第10話 剣聖姉さん
ボスモンスターにパッとしたのがいない。初心者向けダンジョンなのだから、普通にちょっと強い程度で問題は無いはずだけど、これは俺が剣聖姉さんから認めてもらうための試験でもある。
(いないなら作ればいいじゃないか)
「エリン、モンスターのステータスを書き換えるなんてこと、できたりしない?」
「えっ? ステータスを、ですか? ごめんなさい、そんな話は聞いたことありません」
そうかぁ。まあ仕方ない。それができたらあんなにたくさんの種類のモンスターがいる理由が無いからな。それならボスは普通にするしかないか……。
「あの、マスター。本当にごめんなさい。せっかくいろいろ考えてくれているのに、私が頼りないせいで……」
ふとエリンを見ると、その目には光るものが今にも溢れ出しそうだ。きっと俺の表情を見てのことなんだろう。知らないうちにエリンを悲しませていた。何をやってんだ俺は!
「いやいや大丈夫! 俺が勝手なこと言っただけで、エリンは何も悪くないから!」
「でも……。あっ……!」
悲しみの表情から一変、何かに驚いたように声を上げたエリン。俺が見る限り何も起きていないと思うのだが。
「マスター。モンスターのステータス変更、できるかもしれません」
「そんな急に!?」
「今さっき、なんだか不思議と力が湧き上がってくるような感覚がありました」
エリンは自信に満ちた声でそう言うと、再びFランクボス一覧を表示した。
「マスターが思い描くボスを教えてください」
「えっ? あ、ああ分かった。俺がこんなボスがいたらいいなと思うのは——」
エリンは俺の言葉を聞きながら、その傷ひとつ無い細くしなやかな指をキーボードの上でおどらせる。すると画面には俺が注文した通りのモンスターが映っていた。
見た目からステータス、攻撃パターンや得意技まで、完璧と言っていい。
「おおっ! まさにこんな感じだ! それにしても一体なぜ?」
「それが、私にもよく分からなくて……。マスターのお役に立ちたいって思っていたら、頭の中にスッとステータス変更の方法が降りて来たと言いますか。えっと、その……」
「でも確かモンスターのステータス変更はできないはずじゃ?」
「はい、そのはずです。そんなことはお父様でもできません」
「もしかして、それがマスタースキルなんてことは?」
「えっ? えっと、どうでしょう?」
追放された人が実はチートスキルを持つ有能だった。なんてことはよくある話だけど、まさかエリンもその例に漏れないのだろうか?
そして今日はアナスタシアさんからの試験の日。実は俺の休みの日まで待ってもらった。やっぱり楽しみがあるといつもより頑張れるな。
俺とエリンは一つのモニターを隣同士で見ている。朝風呂を終えたばかりのエリンの光り輝くような銀髪から、シャンプーのほのかな香りが俺のもとに届く。
「貴様ぁっ! くっつきすぎだ!」
剣聖お姉様が画面の向こうで一人激昂していらっしゃる。なんだろうなぁ、さすがにキレすぎじゃないか?
初心者ダンジョンの入り口からのスタート。試験運用ということで、リーンベル家の所有地にあるらしい。だから他の冒険者が入ってくるという心配は無い。
広々とした草原には不釣り合いな巨大な一枚岩。それがこのダンジョンの外観だ。そこにポッカリと口を開けて、冒険者を待つ。そこへアナスタシアさんが入って行き、試験スタートだ。
まずは左右に分かれる分岐点。右がボスへと続くルート、つまり正解となる道。俺はこの分岐点に看板を立てた。『ボスはこちら』という文字とともに、右向きの矢印を書いておいた。
剣聖お姉様は迷わず左のルートへ進む。なんという決断の早さなんだ! 俺への印象は悪いからな、きっと俺が嘘を書いてると思ったのだろう。それともただ
そして宝箱に辿り着く。中身は低級ポーション一個。最初の宝箱なんてそんなもんだ。にも関わらず剣聖様はなかなか開けようとしない。
外観をくまなく観察して何やら魔法までかける念の入れようだ。
5分ほどかけてようやく開け、低級ポーションを取り出す。さらにはそのポーションまで調べ始めた。いやいや、あくまで妹が作ったダンジョンだということを忘れてないか?
そして今度はさらにその先に目を向けているようだ。実は同じ部屋にもう一つ宝箱を置いておいた。派手で豪華な装飾のものを選び、いかにも重要なお宝がありますという雰囲気を演出。
しかしそこまで行くには湖のように大きな水場を越えなければならず、とてもジャンプでは行けない。ならばどこかに回り道があるのだと考えるだろう。
見えてるけど今は取れない宝箱。それをゲームとかでやられると俺は攻略そっちのけで、なんとか取りに行こうとする。
どうやらそれは剣聖様も同じらしく、水場の前で立ち止まっている。そして剣を抜き、頭上から一気に振り下ろした。
すると水が真っ二つに割れて、向こう岸へと続く道ができていた。……そんなのアリかよ。
無事に宝箱へと辿り着いた剣聖様が、その大きな箱を開ける。中身は空っぽだ。二重底でもなく、正真正銘の空っぽ。
それを見た剣聖様はこちらを見て、怖い顔で睨む。妹がいること忘れてないか? そんな顔見せないほうがいいんじゃない?
それから剣聖様は、さらに奥にある道へと進んで行く。一見、あの宝箱へ辿り着くためのルートのように思えるが、行き着く先は行き止まり。あの豪華な宝箱へはどうやっても辿り着けない仕様にしたのだ。……水を割られたのはさすがに計算外だったけど。
剣聖様はひたすら前へと突き進む。この道は分岐無しの一本道だから迷うことは無い。ただ少し長いだけ。3キロメートルほど。
行き止まりに向かってクッソ長い道を黙って進む剣聖様を、ただただ眺める。これぞダンジョンマスターの醍醐味。
やがて行き止まりに辿り着いた剣聖様は、俺の意図に気がついたらしく……。
「貴様あぁぁーっ!」
ダンジョン内にそんな声が響き渡った。
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