第5話 住む世界が違うとはまさにこのこと

 朝になり、俺はいつものごとく出勤の準備を始める。もちろん料理してる暇なんて無いので、朝食はたまたま買っていたメロンパンだ。

 それを食べたエリンさんは、「こんな美味しいものが存在していいんですかぁっ……!」と、またもや感動していた。異世界の食べ物ってあまり美味くないのか?


「今日も帰りが遅くなるから、悪いけど食事はこれで済ませて」


 俺はそう言って、カップラーメンと菓子パンをローテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます。あの、夕食なんですけど、何か作っておきましょうか? 私、こう見えてお料理が得意なんですよ!」


「本当? それは助かる。ぜひお願いするよ。それにエリンさんはどこか上品だから、家事全般できそうだと思ってたよ」


「上品だなんてそんな……。それに私のことはエリンと呼んでください。私はそのほうが落ち着きます」


「そう? それならそうさせてもらおうか。それで食材なんだけど、冷蔵庫の中のものを好きに使ってもらって大丈夫だから」


 ここで俺は冷蔵庫という物の説明も忘れずにした。もしかしたら異世界には冷蔵庫という物が存在しないかもしれないからだ。


 自分が知ってるからって、相手も知ってるとは限らない。


 仕事でもそうだ。自分ができるからってろくに教えもせず、新人や不慣れな人に自分と同じレベルを求めた挙げ句、上手くできなければ不機嫌になる。そんな上司や先輩という名の反面教師を俺は何人も見てきた。


「あと調理道具はここで、調味料はそこで、食器はあそこで——」


「わかりましたぁ!」


 右手を上げて元気よく返事をするエリン。これは帰るのが楽しみだ。ちなみに異世界には魔法で動く冷蔵庫と似たような物があるんだって。そりゃそうか。どの世界であっても食べ物は腐るのだろう。だから保存方法が確立されるのは、ごく自然なことだ。


「じゃあ、いってきます」


「いってらっしゃーい!」


 俺は部屋を出た。そこで俺はようやく「いってきます」という言葉を、もう何年も使っていなかったことに気が付いたのだった。

 そういえばごく自然に、エリンが「いってらっしゃい」と返してくれたな。やばいよ泣きそうだ。



 そして今日も夜10時すぎに自宅へと帰って来た。帰るのが楽しみすぎてスキップしそうになったことは内緒だ。


「ただいま」


「おかえりなさーい!」


 家に帰れば明かりがついていて、中に入ると誰かが出迎えてくれる。嬉しくて泣きそう。


 俺は早速、楽しみにしていたエリンの料理を食べることにした。ローテーブルには美味そうなカップラーメンが並べられている。


「あの、料理は……?」


「ごめんなさいっ! いろいろ教えてもらってたんですけど、慣れてない食材なので何を作ればいいのか分かりませんでした」


 そうかぁ……、これは俺のミスだ。エリンからすれば見たことないものばかり。そんなもの、どう料理すればいいのか分からないよな。


「お野菜なら分かるものがあったので何か作れそうだったんですけど、調味料が分からなくって、あきらめました」


「野菜なら分かるんだ?」


「そうですね、私の世界で使われているものに色や形がそっくりなので」


 それはまた偶然だな。試しにいくつか聞いてみるか。俺はニンジンを手に持った。


「これは何か分かる?」


「リンジン……ですね」


「これは?」


「タマレギです」


「これは?」


「ヌロッコリーです」


 奇跡のような間違えかた。どうやら野菜については少し教えるだけでよさそうだ。


「調味料が分からないっていうのは?」


「そうですねぇ……、例えばこの二つの入れ物なんですけど、どちらにも白い粉が入っていますよね。わざわざ分けてあるので違うものだということは分かるんですけど、ハッキリとは断定できないので、舐めて確かめるのが怖かったんです」


 ああそうか、確かにエリンからしてみれば得体の知れない白い粉だ。俺だって、得体の知れない白い粉を舐めるのは嫌だな。


「異世界にもあるのか分からないけど、味を確かめてみる?」


 異世界人だとしても、味覚は同じだと信じたい。エリンは白い粉を少しだけつまんで、そのままペロリと指を舐めた。


「甘いですっ! これはサトゥーですね!」


「砂糖ね」


「これは、しょっぱい! シオシオですね!」


「塩ね」


 日本と異世界は何か関係ある説。俺が異世界に行ってもわりと順応できそう。


 俺はその後もエリンにいろいろと異世界との違いを教えた。するとエリンは両手を体の前でグッと握り、「明日こそはおいしい夕食を作りますね!」と、小さくガッツポーズをした。


「食事も終えたし、本格的にダンジョンを作ってみようか」


「よろしくお願いします、マスター!」


「マスター!? そんな呼び方しなくても、普通に名前で呼んでくれていいのに」


「いえ! 私は教えてもらう立場ですから!」


 礼儀正しいというか素直というか。ダンジョン作りに関しては俺は素人なのに。


 まずは昨日の冒険初心者向けダンジョンを少し難しくしてみよう。

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