっと、そういうことじゃなくてだな。つまり、俺みたいに意地悪にはならないでってこと」


「はい! 私、マスターのようにはなりません!」


 おおぅ……、こうもハッキリ言われると心にダメージが……。


 時計を見ると昼過ぎだった。朝から始めたから数時間ほどで終わったことになる。

 意外と早く終わったので、昼食と夕食の買い物をするため、俺とエリンは近所のショッピングモールへと足を運んだ。


 銀髪ロング美少女が隣にいるだけで、それはもうすごく目立つ。おまけにエリンの服装は異世界から来た時に着ていたドレスなのだから、目立たない訳がない。


 実はエリンが外出するのは初めてで、服を買うことも目的の一つだったりする。


 買い物を終えて帰って来た俺達は昼食を作ることにした。異世界には米が無いらしいので、まずは白ご飯を堪能してもらうべく、俺がシンプルな野菜炒めを作った。


 そのついでに日本での野菜の名前を覚えてもらう。今のところエリンは日本語の読み書きができない。店員に「ヌロッコリーはどこですか?」と言っても多分伝わるとは思うけど、正しく覚えるに越したことはない。


 白ご飯を食べたエリンは、「なんですかぁ!? このツヤがあってフカフカ柔らかな甘味のある食べ物はぁ……っ! この野菜炒めも美味しいですっ!」と、終始笑顔で食べてくれるもんだから、つい俺までもが嬉しくなってしまう。


 自分が作った料理をこんなにも嬉しそうに食べてくれることの喜びが初めて分かって、目頭が熱くなる。



 そして翌日、エリンがアナスタシアさんに連絡をとってくれて、俺は見事エリンのそばにいることを認められたのだった。渋々だったけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る