第39話 係長VSニセ勇者①

 さて……。

 大きな音がなったから急いできてみれば、どうやら早々に草薙の剣っぽい剣を見つけたみたいだ。

 ゴーマット城の城門を過ぎたその場所は、かつては庭園だったのか、崩れかけの花壇は雑草林がスクスクと育っているし、おそらく噴水だったものは泥水が少しあるだけ、中央に飾ってある銅像のようなものも、軋んでいて壊れるのを待っているようだ。


 まぁ、ゴーマット城の没落具合はともかく、俺の目的は目の前でギラギラと炎を待っとっている草薙剣だ。

 草薙の剣は、凄い魔法のエネルギーを放つ武器だとか何とか聞いている。シシロウいわく持っているだけで炎の神秘が漏れるほどのエネルギーがあると言っていた。


 まぁ、十中八九、今吹き飛ばしたヤツが持っている剣で間違いはないだろう。


 正直、攻撃した理由は何となくムカつく感じのやつが獣人をイジメてるのを見て、もしかしたらケモケモの可愛い女の子が襲われてると思ってムカついただけだが……。


 そこにいる子は、確かにケモで女の子みたいだが、服装が阪神タイガーズファンの通常装備みたいだった。


 うーん、いくら猫科のケモっ子でも、阪神ファンっぽいとちょっと萎える。


「剣を渡せ……何を言っているんだ? ボクは勇者だぞ? この剣で魔王を倒すんだ。世界平和のために」


「いや、この世界のことは知らないけど、それがないと俺とケルちゃんが元の世界に戻れないんで。

 ゴチャゴチャ言ってないでさっさとそれ置いてけ」


「断る!」


 ニセ勇者が剣を振ると、その剣から炎の斬撃がブーメランみたいな形をしながら飛んできた。


「おっと……」


 ギラギラと燃え盛るその斬撃を躱す。

 確かに威力はありそうだが、大振りで割にはスピードもそこそこ、振りが大きいから軌道も読みやすい。

 ブーメランみたいに軌道を変えてくる様子もなく、ただ直進するだけ。


 俺は呆れながら、懐からハンドガンを取り出して2,3発撃ち出した。


 ハンドガンの弾は、ニセ勇者が撃ち出した斬撃より速い速度でこいつの額に向かっていく。

 この攻撃がこいつの限界なら、弾を弾くなんて不可能だろう、と俺がタカを括っていたが……。


 銃弾がニセ勇者に届く寸前で、燃えて灰になった。


「うお?」


 見えない壁に弾かれたとか、周辺の温度が高かったから溶けたって感じでもない。

 とは言え、ニセ勇者自身が銃弾を狙って魔法を放ったという感じでもない。


 まるで、ニセ勇者を攻撃する対象を自動的に燃やす魔法が発生したみたいだった。


 と、俺がニセ勇者を包む魔法の分析をしている最中、ソイツは炎の斬撃を2発ほど放ってきた。


「……」


 当然、すろぉもぉしょんな攻撃なんぞ眠りながらでも避けれるが……俺はあえてギリギリ掠め、少し火傷の跡を作った。


「攻撃が……打ち消された? どういうこったこりゃあ」


 火傷した傷を抑えつつ、俺は呟く。

 すると、ニセ勇者は憔悴している俺の様子を見て、得意げに答えた。


「ボクに飛び道具が通じると思わないことだね……。

 この勇者の力……“果敢躍動ヤマトタケル”の加護がボクが危険を感じた瞬間、それに反応して攻撃をすべて燃やし尽くす」


 んー、なるほど。

 俺はニセ勇者の言葉を聞きつつ、少しワザとらしく息を荒げて見せた。


「この武器は俺の必殺技だったんだけどな……。こうなったら近づいてブン殴るしか無いみたいだ」

 

「ハハハッ! それも諦めた方が良い! 

 この加護は捉えた敵ならすべてを燃やし尽くすからね! ボクの目が光るうちは、この剣がすべての攻撃を許さないんだ!」


「へー」


 なるほどな。

 要は自動防御。自身への攻撃、ネガティブエフェクト、苦情の電話など全てを反撃する魔法ってことか。


 なるほどなるほど。

 そりゃあ、便利な魔法だ。客先から弊社の製品を使った足場が崩れたって鳶職の職人からカスハラが来ても、自分が嫌に思えば電話の先のお客様を燃やし尽くすんだから、そりゃあ便利だ。


 なるほどなるほどなるほど。

 自分の目が光るうちは無敵の防御なんて、我愛羅もアクセラレータもつい苦笑いしてしまうこと間違いなしだろう。


「勇者の力とか草薙剣の力は凄いけど、お前自身は完全にバカだな。

 でもまぁ、良かったよ。すげー装備やら加護やら持ってるヤツが、お前みたいなアホの間抜けなんだから。

 今からでも遅くないから、土下座してその剣よこせ」


「は……?」

 

 ニセ勇者は眉間に皺を寄せて反応する。

 それでも俺は構わず煽りを続ける。


「土ォ下座! 

 土下座知らねぇか!? ジャパニーズベリーベリー謝罪の土下座だよォ!

 そのスッカラカンの頭を地べたに擦り付けて俺に媚びろっつってんだよ! 殺すぞ!」


「……!」


 ニセ勇者は歯軋りをしていたが、俺は構わず続ける。

 

「ほーれ、土ォー下座ッ! 土ォー下座ッ! 

 ニセモノ勇者の土下座が見て見たいッ!

 土ォー下座ッ! 土ォー下座ッ! 

 チートしか取り柄のないガキが粋がってごめんなさい!

 ほーれ土ォー下座ッ! 土ォー下座ッ!

 小便ちびる前に地に頭を擦れッ!

 ほーれ土ォー下座ッ! 土ォー下座ッ!

 ニセモノの癖に粋がってごめんなさいッ! 

 ほーれ土ォー下座ッ! 土ォー下座ッ!

 地獄で勇者も泣いてらァ!」


 シンバルを叩く猿のおもちゃをご存じだろうか。

 目玉を飛び出しながら汚い歯茎を晒しだし、バカみたいにシンバル叩くあの滑稽な玩具の真似をしながら、俺はニセ勇者を煽ってみる。

 すると……。


 ブチッ。

 

 と、血管の2,3本はブチ切れたような音が本当に鳴ったかのように、ニセ勇者は顔を真っ赤にしてキレ始めた。


 思惑通り過ぎて、つい笑っちまいそうだ。


「勇者を舐めるなッ!」

 

 ニセ勇者が草薙剣を乱暴に振って見せると、そいつの怒りが大地にまで影響したかのように、大地は揺れ、周辺に炎の柱が聳え立つ。


「おっとっと……」


 狙い通り、あのニセ勇者は喚き散らすように炎の魔法を乱発しているようだ。

 紙一重で躱しているものの、確かにその火柱自体は直撃したら無傷では済まないだろう。弊社の工場にある高炉に匹敵するだろうか。俺は一度、社長に面白半分でそこに落とされたことがあるので、その危険性は良く分かっている。


 俺はそんな恐ろしい火柱を難なく躱しつつ、ニセ勇者の動向を伺っていると……。


「うぉ……や、ヤベェ……!」

 

 虎獣人の女の子がたどたどしく魔法の攻撃から身を守っていた。

 彼女は地面から無数のように生えてくる火柱を何とか躱しているが、地面も揺れているので立つのも余裕がなさそうだ。

 そう言えば、この子はニセ勇者に襲われていたばかりで、腹にも結構大きな傷を負っていたな。


「……仕方ない」


 俺は乱雑に発生する火柱や爆発を避けつつ、虎の獣人っ子を左腕で救いあげる。


「す、済まねぇ!」


 俺の左腕に包まれる虎の獣人っ子は困惑しつつ謝罪を口にする。

 ちゃんと謝れるヤツは俺の好感度が良いぞ。この子が派遣社員だったら、正規雇用も検討してあげてもいい。


 さて……そんな冗談は置いておいて。


 勝手に死なれたら心残りになりそうな子も確保したわけだし、さっさと決着をつけるとするか。


 そう思いながら、俺は無数に生えてくるムダに高温の火柱をひょいっ、ひょいっ、と躱しながら、ニセ勇者から距離を取る。

 

「あー、虎っ子。とりあえずキミ邪魔だから、5秒後に後ろに放り投げるね。上手いこと受け身を取ってくれ」


「なっ……ま、待ってくれ! オレも戦える!」


「いや、俺一人であんなの余裕でぶっ倒せるからイラン」


「で、でも英雄サマ……! あんなのを1人でなんて……」


 と、虎っ子が言葉を選んでいる間に、約束の5秒が来たので、俺は彼女を後ろの方に放り投げる。

 彼女は抗議の声を上げていたが、そんなことはどうだっていい。


「ハハッ! 強がったってボクの魔法を躱すので精一杯じゃないか!

 魔王を倒すために選ばれたボクをコケにしたこと、後悔しろ!」


 ニセ勇者が何だか粋がっているのを見て、俺はどこか哀れみを感じつつ、それでいて安心した。

 草薙剣は凄まじいエネルギーの塊であり、シシロウが言うには神秘の原子炉であり、その気になれば周辺一帯を焼野原にするなんて容易いって聞いていた。


 確かに、こいつの能力は厄介ではある。

 ヤマトタケルだっけか? あの攻撃に危機を感じりゃ自動的に反撃するって魔法についても、初めて知ったけど厄介ちゃあ厄介だろうよ。


 でも、使い手のコイツがアホじゃあ、宝も持ち腐れだ。

 虹村億康みたいに思い切りが良けりゃまだマシだが、バカの癖に思い切りも悪くて俺の煽りにキレてるくせして遠慮がち。

 

 さっさとこんな仕事終わらせて、ケルちゃんにご褒美ナデナデするか。


 俺は無差別に炎の魔法をまき散らしたことで、瓦礫や粉塵が周辺を舞い視界が悪くなる光景を眺める。


「謝れよ! 今すぐ! 勇者のボクを見下したこと!」


「そりゃあ無理な話だろ。お前チビなんだから、嫌でも視線は下がっちまう。

 屈んでお話した方が良かったか? おチビちゃん」


「……! 死んじまえっ!!」


 ニセ勇者は下手糞なピッチングをするように、剣を豪快に振る。

 すると、まるで巨大な炎の斬撃が発生し、俺に襲い掛かる。これは流石に、俺も直撃したらまずい。ちょっとしたクジラサイズの大きさはある。


 よし、こういうのを待っていた。


 俺一人くらいなら○○呑み込めそうなほど大きい炎に対して、俺はあえて無理に躱そうとしなかった。


「! え、英雄サマーッ!」


 それを見て、後ろの阪神ファンの獣人が悲鳴を上げる。


「そら見たことか! アーッハッハッハ! 勇者の僕に逆らうからだーっ!」


 そして、ニセ勇者は満面の笑みを浮かべ、興奮していた。


 その攻撃が去った跡は、跡形もなくなった、という言葉が良く似合う。

 炎は草木どころか地面も抉ったようで、大きな裂け目が出来上がり、そこからは土煙とススによる黒い煙と水蒸気が舞っている。


 俺の姿は、そこにない。

 代わりに、遥か上空に俺の上着が半分焼けた状態でヒラヒラと舞っている。


「え、英雄サマ……?」


 阪神ファンの獣人が呆然としながらそれを眺めている。


 あー。クッソ

 あの服、弁償してくれんかな。

 ユニクロの3,980円。


 俺は腹が立つのを抑え、静かにニセ勇者の背後に回り、鉄パイプで後頭部を叩きつけた。

 

「……!? ッガッ!?」


 ニセ勇者は俺の存在に一切気づくことなく、そのまま白目をむいて倒れた。

 

「そうか……やっぱり、意識外からの攻撃か」


 飛び散る血を頬に受けながら、俺は倒れるニセ勇者を見下す。

 

 


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