第11話 油断する姉さん

「貴様あぁぁーっ!」


 ダンジョン内に剣聖姉さんの声が響き渡る。そもそも湖を真っ二つに割るなんて芸当、剣聖でもないとできんだろう。初心者ダンジョンなんだから、探索する側も初心者目線のほうがいいんじゃないか?


 顔を真っ赤にしたまま、片道3キロの道を引き返す剣聖姉さん。往復で6キロの道を無意味に歩かされたんだ、その怒りはごもっとも。その原因を作ったのは俺だけど。だから俺はエリンの表情を直視できない。


「アナスタシアさん、どうしました? 顔が真っ赤ですよ、大丈夫ですか?」


 俺は画面越しにアナスタシアさんに話しかけた。俺からはもちろんのこと、アナスタシアさんからも俺達が見えてるのは意外で面白い。

 そのことをエリンに聞いてみると、ダンジョンマスターにはカメラのようなものが見えるのだという。


「くっ、見え透いた嘘をっ……! やはり貴様のような男にエリンを近づかせるわけにはいかん!」


 アナスタシアさんから俺への好感度がうなぎくだりである。


 ようやく最初の分岐点まで戻って来た剣聖姉さん。というわけでボスへと続く道を歩き出す。

 その途中にもいくつか分岐点を作っておいた。そこにボスへと続くルートを示す看板を立てるという優しさも忘れない。


 基本的にはきちんと正解のルートを示しているが、たまに長々と歩いた挙句、何も無い行き止まりに辿り着くという、大嘘の看板を混ぜておいた。そもそもダンジョンに看板があるということ自体がおかしいのだ。


 ここは初心者ダンジョン。むしろそういったことを学ぶ場として、性格が悪いダンジョンにすることこそ良心的だといえるのではないだろうか。


『ダンジョンでは全てを疑え』。用心するに越したことは無い。疑心暗鬼になってもいい。ダンジョンを出る頃には、「嘘だッ!」が口癖になるくらいでちょうどいいのかもしれない。


 剣聖姉さんはこめかみに青スジを立てながらも、律儀に全ルートを回ってくれた。ああそうか、試験だからあえて全ルートを見て回る必要があるのか。


 そしてついにボス部屋へと辿り着いた剣聖姉さん。岩肌には不釣り合いな、鉄製の両開きの扉。横にスイッチを二つ置いて、同時に押さないと開かないようにしようかとも考えた。つまり一人だと開けない仕様。

 ただ攻略不可能にしてしまってはダメだ。あくまで高難易度に留めないと。


「さあ、ここまで来たぞ! ボスはどいつだ!」


 自信たっぷりじゃないか。ボスは俺がエリンに発注したオーダーメイドだ。


 ボス部屋の広さと高さは学校の体育館くらい。そこそこ動き回ることができる広さ。


「ほう、ゴブリンファイターか。至って普通だな」


 ボスはゴブリンファイターにした。普通のゴブリンが棍棒と腰ミノだけなのに対し、ゴブリンファイターは冒険者と同じように、剣や鎧を身に付けている上位種だ。


 まずはゴブリンファイターが突撃して剣を振り下ろすが、アナスタシアさんは横にステップして、いとも簡単にかわした。身に付けているチェック柄スカートがふわりと舞い、可憐さを際立たせる。


 するとゴブリンファイターが今度は横に薙ぎ払った。ロングソードなので横ステップでかわすのは少しリスクがある。アナスタシアさんはそれをジャンプでかわす。きっと止まって見えていることだろう。


「私は剣聖だぞ。この程度の相手に負ける訳が無いじゃないか。それに大体のモンスターの生態なら把握している。こいつは剣に頼りすぎていて、それ以外の攻撃方法を知らないんだ」


 さすが剣聖様、お見通しか。でも俺だってそのくらいはお見通しだ。


 ゴブリンファイターはさらに剣で薙ぎ払いを試みたが、それもジャンプでかわされた。

 だがその時、ゴブリンファイターの腹から触手が伸びて、まだ空中にいるアナスタシアさんの両足首に巻き付く。


 そしてそのままゴブリンファイターの方にグイッと引っ張られたアナスタシアさんは、ビターン! と仰向けに倒れた。

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