第13話 カッコいい姉さん
「くっ、殺せ!」
そんなセリフは創作物の中だけにしか存在しないのだと思っていた。でも俺は見てしまった、『生くっころ』を。
両手足を縛られ大の字のまま宙に浮かべられたら、俺だって屈辱的だ。拷問じゃないだけマシだろうか?
それが剣聖ともなればなおさらだろう。いやまあゴブリンに触手を付けておいてなんだけど、俺だってまさかこうなるとは予想外だったんだ。それにしても『くっころ』を発明した人、天才だと思う。もう言葉の響きが面白い。
「殺すだなんてそんなことはしませんよ。ただ、生態が知られているモンスターだとしても、まだ知られていない部分があるかもしれないから、ナメてかからないようにという警告です。これでもいろいろと考えているんですよ」
「お姉様っ! 私、お姉様の分まで立派に生きます! リーンベル家の誇りにかけて!」
「エリンっ! こんなにいい子に育ってくれて私は嬉しいよ! ああ、今すぐこの胸に飛び込んで来てほしい……!」
「私もっ! 私もお姉様が大好きですっ! お姉様の勇姿、いつまでも忘れません!」
素直さとは時に残酷にも見えるものである。エリンが確実にお姉様退場フラグを立てていく。いやいや、いくら俺でも殺したりはしないから!
念のためにゴブリンファイターには、命を奪わないという絶対遵守のルールを設定している。これも通常ならそんなことはできないらしく、エリンのマスタースキル(?)によるものだ。
(とはいえこの状況、くっころ姉さんはどうやって打破するんだろう?)
思わず失礼な呼び方をしてしまった俺だけど、それでも剣聖というものに興味があった。
「お姉様っ! もし私が立派なダンジョンマスターになってリーンベル家に帰って来られたなら、力いっぱい抱きしめてもらえますか!」
エリンは顔を画面に近づけて、今にも泣き出しそうな声と表情でアナスタシアさんに呼びかける。それは家族を想う純粋な気持ち。エリンからはそんな尊さが感じられた。
女騎士が相手だと分かっててゴブリンに触手を付けるなどという、ヘタをするととてもエリンに見せられない光景になったかもしれない改造を命じた俺と比べると、エリンからは後光がさしていても全くおかしくない。
「エリン! ああ、抱きしめるとも! 例えダンジョンマスターではなくなろうとも、今すぐにでも! だってエリンは私の可愛い妹なんだから!」
エリンからの応援がよっぽど効いたのか、くっころ姉さんの表情が険しくなり口が少し動きだした。おそらくは何かつぶやいているんだろうけど、小声すぎて聞き取ることはできない。
そして次の瞬間、くっころ姉さんの全身が炎に包まれた。まさに火だるまという感じだが、さすがに不自然なのできっと何かの技なのだろう。
瞬く間に触手が燃えて、両手足が解放されたくっころ姉さんの体がドサッと地面に落ちる。
そしてすかさず起き上がり、叫び声をあげているゴブリンファイターをめがけ、両手で持った剣を頭上から振り下ろした。
剣聖の攻撃をまともにくらえば、Fランクボスなどあっという間に力尽きる。ゴブリンファイターは前のめりに倒れ、動かなくなった。
「これでダンジョンクリアーだ」
アナスタシアさんはそうつぶやくと、剣を静かに鞘へと戻した。こうして目の当たりにするとカッコいいな。だからこそ不様な姿は見せられない。それはそれでイメージ維持で苦労しそうではあるけど。
「ミカゲっ! どうせ全部貴様の入れ知恵だろう!」
画面越しに名前を呼ばれた俺は返事を探す。もちろん考えたのは全部俺。万が一にもエリンが悪く思われるようなことは避けないと。
「そうです、全部俺が考えました。エリンは俺が頼んだことを素直にしてくれただけなんです」
「そうだろうそうだろう、エリンは素直でいい子だからな」
アナスタシアさんはそう言って出口へと向かうが、ある地点で立ち止まった。そこには宝箱がひとつ。ゴブリンファイターを倒したことにより現れたボス撃破の報酬、いわばご褒美だ。
宝箱一覧から、赤色に金の装飾が施されたものを選んだ。大きさは縦1メートル横2メートルほど。武器、特に剣や槍なんかは大きなサイズじゃないと入らないのだ。
ゲームとかだと大きさなんて関係ないけど、置く側になってみるときちんと考えないといけない。
アナスタシアさんはゆっくりと箱を開けた。すると中から何かが飛び出した、それは泥だ。泥、本当にただの泥。アナスタシアさんの鎧やスカートが一瞬にして泥まみれになる。
これでも顔にはかからないようにしているという親切設計。目に入ると大変だし。
「ボスを倒した後に出た宝箱が罠だなんて思わなかったですよね? ボス撃破後って、緊張の糸が切れたようになるから、油断しがちかなと思いまして」
これはあくまで親切心からしたことだ。どんな強者でも油断したところを狙われると危険だから。
俺がそう言うと泥まみれ姉さんはクルッと振り返り、叫ぶ。
「初心者ダンジョンだと言っただろうがあぁぁーっ!」
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