第4話 この子が家を出た理由

 俺はコントローラーを持って、ゲーム感覚でエリンさんが作ったダンジョンを攻略している。


「すごいな。こうやって実際の出来栄えを確認するわけだ」


「本当は現地に行ってみるのが一番いいですけど、大変な手間になるので、こうして遠くから確認しているんです。これもダンジョンマスターにしかできないことなんですよ」


 テストプレイみたいなものかな。俺は手に持ったコントローラーを操作して、冒険初心者向けだという、エリンさん自作のダンジョンを探索してみることにした。


 まるで岩山をくり抜いたかのようで、いかにも洞窟の中といった感じだ。さぞかし足元もゴツゴツして不安定なことだろうと思ったけど、実際に歩く地面は石畳のように綺麗に整備されていて、とても歩きやすい。


「天井や壁は岩肌なのに、地面は綺麗なんだな。人工ダンジョンであることを分かりやすくするためとか?」


「いえ、転んだらいけないので地面は歩きやすくしています。それに人工ダンジョンかどうかは入り口に書いてありますし、地図にも載ってるので間違うことはないと思いますよ」


 冒険初心者向けダンジョンだと言ってたし、そんなものなんだろう。俺は特に気にせず先に進むことにした。


 真っ直ぐ道なりに進むと、地面に何かが置かれているのが見える。近づいてみると、宝箱だった。でも開いてる。


 考えてみれば主人公専用ダンジョンじゃあるまいし、ゲームのように宝箱が手付かずなことのほうが不自然なのかもしれない。しかもこんな通路にぽつんと置かれているんだから尚更だ。


「先を越されたか。宝箱なんて早い者勝ちだからな」


「いえ、私が作ったダンジョンは未公開なので誰も入ってこられないですよ。お父様がおっしゃるには、とても公開できるレベルに達していないそうです……」


 彼女はそう言って下を向いてしまった。その表情は本当に悲しそうで、とてもはかない。


 でもせっかくだからと開いてる宝箱の中を覗いてみると、小瓶が入っているのを見つけた。


「中身があったんだけどどういうこと? 開いてるからてっきり空っぽなのかと思ってたんだけど」


「それはですね、宝箱に擬態したミミックという強力なモンスターがいまして、開けようとした瞬間に襲ってくるんです。だから最初から開いていれば、ミミックじゃないことが分かりますよね!」


 さっきとは打って変わって、彼女は自信たっぷりに話した。


「ただの通路に置いてある理由は?」


「宝箱ってご褒美みたいなものと私は考えてまして、もし宝箱が見つけにくいところにあったら、冒険者さんが困ってしまいますよね。そこで私は考えました。通路に置けばみなさん気が付いてくれるんじゃないかなと!」


 まるで「ドヤァ!」とでも言わんばかりに、胸を張っている。


 何かがズレている気がしなくもないけど、俺は異世界のことは分からない。もしかすると異世界の感覚ではそれが普通なのかもしれない。


 相手の話を聞こうともせずに、自分の感覚や考え方だけで相手を否定しない。俺がブラック企業の反面教師から得た教訓だ。汚い言い方をすれば『クソ上司』。


 そんなわけでさらに先に進んでみる。ちなみに宝箱の中にあった小瓶は、初級のポーションらしい。で、そのポーション代はどこから出るのかと聞いてみたら、リーンベル家の経費からということだ。会社みたいなものなのか?


 その後も通路に置かれている、開いた宝箱の中身を回収しながらひたすら真っ直ぐ進むと、やがてひらけた場所に出た。見回す限りは他に通路は無さそうで、行き止まりのように見える。


「ここは?」


「おめでとうございます! ダンジョンクリアーです!」


 唐突にお祝いされたけど、正直言って意味分からん。だってこのダンジョンでしたことといえば、一本道の途中に置いてある開いた宝箱の中身を回収しながら、石畳の上をただひたすら真っ直ぐ進んだだけ。


「そういえばモンスターと一体も遭遇してないんだけど」


「冒険者さんだって痛い思いはしたくないでしょうからね。……あっ、私にモンスターを配置する能力が無いわけじゃありませんよっ!」


 慌てた様子で顔の前で両手をぶんぶんさせる美少女。


「そんなこと思ってないんだけど……。じゃあこれで終わりってこと?」


「はい! 私が作ったダンジョン、いかがでしたか?」


 期待のこもった目で俺を見つめている銀髪美少女エリンさん。せっかく作ったんだから誰かに感想を聞きたいというのは、ものすごく分かる。でもあえて言おう。


(クソゲーじゃねえか!)


 もしもこれがゲームなら、批判殺到で自主回収に追い込まれるんじゃないかというほどの酷さ。『今日も丸腰ダンジョン散歩』というタイトルを進呈しよう。


 でも言えない……。分かってる、これはゲームじゃない。この子は真剣そのもの。

 そういえばお父様から「ぬるすぎる」って言われたと言ってたな。


 もしかしてこの子がダンジョンマスターとして認めてもらえない理由って……。


「いいダンジョンの基準とかってある?」


「うーん、私が教えられたのは、迷路みたいに複雑な構造をしていて、時には罠や意地悪な仕掛けがあって、レベルに見合ったモンスターが程よく出現して、強力なボスがいる。かといって決して攻略できないわけじゃなく、宝箱には貴重品が入っていたりで、冒険者さんを成長させるのがいいダンジョンだということですね」


 俺はその話を聞いて、確かにこの子には向いてないと思った。なぜならこの子は優しすぎるから。素直というか純粋というか、きっと心根が優しいのだろう。


「確認だけど、君はお父様にダンジョンマスターとして認められたいと思ってるんだよね?」


「はい! でもどうすればいいのでしょう……」


「もしよかったらだけど、俺もダンジョン運営に協力しようか?」


「えっ……! いいんですか?」


 さっきの話を聞く限り、作った人の性格の悪さが疑われるような、高難易度ダンジョンにすればいいってことだ。今こそブラック企業で見てきたものを解放する時!


「もちろん。俺もダンジョン運営に興味があるし」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 こうして俺はアドバイザーとして協力することになった。


 そして一日だけの休日が終わり、明日からまた仕事だ。でも昨日までとは決定的に違うことがある。それは帰ると誰かが待っていてくれるということ。行く宛もお金も無いこの子は、しばらく俺の部屋に住むことになったんだ。

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